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「ふふーん、ふふふーん、るんたったー♪」
第1チェックポイントを後にしてから数時間後。適当な携行食で昼食を済ませた俺たちは、えらく上機嫌なマナを先頭に、森と野原の境界線上を歩いていた。
俺たちが次に目指すべき場所は"牙の山脈"の麓にある鉱山の入り口……と思われるのだが、これがなかなか難問だった。
というのも、鉱物資源の豊富な"牙の山脈"周辺にはいくつもの鉱山が林立しているため、地図に記載されている鉱山がどれを示しているのかパッと見では分からないのだ。
かといって稼働中の鉱山ひとつひとつを虱潰しに当たるのも非効率なので、俺たちはまず目的地に最も近い他のチェックポイントを探し出すことにした。
「地図上のシンボルマークは森のはずれにある白樺の木だったわよね。今のところ、白い木は1本も見当たらないけど……」
「距離的にもうすぐだと思うんだけどな……。マナ、1度上から確認してくれないか?」
マナは近くの木に足を掛けると、リスのようにスルスルと登っていく。彼女は数秒と経たないうちに3階ぐらいの高さまで辿り着くと、地平線の向こうに目を凝らした。
「それっぽいものは見えてるんですけど、もう少し近付いてみないとなんとも……」
「近くに怪しい場所があるって分かっただけでも十分だよ、ありがとう」
枝の上に立つマナに手を振ると、彼女は登った時と同じぐらいの速さで、幹の表面を滑るように降りてきた。
マナは純粋な筋力や体力こそ俺たちに敵わないものの、視力や身軽さはチーム随一だった。
彼女の所属する射撃学科はあらゆる状況下で最適な狙撃を行うための技術を教える学科であり、木登りや優れた視力もその過程で身についたのだという。
射撃学科は弓以外の遠距離武器の扱いについても教えているが、残念ながら銃は扱っていないようだ。前に学科を見学した時は吹き矢とか、スリングショットとかいった原始的な武器を使用していた。
クリシュカの軍事技術はダンジョンの攻略に最適化されてきたため、狭苦しい地下洞窟に携行しにくい大砲は発達せず、よって銃砲の小型化も遅れているのではないかと俺は考えていた。
「あと10分も歩けば見えてくるはずですから、頑張っていきましょう!」
マナは遠足に来た小学生みたいに両手両足を大きく振りながら、再び鼻歌を歌い始めた。今ぐらいのペースが彼女には合っているようだ。
「さっきからやけに楽しそうだな。何かいいことでもあったのか?」
「何っていうほどのことでもないですけど、強いて言うなら森が近くにあるからかもしれませんね。私、自然が好きなので」
木々の奥から漂ってくる涼しげな空気を堪能するように、マナは体をクルリと回転させる。ポンチョが遠心力でふわりと浮き上がり、妖精の羽のようにはためいた。
「ダンジョンの中って土と石ばかりで殺風景ですから、こういう自然豊かなところに来るとホッとするんです。心がお腹一杯になるっていうんでしょうかね?」
「感受性が豊かなのね、マナは。私はあまりそういうことを気にしないから……」
そう言うジャンヌもマナの影響を受けたのか、リラックスした表情で木々の囁きに耳を傾けていた。
「ダンジョンにも緑があれば探索も楽しくなるんですけどね。花が咲き乱れるダンジョンとか、素敵だと思いませんか?」
「人を襲わない花なら大歓迎だよ」
緩い世間話を交えつつ膝丈ほどの柔らかい茂みを抜けると、開けた草原の真ん中に1本の白樺がぽつんと生えている景色が目に入ってきた。
木の根元にはボロのマントを着た冒険者らしき女性2人が、先に到着していたアキュートたちの地図にスタンプを押しているところだった。
「よう、遅かったな。ここのスタンプは俺たちがいただいたぜ」
「アキュート……もしかして君、ちゃんとルール読んでないのかい?」
「軽いジョークだっつーの」
ナギアにツッコまれて恥ずかしそうに顔を背けるアキュート。どうやら本気で勘違いしていたらしい。
アキュート率いる第1チームのメンバーはナギアとグロムだ。3人の体力差からしてナギアがウェイトになっているのではないかと思っていたが、予想に反してナギアにはまだ余裕がありそうだった。
その一方で、グロムは荒い息を吐きながら斧槍を杖代わりにかろうじて立っている様子だった。若い女性を前にして口説く素振りすら見せないなんて、相当疲労が溜まっているに違いない。
「にしても、まさかコイツが真っ先にダレるとは思わなかったぜ」
「本当にごめんよ。でもあえて言い訳をさせてもらうなら、ここ数日ずっと逃げ回っ……クエストで忙しくて、ロクに休めてなかったんだよ」
「あなた、オリエンテーリングの直前までクエストを受けていたの?もしかして、また危険なクエストを?」
「いや大丈夫、心配要らないから。君が気にするようなことは全然まったくこれっぽっちもないよ」
「……?なら、いいのだけど」
グロムはジャンヌの存在に気付くと危ういところで言葉を飲み込んだ。
さすがに君のお兄さんに追いかけ回されてましたとは言えまい。止められなかった俺にも責任の一端はあることだし、俺はグロムがこれ以上追及されないように他の話題を振った。
「このチェックポイントは外部の冒険者が管理してるんだな。てっきり学園関係者の誰かがいると思ってたんだけど」
ミスティア先輩まで出てくるほど人手が足りていないとはいえ、一応はお金が絡む競技なので、不正防止の観点から見れば最低1人は運営側の人間を混ぜておくべきだと思うのだが。
その疑問に答えたのは冒険者の片割れ、右耳にピアスをした茶髪の女性だった。
「あらあら、後輩君は細かいことを気にするタイプなのね。本当はさっきまでリラ先生がいたんだけど、ちょっと用事ができちゃってね」
「ははーん、そいつぁきっとトイレだな」
「相変わらず君はデリカシーの欠片も持ち合わせてないんだね……」
ピアスの女性の話によると、彼女たちは冒険学部の卒業生で、リラ先生の頼みを受けて格安で護衛を請け負ってくれたそうだ。オリエンテーリングの準備にてんてこまいな先生を見るに見かねて手伝いを申し出たというのが実情だろう。
肝心のリラ先生だが、急な用事とやらでもう1人の冒険者を伴って近くの鉱山に向かったらしい。東の方角、草原の先には一際大きな鉱山施設が灰色の煙を上げていた。
この場所から最も近い鉱山。位置的に見てあの鉱山こそが第2のチェックポイントである可能性は高い。用事というのも教員同士の伝達漏れか何かだと考えればリラ先生らしいし辻褄も合う。
思わぬヒントを得られた俺たちはアキュートたちに別れを告げると、鉱山に向けて歩き出した。
「……あれぇ?」
マナが不思議そうな声を上げたのは、ちょうど歩き始めて数分が経過した頃だった。
彼女はカバンの中から手のひらサイズの遠眼鏡を取り出すと、神妙に唸りながら鉱山の様子を覗き見る。
「……やっぱり」
マナらしからぬ緊迫した声。俺とジャンヌは緩みかけていた緊張の糸をすぐさま戦闘用に調律し直した。
「何か、見つけたのか?」
「鉱山で騒ぎが起きてて……っていうか、戦いですよ。魔物の襲撃です!」




