8-2
俺たちはひとまず洗濯を中断すると、日陰になっているベンチを探して腰を下ろした。
ジャンヌの兄ガウェイン。ジャンヌに兄弟がいるというのは初耳だったが、言われてみればどことなく面影が似ている。笑った時の目尻とか、その辺が。
「タイミングが悪かったかな。私はそちらの作業が終わるまで待っていても良かったんだが」
「友人の身内をこんなに暑い中で待たせておくわけにはいきませんよ」
「事前に約束を取り付けておかなかった私の責任なのだから、気にすることはないさ。あと、言葉遣いも普通で構わない。ここは公の場ではないのだからね」
「でも、ユニは敬語ですよ?」
「あれはもう諦めたよ。どうあっても変えるつもりはないらしい」
「お仕えする主人にタメ口をきくなんて失礼極まりない行為ですからね」
お偉方の息子、しかも次期当主と聞いて一般人である俺は身構えていたが、ガウェインは思っていたより気さくな人物だった。
貴族だからと偉ぶらないのは根無し草の冒険者をも重用するこの国の気風ゆえか、それとも彼自身の人格によるものか。
しかし、「お仕えする主人」とは……。つまりは彼こそが、以前ユニが言っていたお屋敷の幼馴染なのだろう。
ユニを従者として迎え入れる約束をした、騎士学部の男。いったいどんな人なのだろうと思っていたが、まさかジャンヌの兄だったとは。
「ん?ちょっと待て。じゃあユニはジャンヌの家で働いてたってことなのか?」
「ええ、まあ、そうなりますね」
だったら教えてくれれば良かったのに。ユニとジャンヌを直接会わせたことはなかったが、ジャンヌのことはユニにも話していたはずだ。
コカトリスの一件……というか、厳密にはジャンヌが食堂から飛び出していった姿はかなりの生徒が目撃していた。
ある意味有名人であるジャンヌの起こした騒ぎはちょっとした噂となり、関係者である俺はその辺の事情をユニからしつこく聞かれていたのだ。
あの時は「やっぱり家政婦って噂話が好きなんだな」ぐらいに思っていたのだが、それだけではなかったらしい。
「すみません。隠すつもりはなかったんですけど、今のジャンヌお嬢様はちょっと複雑な状況にあるというか……とにかく、色々あって僕も話しかけづらいんです」
ガウェインを挟んだ向こう側に座っているユニが、申し訳なさそうに頭を下げる。
少しずつ状況が読めてきた。
ユニの言う"複雑な状況"というのが、ジャンヌが冒険学部に入学するようになったきっかけであり、彼女が若干人間不信になりつつある原因なのだ。
「……もしかして、実家と揉めてる、とか?」
「当たりだよ。さすが、ソウタ君は妹を良く見ているね」
ズバリ核心を言い当てた俺にガウェインはたいそうご満悦だった。
ジャンヌと付き合いのなかった頃ならともかく、今の俺にはそれほどの難問でもなかった。ジャンヌがアストラン家の影響力を疎んじていることは彼女の態度からも容易にうかがえたのだから。
「やっぱり。だから彼女は騎士学部じゃなくて冒険学部に……」
「そこまで分かっているなら話は早い。君の推測通り、妹は騎士を目指している」
「…………んん?」
いやいや、その理屈はおかしい。だったら騎士学部に入るだろう。
俺はてっきりジャンヌが冒険者に憧れて、彼女を騎士にしたい両親と衝突しているのだとばかり思っていたのだが。
ガウェインもまた微妙な行き違いに気付いたようで、彼は苦笑しつつ「とりあえず、順を追って話そう」と言うと、少し声のトーンを落とした。
「妹について語る前に、まず私のことを話しておく必要がある。……元々はね、私ではなく、妹が騎士学部に入る予定だったんだ」
それは名家たるアストラン家らしいといえばらしい、しがらみに満ちた皮肉な話だった。
アストラン家の長男として生を受けたガウェインだが、彼は生まれつき病気がちで、医者からもとても戦いに出られる体ではないと言われていた。
母親は既に他界し、残された唯一の男児であるガウェインも騎士としての道を閉ざされてしまったとなれば、武門で名を馳せたアストラン家の威光は失墜の危機を免れない。
そこで白羽の矢が立ったのが、ガウェインの妹であるジャンヌだった。
クリシュカの将軍である父イグニスはジャンヌを一流の騎士に育て上げることでアストラン家のメンツを維持しようとしたのだ。
ここで騎士という存在について少し補足しておくと、クリシュカにおける騎士は役職ではなく称号のようなものに近い。
王家直轄の武力であるクリシュカ軍、または各地の貴族や組織が独自に設立した騎士団の内、功績を上げた者がクリシュカの国王によって騎士として認められるのだ。
騎士団というからには全員騎士で固められているようなイメージがあるが、実際はそうでもない。騎士が多いことは紛れもない事実だが。
「物心ついた時から妹は騎士となるべく厳しい指導を受けてきた。本人の素養もあったし、何より彼女自身も剣を振るうことは性に合っていたようだから、苦には感じていなかったのだけどね。
あるいはあのまま彼女が騎士となっていれば、物事はすんなり進んだのかもしれないな……」
ガウェインの苦々しげな呟きは、拳を振り下ろす先が見つからない彼の歯がゆさ、やるせなさを表していた。
今現在ガウェインが騎士学部に在籍している時点で明白だが、3年ほど前にガウェインの病気は完治した。それはもうあっさりと。
医療技術の進歩とか、優秀な白魔術師が国内にやってきただとか、そういった幸運のおかげでガウェインは人並みの生活を送れるようになり、健康体になった彼はそれまでの遅れを取り戻すように、騎士になるための鍛錬に励み続けた。
「本当に嬉しかった。1日じゅう病に伏せっていた時は、軍に入ることも、騎士になることも、『なれたらいいな』『できたらいいな』程度の儚い願望でしかなかったからね。
それが思いもかけず手の届く場所にやってきたんだから、もう我慢する必要なんてないだろう?」
ガウェインは努力し、瞬く間に心身ともに逞しい男に成長した。父はそれを見て喜んだし、ジャンヌもまた兄の快復を祝福してくれた。そこまでは良かった。
問題はそこからだ。十分な実力をつけたガウェインとジャンヌがいよいよヴィエッタ学園の騎士学部に入学するとなった際、父親はジャンヌの入学に……彼女が騎士を目指すことに突如として反対し始めたのだ。
突然の翻意に抗議するジャンヌに対して、父は「アストラン家を継ぐガウェインが騎士となるのだから、女であるお前は家を守るのが役目だ」というようなことを言ったらしい。
「その後はもうてんやわんやさ。結局2人は私が家を出るその日までずっと口を利かなかった」
「あー……そういうことだったのか……」
これはジャンヌが怒るのも仕方ない。
「手のひらを返されるのが嫌」「勝手すぎる」「大人は聞く耳持たない」──あれはすべて父親に向けた言葉だったのか。
「父の名誉のために言っておくが、あの人は決して自分勝手な考えで言ったわけではないんだ。父にとって妹は可愛い一人娘だし、母に瓜二つだったから、元から軍人として戦場に出すことに抵抗を感じていたんだ。
だから、私の病気が治った以上、あの子に家の重責を背負わせるのはもうやめようと考えてそういう言い方をしたんだと私は思っている。
ただ、その……父は昔かたぎというか、あまり女子供の扱いが得意な方ではなくてね。妹にその辺りの気持ちを上手く伝えられていたかというと、難しいな」
いくらジャンヌが反発したところで、実の父親が入学などまかりならんと言えば、子供に覆すことなどできるはずもない。
ジャンヌが騎士学部に入れなかった理由は分かった。しかしもう1つの謎、彼女が冒険学部にいる理由が分からない。危険というなら軍や騎士団より組織の後ろ盾を持たない冒険者の方がずっと危険だろう。
そんな俺の疑問を察して、ユニが続きを引き継いで話してくれた。
「ガウェイン様が家を出た後も、お2人の冷戦状態は続きました。その頃の僕はちょうど冒険学部の入学準備を進めていたところで、ジャンヌお嬢様が冒険学部に興味を示されたのは、そんな時でした」
前述したが、クリシュカで騎士になるためにはまず軍隊か騎士団か、とにかく何かしらの軍事組織に所属する必要がある。
ジャンヌがどこかの騎士団に入ろうとしても、それらの組織はすべからく父である将軍イグニスの影響下にある。彼女にどれほどの実力があろうと、将軍が首を縦に振らなければ彼女はスタート地点に立つことすらできないのだ。
が、何事にも例外は存在する。その例外こそジャンヌが冒険者を志す本当の理由だった。




