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それから数日後、ついに学部対抗オリエンテーリングの開催される日がやってきた。
朝も早くから冒険学部のグラウンドに整列した2学部の生徒たちは、多くの者が欲望や対抗心といったギラギラした感情を瞳に宿しながら、競技開始の合図を今か今かと待ち望んでいた。
別に冒険学部と騎士学部に確執や対立関係なんてものはないのだが、2つのコミュニティを競わせるのだから自然と帰属意識みたいなものは生まれるわけで。
見てくれから既に個性が爆発している冒険学部生と、兵種による違いはあれど基本は没個性な騎士学部生、対照的な両者の間にはピリピリとした空気が漂っていた。
「いいねえいいねえ、燃えてきたぜ。聞いたこともねえ爺さんの詩やらとっくに死んだお偉いさんの名前を暗記する地獄の日々よりずっと有意義じゃねえか。こういうのを待ってたんだよ俺は」
鼻息を荒くしたアキュートが野獣のように歯を見せる。
この日に備えて念入りに手入れをしていたのだろうか、彼のトレードマークである深紅のロングコートはいつもより輝いて見えた。
そういえばアキュートの亡父は騎士団に勤めていたんだったか。普段はずぼらな彼も、未来の騎士を前にみっともない姿は見せられないと思ったのかもしれない。
「ダンジョンに入らなくても報酬がもらえるなんて素敵なイベントだよね。皮算用って言われるかもだけど、いざ開幕!って段階になるとやっぱり賞金の使い道とか考えちゃうなぁ」
プリムラは期待に胸を膨らませていた。何というか、ファミレスでお子様ランチが運ばれてくるのを待ち焦がれる子供みたいだった。
彼女の纏う紫一色の魔女っ娘衣装は見慣れない者からすると人目を引くようで、騎士学部生の何人かがプリムラに視線を送っていた。
女子の方は、まあいい。おしゃれしたい盛りの年頃でお堅そうな士官学校に入っているのだから、可愛い服に憧れるのは致し方のないことだ。
しかし男子勢の視線がプリムラのヒラヒラなフレアスカート付近を行き来しているのは気のせいだろうか?
と思っていたら、後ろで列の監督をしていたタルカス先生がこちらにやってきて、不躾な視線を遮るように立ちはだかった。
天突くような大男の放つ無言のプレッシャーに晒された男どもは短い悲鳴を上げて縮み上がり、余所見をやめて大人しく前を向いた。
「ありがとうございます、タルカス先生。さっきから気になってたので助かりました」
「興味があるのは健全な証だが、時間と場所は弁えねばな」
割かし理解のあるお言葉だった。タルカス先生はもっとストイックな人だと思っていたが、ああ見えて若い頃は人並みの恋愛を経験してきたのかもしれない。もっとも、女性に言い寄られて鼻の下を伸ばすタルカス先生なんてとても想像できなかったが。
「皆、気力が充実しているな。良いことだ」
先生は長いあごヒゲを弄りながら生徒全体を一望すると、鷹揚に頷いた。
しかし、一通り生徒たちを見渡した後、大きすぎる先生の足元で死角になっていた彼らの存在に気付くと、困惑したように片眉を歪めた。
「お前たちは……覇気がないな。どうした?」
タルカス先生は俺のすぐ後ろに並んでいたやる気なし面子の1人であるナギアに疑問を投げかけた。彼は思いっきり読書中だった。
「何てことはありませんよ。無為に野山を走り回る行為に価値を見い出せないだけですから」
ナギアは眠そうに答えると、再びハードカバーの本に目を落とした。
彼は小柄な体に不釣り合いな大きさのショルダーバッグをたすき掛けしていた。革製のしっかりとした作りだったので野営用の道具でも満載しているのかと思ったら、なんと暇潰し用の本ばかり入っていた。
元々ナギアは運動が苦手だし、今回はダンジョン探索も無関係となれば、モチベーションが上がらないのも当然のことだった。
そしてもう1人、やる気がないというか明らかに絶望的な負のオーラを漂わせている少女がいた。
「もう駄目です……おしまいです……このルール絶対おかしいですよ……明らかに公平じゃありませんよね……」
爽やかなエメラルドグリーンの髪をツーサイドアップにしたエルフの女生徒が、爽やかさの欠片もない表情で背中を丸めていた。
上半身をすっぽりと覆う茶色のポンチョに、インナーとスカートは赤茶色のワンピースタイプ。そして茶色のロングブーツ。
戦士にしては軽装、かといって魔術師でもなさそうな彼女の職種を端的に表すのは、肩に担いだ白い弓。
俺たちのクラスメートであり、1-1クラス唯一の射手であるマナだった。
「マナよ、始まる前から何を尻込みすることがある?俺はお前たちの実力が彼らに劣っているとは思わない。いつも通りの力を出しきればいいだけだ」
地面に片膝をついてマナと視線を合わせるタルカス先生。しかし先生の激励も彼女の心に立ち込める暗雲を払うことはできなかった。
というのも、彼女を絶望させているのは彼女自身の力ではどうにもできない部分の問題であって、要するに、
「どうして……どうしてチーム分けがクジ引きなんですかぁー!」
……という、しょうもない理由だった。
このオリエンテーリングは個人ではなくチーム単位で行われる。冒険学部、騎士学部でそれぞれクジを引き、同じ学部の生徒同士で3人1組になって競技に臨むのだ。
行動範囲は地上のみとはいえ、外に出る以上魔物との遭遇戦や不測の事態はつきものだ。
そのような状況において、普段と違うパーティ構成でどれだけ的確な判断を下せるか、といった機転や対処能力を参加者は試される。クジ運の悪い人は……まあ、ご愁傷様だ。
「こんなの始まる前から勝負がついてるようなものじゃないですか……3人全員後衛とか絶対ありますよね……むしろそうならないはずがありませんよね……だって私だし」
「なんだ、その程度のことか。なら心配する必要はない。仮にそうなったとしても──いい経験になるからな」
「それ、根本的な解決になってないんじゃ……?」
先生の"とりあえずやってみろ"精神は相変わらずだった。
世界とはかくも残酷なもので、ネガティブ街道を一直線に突き進むマナを置き去りにして事態は進んでいく。
「ソウタ、次はお前だぞ。いいのを引けよ?」
俺の前にいたアキュートが上半身をこちらに向けて、小さな箱を手渡してきた。ファンシーな布に覆われた長方形の箱で、上の部分にティッシュ箱のようなスリットが開いている。
見たところ、これがクジの箱なのだろう。リラ先生あたりが気合いを入れて作ったような素朴さとDIY感溢れるデザインに気持ちが和む。
それはそれとして、さっさとクジを引くとしよう。スリットに手を突っ込んで、最初に触れた紙切れを手早く拾い上げる。
「ソウタは何番だ?ちなみに俺は1番、幸先いいだろ?」
「1」と書かれた紙を自慢げに見せつけるアキュート。俺の紙は……3だ。
「私と同じ……ね。また、よろしくお願いするわ」
斜め後ろの位置から声がかかる。振り向くとジャンヌが胸の前で控えめに手を振っていた。
彼女の列はもう全員クジを引き終えていたようで、俺と同じく「3」と書かれた紙を指の間に挟んでいた。
「うわ……やっちゃった」
箱を後ろに送った数秒後、ナギアの悲痛な声がした。彼の手に握られているのは……ああ、これはたぶん「1」だな。
順番的に行くとナギアの次はマナになる。のだが、列の後ろからはいつまで経ってもマナの歓声あるいは悲鳴が聞こえてこない。
何をしているのかと思ったら、彼女は箱を前にして神に祈っていた。とはいえ、とてもじゃないが正式な手順を踏んでいるようには見えない適当っぽい祈り方だったが。
「お願いします神様、一生のお願いですから今日ぐらいは私に微笑んでください……!」
「神頼みするなとは言わないけど、早く受け取ってくれないかな。これ結構重いんだけど……」
箱を抱えたナギアをしばらく待ちぼうけさせた末、マナは目をつむって勢い良く手を入れた。彼女の震える拳が掴んだのは……
……3。
「や……やったあああああああっ!!やりましたよ私!えらいっ!」
マナは両手を天に掲げて満面の笑みを浮かべていた。まだ始まってすらいないというのに気持ちだけは優勝ムードだった。
そこまで喜ぶほどのものか?という疑問はさておき、3がアタリの部類であることに異論はない。
なぜならこのチームには1期生トップクラスの実力を持つジャンヌがいるのだ。文武両道に長けた彼女がいればオリエンテーリングを有利に進めることができるだろうし、道中で強い魔物が出たって安心だ。
物理特化の俺と魔術も使えるオールラウンダーのジャンヌ、そして遠距離特化のマナとパーティバランスも良好。これはひょっとすると、意外にいいところまで行けるかもしれない。
などと少しばかり欲が出てきた俺だったが、この先に待ち受けていた厄介事を振り返ってみると、3番はとてもアタリなんて呼べる数字ではなかったのだ。




