8-8
戦いの準備を整えた俺たちは、幅5メートル近くもある大きな正門の隙間から鉱山の作業場に入り込んだ。
クズ鉱石を積み上げた小高い岩山を迂回した先に見えたのは、黒い山肌にいくつも開いた坑道の入り口と、その中の1つを守るように剣を構える短髪の女性だった。
女性は白樺樹のチェックポイントで出会った2人と同じようなマントをしていた。きっと彼女がリラ先生の付き添いをしている冒険者なのだろう。ということは、
「リラ先生!」
リラ先生は冒険者のすぐ後ろ、坑道の暗がりからおっかなびっくり顔を覗かせていた。
2人の周りには緑色の鱗を備えた人間サイズの魔物が10匹ばかり骸を晒しており、他にこれといって動くものは見当たらなかった。
だが、戦いが終わったというのにあの2人からは緊張した空気が消えていない。
彼女たちの下に急行するべきか迷っていた俺たちの耳にリラ先生の警告が響く。先生の手元には緑色に輝く魔法の地図が浮かび上がっていた。
「皆さん、気を付けてください!もうすぐ敵の第2波が来ます!」
先生がそう叫んだ直後、山脈側の崖の上からそいつらが飛び降りてきた。
2足歩行で尻尾の生えた、大型の爬虫類。好戦的な顔つきとごつごつした肉体はトカゲというより恐竜だ。はじめて見る魔物だが、いわゆるリザードマンというやつか。
尻尾の先で受け身を取ったリザードマンが作業場に降り立っていく。連中は前屈みの姿勢で縦長の瞳孔をギョロつかせると、リラ先生の隠れている坑道に視線を定めた。
「まずいな、先生が狙われてる」
リラ先生のビクビクオドオドっぷりによってリザードマンの間で「あいつ弱そう」という認識が共有されたのか、連中はこぞって坑道の入り口に雪崩れ込もうとしていた。よろしくない展開だ。
「あんたたち、ちょいと手を貸してくれないかい?この奥に避難してる奴がたくさんいるもんでさ、1匹でも抜けられると大変なことになっちまうんだ」
「お安い御用ですよ。すぐに行きますから、それまで持ちこたえてください!」
「よしよし、いい子だねえ。あたしゃ素直な後輩は大好きだよ」
短髪の女性は豪快に笑うと向かってきたリザードマンをなます切りにした。連戦だろうに疲労などおくびにも出さないタフネスさはさすが冒険学部卒というべきか、肝が据わっている。
坑道の入り口はそれほど大きくはないものの、敵の数が数だけに、早急に加勢に向かう必要がある。
かといって、はじめて戦う魔物の群れに飛び込むのはいささか無謀な気もする。クリシュカ東部でリザードマンなんて聞いたこともないので、ジャンヌの方も戦闘経験はないだろう。
ここは仲間同士フォローをし合いながら……なんて俺が考えている間に早速ジャンヌが飛び出していった。
「私が先に行くわ。後はよろしく」
そう言うとジャンヌは地面を跳ねるように走りながら、抜刀がてらリザードマンの背中を斬りつけた。リザードマンが血しぶきを上げて倒れるより早く、彼女は次の1匹に迫っている。
一刻を争う状況ではあるし、ジャンヌなりに考えがあってのことなのだろうが、前回と変わらずまるで意思の疎通ができていないのはどうなんだ。
「仕方ない、いつものように無策で突っ込むとするか」
「私はここで援護しますから、ソウタさんも行ってください。た、たぶん誤射はしません。でもちょっと気を付けて!」
滑車を利用した人力クレーン装置の天辺に陣取ったマナは、不安定な骨組みの上から器用に弓を構えていた。
「たぶん」というフラグみたいな単語に一抹の不安を覚えたが、ここは彼女を信じて足を踏み出すとしよう。
幸い俺の憂慮は杞憂に終わった。マナは坑道に殺到するリザードマンに次から次へと矢を射かけ、見事なヘッドショットを決めていた。
マナに任せておけば向こうの戦況はしばらく大丈夫だろう。ジャンヌが合流すれば入り口の守りは更に盤石なものとなる。
ならば、俺がすべきことはジャンヌの後追いではない。彼女たちが手間取りそうな強敵を掃除して、防衛作戦を間接的に支援することだ。
俺は群れの中心で偉そうに構えていた1匹のリザードマンに目を付けた。そいつは他の個体に比べて一回り大きく、頭の鱗が赤く変色していた。
(こいつが群れのボスか)
俺は赤頭のボスに忍び寄り、背後から拳の一撃を見舞おうとする。
しかしさすがは親玉と言うべきか、俺の接近を察知していた赤頭は長い尻尾を巻き付けて俺の拳を絡め取る。
赤頭はそのまま腕を締め上げようと力を込めるが、その程度で気功術を発動した俺の防御力を上回ることはできなかった。
業を煮やした赤頭はワニのような牙を剥き出しにして頭からかじりつこうとする。前のめりになった赤頭の顎は、無防備に伸びきっていた。
絶好のチャンスだ。膝を心持ち曲げて、拘束されていない方の腕に力こぶを作る。そして背伸びをするように、一気に振り上げた。
死角からのアッパーカットを下顎の先端に受けた赤頭は、小気味良い破砕音を響かせながら上顎と背中がくっつくほどに仰け反って、そのまま動かなくなった。
確信した。リザードマンはそれほど強敵ではない。体感的にガルムと同程度の強さといったところだ。まだまだ油断は禁物だが、気持ちは幾分楽になった。
坑道の方に目をやると、ジャンヌが入り口の封鎖に取り掛かっているところだった。
彼女は入り口の脇で足を止めると、坑道の内と外を区切るような形で蒼く輝く魔法剣を振り上げる。
「氷よ、凍てつかせなさい!」
斬撃に追従して剣先から迸るのはムラ一つない清廉な氷柱。氷柱は地面を這うように直進して壁となり、敵の侵攻を阻む隔壁となった。
「やるねえお嬢ちゃん。これで一安心ってとこかね」
「あくまで一時凌ぎよ。中の空気がなくなるまでに敵を片付けないといけないわ」
「ジ、ジャンヌさん!縁起でもないことを言わないでください!」
氷の向こうでリラ先生が抗議していた。
先生には悪いがジャンヌの発言は冗談ではない。崖の上からは次々とリザードマンの増援が現れて作業場内に溢れ返っているのだ。
1匹1匹は大したことのない連中だが、これだけ多いと全滅させるのに時間がかかる。しかも今のところ増援が絶える気配はない。
「くそ、多すぎだろ……いったいどこに隠れてたんだ」
俺たちは雨あられの如く増え続けるリザードマンを処理していく。戦いは数とは良く言ったもので、物量作戦に押されて防衛線はジリジリと後退していく。
そして、とうとう数匹のリザードマンが脇をすり抜けて氷壁に辿り着いてしまった。連中は素手で硬い氷を割るのに手間取っているが、破壊されるのも時間の問題だ。
「ソ、ソウタさん大変ですっ!矢のストックがなくなりました!」
「ええっ!?」
間の悪い時に恐れていた事態が起きた。矢の尽きた射手はただの置物に過ぎない。ここに来て味方の戦力ダウンは最後の駄目押しになってしまう可能性がある。
「マナ!さっきのチェックポイントに戻って援軍を呼んできて!」
ジャンヌの提案は皆が思いつく限りの最善策だった。
戦場から離れた場所にいるマナならリザードマンに襲われることなく鉱山を出ることができる。ただ、彼女が帰ってくるまで俺たちが持ちこたえられるのか、それが問題だった。
(考えたくはないけど、無理っぽいよな……)
この場にいる全員が間に合わないであろうことを悟っていた。リザードマンは攻勢を強め、氷の壁もヒビが入り始めている。
坑道内にいる全員を守るのは無理だとしても、せめて1人でも多くの人間を……と、俺がやむなく命の取捨選択を始めた、まさにその時だった。
「えーい!もうこうなったら、いちかばちかですよ!」
諦めかけていた俺たちの耳に届いたのは、マナのヤケクソ気味な叫び声。
あろうことか彼女はクレーンの上から1歩も動いていなかった。
「マナ!?いったい何を──」
「当たっちゃったらごめんなさい!『汝に命ず、撃滅せよ』!」
まさかの詠唱。虚空をキャンパスに白い魔法陣が描画されていく。
完成した魔法陣はノイズ混じりの歪なものだったが、術者の要求を十二分に実現するだけの効力を発揮した。
魔法陣が弾けると同時に中心点から放出された光線は不安定な軌道を描きながら枝分かれを繰り返し、そこらじゅうに拡散する。まるで光の雨だ。
雨粒の1滴に触れたリザードマンの体が風船みたいに割れる。分裂しているにも関わらず、1発あたりの破壊力は十分すぎるほどだった。
ただ1つ欠点があるとすれば、それはターゲットが無差別だということだ。
というかこれ、そもそも狙いなんて付けてないんじゃないか?いや、それ以前に魔術が暴走してるだけなんじゃないか?こっちにもいくつか飛んできてるんだが。
作業場内を荒れ狂う白い嵐はリザードマンだけでなく俺たちにも襲い掛かる。俺たち3人はやむなく防衛線を放棄して岩の陰に息を潜めることになった。
「果たして隠れる意味なんてあるのかねえ。この岩だってまともに当たれば木っ端微塵かもしれないよ?」
「ないよりマシですよ。……たぶん」
リザードマンの悲鳴と爆音に耳を塞ぎながら体を強張らせる。俺にできるのは神に祈ることだけだった。
ようやく辺りが静かになった頃、そーっと顔を出してみた。
そこには大量のリザードマンが原型を留めないような姿で散らばっていた。生き残った者も恐怖のあまり蜘蛛の子を散らすように鉱山から逃げ出していった。
クレーターだらけの地面、横倒しになったトロッコ、監督用の櫓は倒壊し、瓦礫の山となった作業場の中心ではマナが途方に暮れていた。
「あの、これってやっぱり、弁償とか、しないと駄目なんでしょうか……?」




