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チーム分けを終えた生徒たちは、はやる気持ちを抑えながら学園長ビリオーズの長話、もとい開会の挨拶を聞いていた。
「……であるからして、此度の催しは騎士学部と冒険学部の交流を促進し、両者のより一層の発展を目指し……」
見た目は枯れ果てた樹木のような色素の薄い老人だが、その背筋はしっかりと伸びており、時折見せる眼光の鋭さは彼が未だ現役であることを物語っていた。ついさっきも学園長の視線に射貫かれたアキュートが姿勢を正したばかりだ。
とはいえアキュートだけではなく、多くの生徒たちが強い陽射しの下立ちっぱなしで延々と続くスピーチによって集中力を欠いており、このままでは競技が始まる前に脱落者が出てしまいそうだ。
この際何でもいいから早く話が終わってほしい……この瞬間、2学部の生徒たちは完全に心を1つにしていた。
「むう……。まだ話すべきことは残っているのじゃが、まあよい。しびれを切らしとる者もおるようじゃからな。
では、これより学部対抗オリエンテーリングを開始する!若人たちよ、存分に切磋琢磨し合うがよい。くれぐれも気を付けてな」
生徒たちの祈りが聞き届けられたのか、学園長はようやく話に区切りをつけると、ステッキを振り上げて競技開始を宣言した。
堰を切ったように大移動を始める参加者たち。後輩たちのあまりのせっかちぶりに、見学していた上級生たちが苦笑を漏らす。
俺たち第3チームはというと、未だにグラウンドから動き始めていなかった。
「え?え?え?皆さん行っちゃいましたけど、私たち……もしかしなくても、出遅れました?」
「そう急がなくても大丈夫だよ。数日がかりの競技なんだからスタートダッシュなんて大して意味ないし、どのみち今動いても正門あたりで渋滞に巻き込まれるだけだから」
不安そうに参加者たちの後背を見つめるマナを落ち着かせ、事前に運営側から配られていた封筒の中身を検分する。
別段変わったところのない黒封筒だが、封を破った瞬間、コルクの栓を抜くような音が出た。大きめの音だったので少しだけビクッとしてしまったのは内緒だ。
封筒の表面を良く観察してみると、うっすらとだが文字が書き込まれていた。付与魔術に使用されている魔術言語の1つだ。
おそらく開始の合図をする前に中身を探ろうとする不届き者を見つけるための仕掛けなのだろう。透視魔法を防ぐ効果なんかも付与されているのかもしれない。
封筒の中に入っていたのは1枚の地図。簡易なものだが、森や川の配置から見てクリシュカ東部の地図だ。
地図上にはいくつかの×印と、そのすぐ傍に1から5までの数字がそれぞれ添えられている。ここでの×印はチェックポイント、数字は回る順番を表している。
各ポイントの正確な位置を割り出し、そこに辿り着くための方法は自由。魔法を使ってもいいし、馬で移動してもいい。すべて参加者の裁量に委ねられている。
とにかく指定されたポイントに指定された順番で到達し、最後に学園に戻ってくる。それがこのオリエンテーリングの唯一のルールだった。
「ソウタ、最初のチェックポイントは?」
「ええっと……東の方だな。位置的には川沿いの街道上になるのかな?この辺は見晴らしがいいから、上流に向かって適当に歩いてても見つかると思う」
正門付近の大混雑を尻目に、3人で顔を突き合わせながら地図を覗き込む。
東にある"牙の山脈"からピオネールの町にかけて流れ込む1本の川の北側には、川岸をなぞるようにして大きな街道が伸びている。
この街道は山脈から採掘される鉱山資源をピオネールに運ぶための重要なルートであり、舗装こそされていないものの、ある程度の整備も、警備も行き届いている。
つまり、他のチェックポイントに比べると到達難度がとても低いのだ。
「な、何だか運が向いてきましたね!開始早々他のチームに置いて行かれた時はどうしようかと思いましたが、やっぱり残り物には福があるんですね」
「別に封筒が残り物というわけではないのだけど……確かに、私たちに有利な状況ね」
地図には数字の記されていないチェックポイントもいくつかあったので、チームによって訪れるポイントやルートに若干の違いがあるのだろう。これは中々幸先の良いスタートを切れそうだ。
俺たちは互いの荷物を検め合い、寝袋や食料、方位磁石などといった、長期の行軍に必要なものが用意されていることを確認すると、ようやく出発することになった。
「他の者たちは大慌てで行ってしまったというのに、諸君らは実に堅実じゃな。それとも、よほど足に自信があるのかのう?」
「準備をしっかり整えてから事に当たりたいだけですよ」
学園長は人もまばらになったグラウンドに1人佇んで、学園を飛び出していく参加者たちを見送っていた。
体力が有り余っている序盤の間にできるだけ先行し、足りないものは後々道すがらの町で買い足すというのも1つの手だが、個人的にはあまり好きではないやり方だ。
冒険学部に入ってからというもの毎度毎度不測の事態に悩まされているのだから、時間に余裕のあるうちはいつ何時何が起こってもいいように対策しておきたい。
トラブルというのは、何の前触れもなく、俺たちの都合などお構いなしにやってくるのだから。
「──はん!戦いはとっくに始まっているというのに、随分と余裕があるのね、あなたたちは」
正門に向かって歩き出した俺たちを呼び止める挑発的な声。
声の主は俺たちの正面に通せんぼするように立ち塞がると、刺々しい視線を向けてきた。
「少しばかり実戦経験が豊富だからって油断しているようだけど、訓練の厳しさでいえば私たち騎士学部だってあなたたちに負けていないのよ」
赤く日焼けした肌、黒髪でおかっぱ頭の、気の強そうな少女だった。
新品のように磨き上げられた金属鎧一式と、左手に固定されたお盆のような形の盾。右手に持ったメイスの先端は表面にいくつものトゲを備えている。
「……彼女、ソウタの知り合い?」
「いや、違うと思う」
「おいバレッタ、やめろって」
「あなたたちは黙ってて。いい機会だからはっきり言ってやらないと気が済まないのよ」
少女はチームメイトが止めるのも構わず言葉を続ける。俺たちは突然の闖入者に出鼻を挫かれ、困惑しつつも彼女の要領を得ない話を拝聴していた。
「ヴィエッタ学園は当初、増え続ける魔物に対応するため、実践的な知識とノウハウを備えた優秀な兵士を育成するために建てられた軍学校だったの。
冒険学部が設立されたのは開校から十数年経った後。つまり学園の伝統と源流は騎士学部にこそあるの。蓄積された歴史の重みも然りよ」
いきなり歴史の授業が始まった。何だこの展開……。
話の流れからして彼女は騎士学部の生徒だと思うのだが、わざわざ俺たちに絡んでくる理由が分からない。
もしかして、漫画やアニメなんかで良くある学部同士の派閥争いというやつに巻き込まれているのだろうか?冒険学部と騎士学部の間にそのような諍いが起きていたなんて初耳だが。
「騎士学部の生徒はね、毎日毎日血の滲むような鍛錬を重ねて、クリシュカの平和のために高みを目指し続けているの。お金目当てのあなたたちとは覚悟が違うのよ、覚悟が」
もしも彼女が学部の優劣にこだわるような分かりやすい人間であったなら、事はもう少し単純だった。
しかし、この問題の根本はもっと厄介で、面倒なところにあったのだ。
「将軍の娘だか何だか知らないけどね、遊び半分で冒険者なんてやってる女に私たちが負けるはずないんだから!」
「────ッ!?」
軽率な発言によってダイナマイトの導火線に火が点いた。
少女は俺やマナではなく、ジャンヌの方を向きながら、そう言い放った。そもそも、彼女は最初からジャンヌしか見ていなかったのだ。
「すんませんっ!こいつ、ガウェイン先輩の妹がいるって聞いて、何か意識しちゃって……ほんとすんません!ホラ行くぞバレッタ!」
「は、放しなさいよ!まだ言いたいことが──」
バレッタと呼ばれた少女は日焼けした顔を更に真っ赤にしながら、チームメイトたちに引きずられていった。
かくして嵐は去った。しかしその爪痕は大きかった。
「遊び、半分……?」
ジャンヌは肩を震わせていた。彼女をそうさせているのが悲しみなんて女々しい感情でないことだけは確かだ。怖い。
「あのあの、ジャンヌさん、どうされたんですか?」
「今は触れない方がいい。爆発に巻き込まれるぞ」
「は、はあ……」
俺は数歩分後ずさりつつ、事情の呑み込めていないマナに釘を刺す。これ以上ジャンヌを刺激するのは危険すぎる。
沈着冷静を絵に描いたようなジャンヌだが、実家絡みとなると話は別だ。しかもあのバレッタという少女はジャンヌの最もデリケートな部分を力の限り踏み抜いてしまった。
「……ソウタ、マナ」
ゆらりとこちらを振り向いたジャンヌの目は据わっていた。俺とマナは背筋をピンと伸ばしてお行儀良く話を聞く。
「時間が勿体ないから早く行くわよ。狙うは1位、他のチームを完膚なきまでに叩きのめして私たちの実力を思い知らせてあげましょう。
……あの女には、絶対に、負けない」
完全に着火したジャンヌを止めることはもう不可能だ。俺たちは否応なしにトップ争いに参加することになった。
そんな俺たちの様子を、学園長は顔を綻ばせながら眺めていた。
「若いのぉ。それでこそ青春じゃ」
「いや、見てたなら止めてくださいよ。とんでもないことになっちゃったじゃないですか」
「これも成長するために必要なことじゃよ。対立する者同士、ぶつかり合わねば見えぬものもあるでな」
「そんなもんですかね……?」
ともあれ、始まってしまったものは仕方ない。
そう割り切ってジャンヌを追いかける俺の背中に、学園長の呑気な声が飛んでくる。
「おお、言い忘れておった。最下位のチームはしばらくの間教会の奉仕活動を手伝ってもらうぞ。ブービー賞というやつじゃな」
「そんな話聞いてないんですけど……。っていうか、それはブービー賞じゃなくて罰ゲームなんじゃ……」
「言っておらんかったからの。まあ、いつも怪我の治療なんぞでお世話になっておるのじゃ。その恩返しと思えば良かろうて」
もう、上手い具合に事が進むなんて甘い幻想は抱かない。そう心に誓った俺だった。




