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戻ってきた坑夫たちが作業場の片付けを粛々と行う中、マナは資材の陰に隠れながら体を小さくしていた。
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ、マナさん。あなたは人命を最優先に行動したんですから、もっと胸を張っていいんですよ」
小動物のように縮こまるマナにリラ先生が優しく声をかける。
俺も先生と同意見だった。彼女がああしなければ鉱山労働者が皆殺しにされていたことを考えれば、鉱山の権利者も文句は言えまい。
法律的にもたぶん問題ない、と思う。こんなことでいちいち賠償請求を食らっていたら魔物退治なんてやってられないはずだ。そうであってほしい。
……これからは法律の授業をもっと真面目に受けることにしよう。
「ほら、いい加減出てきてくれよ。ずっとそこに隠れてるわけにもいかないだろ」
「ごめんなさいノーコンでごめんなさい疫病神でごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「埒が明かないねえ。ちょっと待ってな」
短髪の女性は資材を押し退けてマナのどんより空間に侵入すると、彼女の首根っこを引っ掴んでこちらに投げ捨てた。
広い場所に出てきたことでマナは観念したのか、力強く立ち上がって……今度は俺の背中に隠れた。駄目だこりゃ。
とりあえず全員が揃ったことだし、俺はリラ先生から事情を聞くことにした。
「リラ先生はどうしてここに?先生の担当は向こうのチェックポイントだって聞きましたけど」
「競技参加者の状況を把握するために探知魔術を使っていたんですが、"牙の山脈"の方におかしな反応があったので念のため確かめに来たんです。
魔物との戦いも競技の一環とはいえ、あなたたちの手に余るような魔物が山から降りてきたら大変ですから」
リラ先生は運営としての役目を果たすために動いていたのか。俺は連絡忘れを疑っていたことを心の中で謝罪した。
先生が発見した生命反応……リザードマンの大群が、"牙の山脈"から降りてきたことはもはや疑うべくもない。
しかし、あれだけのリザードマンが山脈に棲んでいたのなら、前に特訓で登った際に遭遇しても良さそうなものだが……。
「反応の近くにあったこの鉱山にお邪魔して色々調べていたら、山の上からリザードマンが現われて……。
本当に、あなたたちがいなければどうなっていたことか。改めてお礼を言わせてください」
「気にしないでください。というか、ほとんどマナ1人でやったようなものですし、礼なら彼女に」
「ひいっ!やらかしてしまってすみませんっ!」
「いや、そういう意味じゃないから……」
あの時マナが使用した魔術は"始原魔術"と呼ばれる初期の魔術系統だった。
この世界で一般的な魔術は、体内の魔力を火や水といった別の概念に変換してその力を行使するものがほとんどだが、始原魔術は魔力を変換せず、または僅かな性質変化に留めて使用する。
"蠢く樹海"で学部長が使用した障壁も始原魔術の一種だ。学部長は魔力を硬質化させて物理的な防御力を与えることでアルラウネの攻撃を防いだ。
魔力を変換するというワンクッションを置かないことで高い効果を発揮する始原魔術だが、その習得は一筋縄ではいかない。
始原魔術は魔術と呼ばれるものがきちんと体系化される前に作られた原始的な魔術なので、黒魔術や白魔術のように洗練されていない、非常に癖のある魔術なのだ。
他の魔術は問題なく扱えるのに始原魔術だけは扱えない、または逆パターンの人間も珍しくない……とメリッサ先生が授業で言っていた。
マナは後者のパターン、始原魔術にのみ適性があるタイプだった。彼女の両親もまた始原魔術を習得しているそうなので、そういう血筋ということなのだろう。
しかもその潜在能力は並大抵のものではない。リザードマンの群れを壊滅させたあの魔術は学部長の魔術砲にも引けを取らない威力だった。
「マナはもう少し自信を持つべきよ。私たち全員があなたの力に助けられたのだから。……後は、制御さえできていれば完璧だったのだけど」
「まあ、な……」
やはりというか、アレは魔術が暴走した結果の産物だった。
マナは始原魔術の中で最も基本的な、魔力のエネルギーをそのまま放出する攻撃を行おうとしていた。
成功すれば学部長が見せたような綺麗な直線軌道を描いて飛んでいくはずだった光線は、マナの壊滅的な魔術センスによって崩壊し、行き場を失ったエネルギーが辺り一面を嘗め尽くした。
射手でありながら魔術を習得していることに当初は驚いたが、むしろアレが原因で両親から弓術への転向を勧められたのではないかと俺は睨んでいた。
「どうせ……どうせ私は何をやっても駄目駄目なポンコツ女ですよ、ええ。頭は悪いし運も悪いし魔術だってアレしか使えないのにまともに成功したことないし……」
「ほ、ほら、まだ弓があるじゃないか。百発百中でカッコ良かったぞ?」
「ええそうですね。もう矢がなくなっちゃいましたから、いよいよもってパーティのお荷物になりましたけど」
「うん、それはまあ……うん」
実際問題、矢の枯渇は由々しき問題だった。まさか1日目にしてこのような事態になろうとは。
リザードマンの死体から矢を引き抜いて再利用しようにも、先ほどの始原魔術によって肉片レベルでバラバラになった死体から取れるのは欠けた矢じりぐらいだ。
矢に関しては後で近くの町にでも寄って買い足すとして、だ。本来の目的、チェックポイント到着の証明印をもらわねば。
「ところでリラ先生、ここのチェックポイントを管理してる人って誰ですか?地図にスタンプを押してもらいたいんですけど」
「えっ?」
「いや、えっ?じゃなくて、スタンプですよ、スタンプ」
空気がおかしい。リラ先生は困ったような顔で口を噤み、付き添いである短髪の女性は忍び笑いを漏らしていた。
まさか……そういうことなのか!?
「残念だったねぇ後輩。ここはチェックポイントじゃないのさ。この辺には他にもいくつか鉱山があるんだよ。どれも小規模だから注意して探さないと気付かないんだけどね。ま、せいぜい頑張んなよ」
「マジですか……」
どっと疲れが押し寄せてきた。リラ先生を助けられたので全くの骨折り損ではないのだが、それでもタイムロスには変わりない。
「不覚だった……いいえ、まだ挽回できるはず。2人とも急ぎましょう」
「了解……。それじゃあ、先生も気を付けて」
「お、置いてかないでくださいよー!」
ジャンヌに急かされた俺たちは別れの挨拶もそこそこに走り出した。散らかった作業場を掃除する坑夫たちの間を抜け、正門へと急ぐ。
そうして鉱山の敷地を出る直前、とある会話が耳に入ってきた。それは2人の坑夫の他愛ない世間話だった。
「まったく、マクベスさんが来なくなった途端にこれだよ。また戻ってきてくれねえかなぁ……」
「無茶言うなって。あの人は英雄なんだから、きっと国じゅうで引っ張りだこなんだよ」
思わぬところでマクベスの名前が出てきたことに運命的なものを感じた俺は、目の前にぶら下げられたか細い糸に一も二もなく飛びついた。
「あの、その話、詳しく聞かせてもらえませんか?マクベスが来なくなった、って言ってましたけど」
「うおっ!何だお前ビックリしたじゃねえか」
「すみません、でも、大事なことなんです。ですからお願いします!」
「お、おう……」
坑夫たちは食い気味に迫る俺に不審の目を向けていたが、命の恩人ということもあり最終的には俺の質問に答えてくれた。
彼らの話によると、マクベスは今年の4月頃からかなり頻繁に"牙の山脈"に向かっているところを目撃されていたようだ。それが半月ほど前からぱったりと姿を見かけなくなったのだという。
山に登っていた目的は不明だが、彼がいなくなった頃から徐々に魔物の目撃情報が増え始めたことから、坑夫たちはマクベスが山脈の魔物を間引いてくれていたのだと考えていた。
あるいは、そういうこともあるのかもしれない。
利他的な精神などおよそ持ち合わせていないように見えるマクベスが、ひょんなことから正義の心に目覚めるなんてことも、ひょっとすると有り得るのかもしれない。
ただ、どうにも引っ掛かる話だった。




