8-11
そんなこんなで、俺とシクサの奇妙な一問一答ゲームが始まった。丈の短い藪の中、西部のガンマンのさながらに一定の距離を開けて向かい合う。
ジャンヌとマナは俺たちに気を遣って少し離れた木陰で休憩していた。彼女たちには後で追いつくから先に出発してもいいと言ったのだが、2人とも俺に合わせてくれた。
特にジャンヌは今までになく真剣な俺にただ事ではない雰囲気を感じ取ったようで、シクサの不穏な動きを一瞬たりとて見逃すまいと目を光らせていた。
「まずはあなたの質問に答えるわ。ここに来たのは魔物の動向を確かめるため。もう半月以上こっちには来てなかったから、気になってた」
「この辺で魔物が増えてるって話は色々な場所で聞きましたよ。俺たちも昨日リザードマンに襲われました」
「そう……思っていた以上に増えてるのね」
最近は"牙の山脈"周辺を探索していないというシクサの証言は坑夫の話とも一致する。とりあえず嘘はないようだ。
しかし、わざわざ時間を取って魔物が悪さしていないか様子を見に来るなんて、責任感が強いというか、ここだけを見れば英雄パーティの一員に相応しい行動だった。
もしかして、マクベスも日頃から似たようなことをしているのだろうか?だとすれば俺は根本的に彼を誤解していたことになる。
「じゃあ、次は私の番。あなたは何者?」
「何者、って……?」
具体的に何を聞きたいのか掴めない大ざっぱな質問を投げかけられて言葉に詰まる。
これまで彼女に自己紹介をした覚えはなかったので、名前が分からないと会話し辛いとかそんなところだろうか?とはいえ、ただそれだけのためにこんな場を設けるのもおかしな話だ。
「俺はソウタっていいます。クリシュカの生まれではないんですが、色々あってヴィエッタ学園の冒険学部に留学してます。……って、こんな感じの答えで大丈夫……ですか?」
シクサは不満そうだったが、これ以上の情報は得られないと諦めたのか、そっけなく「あなたの番」と言った。
さて、どうするか。回りくどい質問で貴重な機会を無駄にするのは避けたいが、あまり突っ込んだことを聞くと「こいつは何を嗅ぎ回っているんだ?」と警戒される。
(馬鹿の考え休むに似たり、だな。どうせ俺に高度な駆け引きなんてできないんだ)
2ターン目が回ってきた俺は駄目で元々、思いきって知りたいことをストレートに聞いてみた。
「マクベスは"叡智の滴"を使って何をするつもりなんですか?」
我ながら姑息な質問だ。マクベスが"叡智の滴"を強奪したという証拠など何一つないというのに、それが確たる事実として話を進めている。
俺にとってこの質問は今後の行動方針にも関わる重要なものだった。
もしもマクベスが"叡智の滴"の一件に無関係だったなら、俺の懸念は大幅に低減される。"英雄マクベスが何かを企んでいる"という疑いを持つに至った大前提が崩れるからだ。
あの濁った瞳が示す通り、彼の心が傷つき苦しんでいるのは紛れもない事実だと確信しているが、大それたことを考えていないのであれば今みたいにコソコソと探りを入れる必要はなくなる。
その時は正々堂々向き合って、ゆっくり時間をかけて交流を重ねればいい。お節介だと鬱陶しがられるかもしれないが、自分と同種の苦しみを抱えた人間を放っておくことはできないのだから。
だが、もしも彼の手で良からぬ事態が進行しているとするならば、少し強引な手段を取らなければならないかもしれない。
「その質問には答えられない」
…………そうか。
俺が考えていた通り、銀色のガルムを使役して"叡智の滴"を奪ったのは、彼らだったのか。
「何のことだか分からない」なんてしらばっくれるのかと思ったが、シクサは存外真面目な性格のようだ。
「あなたはどうしてマクベスに執着するの?あなたと彼には接点がない。関わる理由がない」
「もうそっちの番なんですか?まだ俺の質問に答えてもらってないんですが」
「あなたの答えも不十分なものだったから、おあいこだと思う」
そう言われてもあれ以外に何を話せば良かったのか。シクサの採点基準は激辛だった。
彼女の機嫌を損ねてもまずいので、俺はホストの意向に従うことにした。
「俺は、マクベスが心配なんです。最初に出会った時からずっと、あの人は何かに追い詰められてるように見えて。
そんな彼が自棄になって道を踏み外そうとしてるんじゃないかって思ったら、居ても立ってもいられなくて」
「心配?でも、あなたと彼は赤の他人同士でしょう?」
「あんなに暗い目をした人を心配するのに理由が要りますか?」
「……………………」
俺は包み隠さず本音を語った。こちらとしては知られて困る情報なんて持っていないから気楽なものだ。
それに、事情を話せばシクサが協力してくれるのではないかという淡い期待も抱いていた。
マクベスの方はどうだか知らないが、彼女自身はマクベスを大切に想っているのだということは、樹海での短い会話からもうかがい知れた。彼女とて仲間が良くない道を歩んでいることを快く思ってはいないはずだ。
「マクベスが何をやろうとしているのか知りませんけど、このままあの人を放っておけばきっと誰も幸せになれませんよ。
他人を利用して、陥れて、その先に待ってるのがロクな結末じゃないってことは、俺よりも事情を良く知っているあなたの方が分かってるでしょう?」
マクベスの奸計によって樹海では多くの犠牲者が出た。
彼がこの先も同じようなことを繰り返していけば、本当に取り返しのつかないことになってしまう。なんとか、思い直してほしかった。
俺は表情の変化に乏しいシクサの顔を真っ直ぐに見つめながら、彼女の返答を待った。
「……あの時、彼の傍にもあなたのような人がいれば良かったのかもしれない」
ここでシクサははじめてはっきりとした感情を見せた。それは後悔だった。
「彼もはじめからああだったわけじゃない。でも、傷つけられて、絶望して、変わってしまった。私には、どうしていいのか分からなかった」
「だったら──」
「でも、私までが彼を見捨てるわけにはいかない。そんなことをすれば彼は完全に壊れてしまう」
大切な人が過ちを犯そうとしているのを知りつつ、止めようとしない。それを矛盾した行動だと感じるのは、俺が恋というものを知らない子供だからなのだろうか。
「私は何があっても、世界中を敵に回しても彼の傍にいる。あなたには協力できないし、彼の望みを妨げることもしない。それが彼を生かした私の責任。
……だから、彼を止めるのは、あなたの役目。……お願い」
そう言うとシクサは俺に背を向けた。俺は、彼女を引き留めなかった。
シクサとマクベスの間にあるものは理解できなかったが、そこまでの覚悟を持った人間にかける言葉なんて、俺は持ち合わせていなかった。
ただ、彼女はマクベスを止めてくれと言った。最も近くであの"英雄"を見てきた者が、そう言ったのだ。
ならば、その願いには全力をもって応えなければならない。それが俺なりの、彼女に対する敬意だった。
「1つ、言い忘れてた。ピオネール方面に戻るなら迂回した方がいい。街道に面倒なのが居座ってるから」
「え?ああ、はい。どうもありがとうございます」
いきなり話題が飛んでいささか面食らったが、これはこれで重要な情報だ。しかし、"面倒なの"とはいったい……?
もう少し詳しい話を聞こうとしたものの、シクサは既に草原の向こうへと消えていた。
「どうする?街道は避けた方がいいって」
ジャンヌとマナにシクサの忠告を伝えると、2人は難しい表情で考え込んでいた。
「避けろと言われても……。あの街道が使えないとなると、相当な回り道をすることになるわ」
「でも、強い魔物なら今かち合うのは危険だろ。マナはまだ弓が使えないんだし」
「何も無理に戦う必要はないんじゃないですか?悪路ならともかく、街道の上なら私たちだって思いっきり走れるんですから、足の速い魔物でなければ逃げきれますよ」
さすがに"面倒なの"というあやふやな説明だけでは全員の意見を統一することはできなかった。
俺たちは話し合いの末、街道の様子を実際に見てから改めて考えることにした。
そして視界の端に街道の黒っぽい地面が見え始めてきた時、マナが俺とジャンヌを手で制した。
彼女は押し黙ったまま遠眼鏡を俺に渡す。レンズの先に映っていたのは、街道のど真ん中を我が物顔で練り歩く魔物の姿だった。
その魔物は一見獅子のようにも見えるが獅子より1回りも2回りも大きく、尻尾には大蛇が、そして背中には山羊の頭が生えていた。
3種の生き物をごちゃ混ぜにしたような異形の怪物──キマイラだった。




