8-6
雲一つない晴天の下、黒っぽい地肌が露出した街道を東へ進む。
俺たちは水量を増した川が奏でるダイナミックな水音をBGMに、第1のチェックポイントへと駆け足で向かっていた。
「ジャンヌ、少し飛ばしすぎじゃないか?まだ出発して間もないんだから、体力を温存しておいた方がいいと思うんだが」
規則的な歩調で先頭を走るジャンヌに声を飛ばす。ジャンヌはペースを落とさずに顔だけをこちらに向けた。
「街道沿いは魔物も少ないし、足場もしっかりしているわ。こういう道を進む時こそ行軍速度を上げておかないと、後々時間に追われることになるの。
どのみち夜間はほとんど動けなくなるのだから、日が出ているうちが勝負時よ」
バレッタの発言で頭に血が上っているのかと思ったが、彼女なりにプランを立てて行動しているようだ。
とはいえ、この速度を維持するのもそろそろ限界だった。俺ではなく、後ろの彼女が。
「理屈は分かるけど、マナがバテてきてる。強行軍はここまでだよ」
「あっ……、ごめんなさい、不注意だった」
俺たち2人の10メートルほど後ろでは、げっそりした顔のマナがどうにかこうにか置いていかれないように追いすがっていた。
「はっ……はや……ちょっと待っ……無理、無理ですよこれっ……!」
俺とジャンヌは一旦立ち止まり、マナが追いついてくるのを待った。
決してマナが運動音痴とか、そういうことではない。ただ、先ほどのペースは高スペックなジャンヌと気功術による体力底上げが可能な俺を基準にしていたものだから、後衛のマナが根を上げるのは当然なのだ。
「ふう、死ぬかと思いましたよ……」
「ごめんなさい。まだ他人に合わせることに慣れていなくて」
「ええ、まあ、怒ってはいないんですけど、もうちょっとのんびりしてもいいんじゃないでしょうか?そこまで急がなくてもチェックポイントは逃げないですよ」
「でも、首位は遠のくわ」
ごもっともな意見だった。
ジャンヌが先を急ぎたい気持ちは分からなくもない。
このオリエンテーリングの真の恐ろしさは、ゴールするまで自分たちの順位が分からないという点にある。
各チームそれぞれに別々のルートを進行するため、途中でばったり出会ったとしてもどちらがリードしているのか傍目には判別できないのだ。
互いに地図を見せ合えば大まかな距離ぐらいは掴めるだろうが、まさか相手に「お宅の地図を見せてください」なんて言うわけにもいくまい。ライバルたちとの差が不確定である以上、どうしても気が急いてしまうのは人情というものだ。
さりとて、チームメイトに無茶を強いるようなペースをいつまでも続けるほどジャンヌは勝手な人間ではない。再び走り始めた彼女はマナの様子を気にしつつ、適度な速さを保っていた。
「ジャンヌさん、さっきから気合い満々ですよね。やっぱり貴族の人でも賞金は欲しいものなんでしょうか?」
「彼女の場合は報酬の問題じゃないと思うけどな……」
復活したマナと2人、声をひそめてジャンヌの背中を見やる。彼女の長い金髪がシルクのカーテンみたいに揺らめいて、正面に見据えた"牙の山脈"から吹き降ろされる微風に弄ばれていた。
ランニングフォームに乱れはない。だが、地面を踏みしめる際に少し余計な力が入っている気がする。まだ先ほどのことが尾を引いているのか。
冒険者という外様の立場から騎士の称号を勝ち取ろうなんて、かなりハードな道筋であることは間違いない。
それだけに、彼女の苦労と努力を軽んじるようなバレッタの物言いには我慢ならなかったのだろう。
今回の勝負はバレッタに対抗心を燃やすジャンヌに無理矢理付き合わされた形になるが、俺はそれほど苦に感じてはいなかった。
独行しがちな彼女を助けてやってほしいとガウェインから頼まれたこともあるし、俺自身バレッタをぎゃふんと言わせてやりたい気持ちがあった。
何よりクエスト以外で友人同士力を合わせて何かをするなんて探索漬けの冒険学部ではあまりない経験だったので、こういうのも学生っぽくて悪くないなと感じていたのだ。
そうして3人で平和なランニングを続けていると、マナが嬉しそうな声を上げて進行方向を指差した。
「あっ、お2人とも見てください。メイドさんがいますよ。野良メイドさんですね」
一瞬何を言ってるんだこいつはと思ったが、なるほど確かに進路の先、街道の右側に桃色髪のメイドさんが立っていた。
メイドさんは川岸に設置されたビーチパラソルのようなものの下で微動だにせず待ち構えており、俺たちが到着すると腰を深く折って歓迎の意を表した。
「おめでとうございます。冒険学部第3チーム、めでたくチェックポイント通過でございます」
「ミスティア先輩じゃないですか。メイド学科も運営の手伝いですか?」
「ええ。多忙を極めてもう限界、猫の手孫の手大歓迎な冒険学部の方々にお力をお貸しすることこそが、メイド学科の本懐でございますから」
ミスティア先輩は俺の手から地図をするりと抜き取ると、エプロンドレスのポケットから取り出したスタンプを押し付けた。
「はい、ぺったん。そちらの箱にお飲み物が入っておりますので、1人1つお持ちになってくださいませ。最近は暑くなってまいりましたから、水分補給は怠りのないように」
先輩の隣にはクラシックなデザインの宝箱がデデンと鎮座していた。
蓋を開けてみるとひんやりとした空気が漏れ出てきた。どうやら保冷系の付呪が施されているようだ。
箱の中から瓜形の木の実をくり抜いて作った水筒を3つ手に取って、仲間たちに配っていく。試しに一口飲んでみると、ハチミツの味がした。
「たくさん運動した後に飲むジュースは格別ですねえ。全部のチェックポイントに飲み物が置いてあるならもっと頑張れるんですけど」
「さすがにこれは先輩のサービスだろ。っていうか先輩、期間中ずっとこの場所にいないといけないんですよね?魔物とか、睡眠時間とか、大丈夫なんですか?」
「徹夜仕事はお肌の大敵、とはいえ皆々様のためを思えばなさねばならぬがメイドの務めでございます。護衛は雇っておりますから心配なさる必要はありませんよ」
そう言うとミスティア先輩は川の向こう岸に目をやった。つられてそちらを見てみると、ショッキングな赤色のカンフースーツを着た男が静かに釣りをしていた。
その後ろでは青いチャイナドレスの少女が熊みたいな魔物とじゃれあって……じゃなくて死闘を繰り広げている。
「これはまた……物騒な護衛を雇いましたね、先輩」
実力は折り紙付きだがトラブルも呼び込みそうなあの師弟をチョイスするとは、先輩も侮れない人だ。
「その……あの子、魔物に襲われてるように見えるのだけど……」
「格闘学科では良くあることだから、気にしなくてもいい」
「そう……なの?」
そうなんです。
実際、セイレンにとってあの程度は苦戦でも何でもないのだ。
ラオフー先生が完全無視を決め込んでるあたり、またいつもの稽古の一環に決まっている。なら問題はない。
「それより早く行こう。優勝を狙うんだろ?」
「マナ、もう行ける?そろそろ出発したいのだけど」
「ええっ、まだお腹がたぷたぷしてるんですけど……」
ぶー垂れながらも足を動かし始めたマナと共に、俺たちは次のチェックポイントへと向かった。




