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ようこそ冒険学部へ  作者: 嶋森智也
第8章:クエスト「迷走!オリエンテーリング!」
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8-3

 近年、冒険者の実力と有用性に改めて注目したクリシュカ王家は、ダンジョン探索や魔物退治において大きく貢献した冒険者に騎士の称号を与え、国家直属の冒険者として取り立てる動きを始めていた。

 気ままな自由人である彼らに地位と安定した生活を与え、優秀な人材を手元に置いておこうという狙いだ。

 マクベスをはじめとした彼らはその数こそ多くないものの、結果さえ出せば身分や出自を問わず評価されるこの制度の導入によって、クリシュカには多くの優秀な冒険者が大陸じゅうから集うことになった。


「冒険者になって活躍すれば、父親の意向なんて関係なく騎士になれるってことか。考えたな」

「最終的に騎士に任命する冒険者を決めるのは国王陛下だからね。さすがの父も陛下を相手に『私の娘を騎士にしないでください』なんて言えないだろう」

「お嬢様は僕からそれとなく情報を集めながら、旦那様に見つからないように色々とやってたみたいです。

 後で知ったんですけど、ヴィエッタ学園って王家の資本が入ってる割に独立性の高い学園らしくて、1度入学してしまえば旦那様の権力でも取り消しはできないみたいなんです。

 騎士学部ならともかく、冒険学部ならお嬢様のお小遣いでも入学金は何とかできますから」

「スケールが違うな……」


 俺は学部長に建て替えてもらったので入学金や試験費用については詳しくないのだが、普通子供のお小遣いで足りる額ではあるまいに。

 本当にジャンヌの行動力には驚かされる。頑固な彼女らしいと言うべきか、これと決めたら迷ったりしないのだろう。


「そうして意地っ張りの妹は父と最後の大喧嘩をした後家出同然にここに来て、意地っ張りの父もまたその場の勢いで勘当を言い渡したというわけさ」

「壮絶な親子喧嘩だな。というか、冒険学部は入学してすぐに魔物と戦うような学部なんだけど、そこはいいのか」

「先週会った時は『どうせすぐに根を上げる』と言っていたよ。まったく、あの子に不屈の精神を叩き込んだのは誰だと思っているのやら」


 ガウェインは眉間を指で摘みながら弱々しく息を吐いた。父と妹の板挟みになってかなり心労が溜まっているようだ。

 彼ら家族の歴史を知ることで、俺はジャンヌの抱えていたものがようやく理解できた。問題は、なぜガウェインが俺にそんな話をしたのかということだ。

 もしも、彼の目的が俺の考えている通りなのだとすれば。


「さて、ソウタ君。ここまで説明したのだから、賢明なる君は当然私の頼みも理解しているはずだ。協力してくれるね?」


 ガウェインは人当たりのいい笑顔を向けてくるが、そこには有無を言わさぬ雰囲気があった。

 やはりそう来たか。

 なら、俺の答えは1つだった。


「彼女を説得しろって話なら、断る。俺はジャンヌの味方だ」


 考えるまでもなかった。

 家の事情が何だか知らないが、勝手すぎるというジャンヌの意見に俺は心底同意していた。

 最初は親から強制されて何となく目指していたのかもしれないが、今では騎士になるという目標が彼女の根幹を成していることぐらい、あのひたむきさを見ていれば分かる。

 親心とかそういったものは分からないでもないが、会ったこともない将軍と懸命に努力を続ける友人のどちらを選ぶかと聞かれれば、俺に悩む余地などない。


「なるほど……そういうことか」


 俺の答えを聞いたガウェインの顔から感情が消え、能面のような面で俺を観察する。ユニは緊張した表情で俺たちを交互に見比べていた。


「……………………」

「……………………」


 お互いに動きがないまま時間が過ぎていく。眉間から流れ落ちる汗は初夏の暑さゆえではない。冷や汗だ。

 最初に動きを見せたのは、ガウェインの方だった。


「……ぷっ、くくくっ、いや、す、すまない。君が妹に似てあまりにも真面目だったから、ついからかってしまった」

「えっ?」

「ガウェイン様、意地が悪すぎますよ……。ソウタさんを試そうだなんて」


 歯を食いしばって笑いをこらえているガウェインからは、先ほどの冷たさは綺麗さっぱり消えていた。……もしかして、俺はまんまと引っ掛かってしまったのか?

 ガウェインは笑いすぎて乱れた制服の首元を正すと、真面目な表情で俺の方に体を向けた。今度ばかりは冗談ではないはずだ。


「君に頼みたいことはただ1つ。妹の力になってやってほしい」

「俺が?そりゃ、言われなくてもジャンヌが困っていたら力を貸すけど……それだけのために、今日ここに?」

「大切なことさ。兄である私が言うのも何だが、我が妹君は堅物で冗談が通じなくて人付き合いの悪い子だ。放っておくといつまで経っても友達1人できないままだろう。

 だからこそ私としては、奇跡的に結ばれたこの縁を何とか物にさせてやりたい。加えて君は信用できる男だとユニのお墨付きだしね」

「奇跡的って……」


 実の兄から酷い言われようだった。あながち間違いでもないのが悲しいが。


「アストラン家の者にとって騎士の称号を得ることは特別な意味を持つ。幼い頃から騎士になることだけを夢見てきた妹なら、なおさらだ。

 しかし、今のあの子は父に裏切られたせいで他人と関わることに臆病になっているし、そのうえムキになっているものだから、何でも自分1人でこなそうとする。心当たりはないかな?」


 大有りだった。何かにつけスタンドプレーを好むジャンヌの姿勢には、父親への当てつけという意味も含まれていたのか。


「『誰の手も借りずに自分の力だけで騎士になってみせる』……そう考えているんだろうな。独立心が強くて立派なことだが、兄としては心配だ」

「確かに、そう言われてみると危うく感じるな」

「だろう?……だからこそ、頼む。今のところ妹の信頼を勝ち得ているのは君ぐらいだからね」


 ガウェインはそう言うと、俺に対して深々と頭を下げた。何の地位も身寄りもない子供に、クリシュカ屈指の名家を継ぐ男が、最大限の礼をもって。

 俺に兄弟はいないのであまり実感は湧かないが、きっとこれが"兄"というものなのだなと思えば、その願いを無下にするわけにはいかなかった。

 こういった家族の絆というものを、少しだけ羨ましく思った。


「ちなみに、ガウェインの本音はどうなんだ?ジャンヌが騎士になって危険な戦いに出るのは心配じゃないのか?」

「あの子はもう一人前だよ。自分の行く先は自分で決められるはずさ。

 ……というかだね、そもそもあのお転婆(てんば)姫が他人の言うことを素直に聞くようなお(しと)やかな娘だと思うかい?有り得ない。有り得ない!

 大司教様が言ったって、国王陛下が言ったって、人の忠告なんてちっとも聞き入れやしない。もしもあれに言うことを聞かせられるような奴がいるなら今すぐ連れてきておくれ。婚姻の準備を始めないと」

「あっ、はい」


 何かのスイッチが入ったガウェインは数分間に渡って愚痴愚痴愚痴愚痴と不満をぶちまけた後、実に爽やかな表情で腰を上げた。

 その豹変ぶりに俺とユニは何とも言えない表情で固まっていた。兄妹揃ってガス抜きが下手すぎる。


「さて、用件も済んだことだし、私はそろそろお(いとま)するよ。もう1つ片付けないといけないことも残っているしね」


 学園の西側を緑に彩る並木道の真ん中を、堂々とした歩みで進んでいくガウェイン。その背中は気迫に満ち満ちていた。

 ガウェインの足は校舎へと向かっていた。騎士学部ではなく、冒険学部の校舎だ。そんな場所に、騎士学部の彼がここまで気を張り詰めさせるような用事なんてあるのだろうか?


「ところで、もう1つの用件って?」

「妹に(まと)わりつく悪い虫を退治しに行くのさ。噂によると、最近遊び人風のエルフが妹にちょっかいをかけているらしい」

「……………………」

「しかもその男、なんでも騎士を騙っているらしいじゃないか。将軍の息子として捨て置くわけにはいかないだろう?」

「……どうか手心は加えてやってくれ。本人に悪気はないんだ」

「善処しよう」


 俺は……俺は、彼の無事を祈りながら、すごすごと洗濯に戻った。


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