8-13
起床した俺たちは朝食の後すぐさま身支度を整えて"施しの森"を後にした。
3日目ともなれば競技も後半戦に差し掛かる頃だ。学部長の話では毎回ほとんどのチームが3~4日で学園に帰ってくるらしい。
それに比べて俺たち第3チームはようやく折り返し地点を過ぎたところだ。正確な順位は分からないが、他のチームより遅れている可能性は高い。
優勝を目指すのはもちろんだが、最下位の罰ゲームを回避するためにも俺たちは今まで以上のハイペースで草原を突っ切ることになった。
「学園の方に向かって何チームか歩いてるのが見えるな。まさか、もう全部回ったんじゃないだろうな……」
「さすがに早すぎると思うのだけど、夕方までにはゴールするチームが出てくるでしょうね。急がないと」
俺たちは現在、ピオネールのすぐ西側を移動している。
第4チェックポイントはピオネールの南西、ダンジョン実習で以前に訪れたことのある"子鬼の巣穴"の入り口付近だった。
最短距離で向かえばピオネールの近くを通る必要はないのだが、いい加減マナの矢を補充しておかないとマズいので回り道をしてでもここまで来る必要があったのだ。
町の西門に到着した俺たちは関所のチェックを済ませるため列に並んだ。人の往来が多いピオネールにおいて門前の渋滞は日常茶飯事とはいえ、今日に限っては自らの不運を嘆きたくなった。
「列、全然動きませんね……」
「個人と団体で分けてくれればいいんだけどな。俺たちは荷物のチェックなんてすぐ済むんだし」
ここまでトラブル続きだとさすがに愚痴も増えてくる。ジャンヌに至っては相当頭にきているようで、彼女は目を閉じて必死に荒れ狂う激情を抑え付けていた。
「あら、あなたたちやけに暗い顔じゃない。これはさぞかし苦戦しているんでしょうね」
面倒な時に面倒な奴が現れた。
町の中から出てきたのはバレッタ率いる騎士学部のチームだ。彼らも補給のためにピオネールに来ていたのだろうが、バレッタの態度からして俺たちよりも時間に余裕はありそうだ。
「私たちは次のチェックポイントが最後だけど、あなたたちはそうでもなさそうね。これで格の違いというものが理解できたかしら?」
「何でバレッタが偉そうなんだよ……お前がヘマしなきゃ今頃とっくにゴールできてたんだぞ」
「い、いいからあなたは静かにしてなさいよ!」
チームメイトの1人であるスポーツ刈りの少年にチクリと刺されたバレッタは、慌てて表情を取り繕った。
仲が悪いとまでは言わないが、バレッタは騎士学部内でもトラブルメーカーとして扱われているように思えた。アキュートみたいなものか。
「とにかく!これが騎士学部の、私の実力なの!ガウェイン先輩が何と言おうと、私の方が──」
「行くわよ、2人とも」
俺たちの入場検査が終わるや否や、ジャンヌは俺とマナの腕を引っ張ってさっさと町の中に入ってしまった。後ろからバレッタの大声が聞こえてきたが、次第に町の喧騒にかき消されていった。
「……ジャンヌ、大丈夫か?」
「問題ないわ。それより早く用事を済ませて競技に戻りましょう。私は、一刻も早く、あの女を、黙らせたい」
「りょ、了解」
俺は、もうこれから先まともな休憩なんて取れないだろうなと悟った。
そして鍛冶屋で無事矢を購入することができた俺たちは、ジャンヌに尻を叩かれながら第4チェックポイントまで飛んで行った。
"子鬼の巣穴"のほど近くにある林の中では、メリッサ先生が切り株の上に足を組んで座っていた。右手に煙管、左手に酒瓶のおくつろぎモードだった。
「坊やじゃないか。オリエンテーリングは楽しんでるかい?私は存分に楽しんでるよ。この場所ならいくら煙草を吸っても酒を飲んでも文句を言われないんだからね」
「酒はまずいんじゃないですかね……?酔っぱらって火の始末を忘れて大火事に……なんて勘弁してくださいよ」
「その時はゴブリンどもが燻り出されて慌てふためくだけさ」
少し心配だが、周囲には他の教員も何人かいたので万が一の事態にはならないだろう。
……今気付いたのだが、もしかして学部長はたった1人でチェックポイントの保守をしているのだろうか?あのチェックポイントだけは他の人員なんて見当たらなかったが。
まさか交代もなしで数日間働き続けるなんて、いくら学部長でも……いやでもあの人ならあるいは……
「ソウタ、スタンプをもらったのなら早く行きましょう。私たちには時間がないのだから」
「ああ……そうだな……」
真相は謎のままだった。超人の巣窟たる冒険学部の長を地球人の尺度で計るのはもはや無意味なのかもしれない。
俺たちはほろ酔い気分のメリッサ先生に見送られ、慌ただしくその場を後にする。次こそ最後、正念場だ。
最後のチェックポイントはピオネールのずっと西、王都クリシュカとピオネールを結ぶ交易路の中ほどに架かった大きな橋の向こうにあるようだ。
勝利を確信していたバレッタに目に物見せてやるため、俺たちは懸命に走り続けた。
そして数時間後。小高い丘を登りきった先には、鮮やかな草の絨毯が敷かれた緩やかな下り坂が大河のほとりまで真っ直ぐに伸びていた。
広い街道の両脇を彩る広葉樹林は定期的に手入れがなされているのか、道に張り出した枝もなく、魔物の温床になることもない適度な密度を保ち、まるでこの場所が未だ人間の領域であることを高らかに主張しているかのようだった。
視界の右から左にかけて流れていく幅数十メートルの雄大な川には、これまた大きな白い橋が架かっていた。
白い敷石には遠目から見ても手の込んだ模様が掘り込まれており、橋の中央には歴史上の偉人らしき馬に乗った男性の彫像が建っていた。正面からでは角度的に見ることのできない橋脚にも何らかの細工が施されているのは想像に難くない。
国内一の資源集積地と王都の繋がりを揺るぎないものにするため建設された、恐らくはクリシュカ最大級の橋。
そのたもとでキマイラが昼寝をしていた。
「……いや、さすがにこれはないだろ」
あのキマイラが昨日のやつと同一個体なのかという疑問はさておき、なぜキマイラがこんなところにいるのだろうか?
いくら城壁外に魔物がたむろしているといっても、この橋は通商上の重要拠点だ。防衛部隊だって駐留しているはずだ。
……まさか、全滅したのか?
「ああ、もう……どうしてこう、いつもいつも……!」
ここ数日続いてきた性質の悪い冗談みたいな不運に対して、とうとうジャンヌが爆発した。
無理もない。俺ですら相当疲弊していたのだから、是が非でもバレッタに勝ちたい彼女なら尚更だろう。
「どう、します?もうあまり時間もありませんけど」
俺が知る限り、この近くに別の橋は存在しない。川幅と流れの速さからして泳いで渡るのも無理だ。キマイラを起こさないように気を付けて渡る?それこそ非現実的だ。
だったら、戦うか?たった3人で、何をしでかすのかも分からない謎の魔物を相手に?
寝込みを襲って一撃で仕留める?昼寝と表現したが、いびきをかいて寝ているのは胴体部分を制御しているであろう獅子だけだ。背中の山羊と尻尾の大蛇が起きていないとは限らない。
「橋を渡らないとチェックポイントに行けないんですよね。でも、キマイラを倒さないと橋を渡れない。……私たちだけで、倒せるんでしょうか?」
「こんなこと言いたくはないけど、戻って学園に連絡すべきだと……って、ジャンヌ?」
ジャンヌはスタスタと俺たちの前に出ると、地面を蹴って一気に下り坂を駆け下り──危ない、今回ばかりは寸前で捕まえることができた。
「ちょっと待て。何をするつもりなんだ?」
「キマイラを倒すのよ」
「無茶だ。コカトリスの時とは状況が違うんだぞ」
「簡単じゃないってことぐらい分かっているわ。でも、他に道がないのなら、どれだけ困難な道だろうと逃げるわけにはいかない。険しい道を避けてばかりだと、いつまで経っても目標には届かないから」
本当に、ジャンヌは頑固だ。
一度決心したら何があっても絶対に揺るがない。諦めない。目的を果たすために、ありとあらゆる努力をして、力の限り突き進む。
それは彼女の美点でもあるが、今は駄目だ。今だけは駄目だ。
だからといって口で止めても彼女は聞き入れないだろう。実の兄のお墨付きだ。
「あなたたちはここで隠れていて。もしも私が死んだら2人で学園まで逃げて。もっとも、死ぬつもりはないけれど」
「1人で戦うなんて無茶ですよ!他の方法を探しましょうよ!」
だから、俺はジャンヌの説得を諦めた。前とは正反対の理由で。
「よし、分かった。じゃあ決闘で決めよう」
ぶつかり合わないと見えてこないものもある。学園長の教えを実践するのは今しかなかった。




