7-13
グロムと別れた俺が次に向かったのは、腕を組んで川べりに立っているニエルのところだった。
「今日は助かったぜ。お前らには借りができちまったな」
「困った時はお互い様ですよ」
「こいつめ、さらっと言いやがる。だが、それができる奴は大人でも意外と少ないんだよ。学部長さんの教育の成果ってやつか?ヘヘっ」
俺の肩をバンバンと叩いて笑うニエルだが、学部長が、凄く、睨んでいる。うちの子に悪い影響を与えないでくださいとでも言いたげだ。ニエルは外見でかなり損をしていると思う。
そんなことより聞きたいことがあったんだった。俺たちはピオネール方面に向けて撤収を始めた皆から遅れないように、歩きながら会話を続ける。
「あの、"叡智の滴"っていったいどんなものなんですか?破格の報酬が提示されてるってことは、かなり特殊なものなんですよね?」
「ついさっき眼鏡のおチビにも聞かれたよ。ヴィエッタ学園の生徒ってのはどいつも勉強熱心だな。俺も真面目に勉強してりゃあ今頃……っと、悪い、話が逸れた」
ナギアが取っていたメモは"叡智の滴"に関することだったようだ。ということは、彼の本分である魔術にまつわる品である可能性は高い。
ニエルの説明を聞いていくとやはり俺の推測通り、"叡智の滴"は強力な魔法薬の材料となるものだった。
「"叡智の滴"からは服用者の魔力を一時的に増幅して魔法の効果を上げる薬が作れるんだよ。要するにインチキだな。無論、体には悪い。使いすぎると幻覚が見えたりするらしい」
「え、それってもしかして麻薬の類なんじゃ……」
「ああ。だがいざって時にはそういうもんにも頼らなきゃならねえ。ケチって死んだらそれまでだからな」
依頼人は近隣の町で結成された騎士団であり、彼らは日々苛烈になる魔物との戦いに備え、緊急時の切り札として"叡智の滴"を欲していた。
その騎士団はこっそり集めてあらぬ誤解をされないようにと今回のクエストを大々的に喧伝しており、冒険者業界ではそれなりに噂に上っていたらしい。もっとも、クエスト自体はその達成難度ゆえにほとんどの冒険者に敬遠されていたようだが。
「今思えばあいつらが正しかったんだろうな。ダンジョンの中でもあの樹海は尋常じゃねえ。ビビって当然だよ。おかげで無駄に人死にが出ちまった」
ニエルは助け出せなかった仲間たちのことを想っているのだろうか、憂鬱そうに視線を下げる。金目当てに手を組んだ寄せ集めパーティだったとしても、少なからず仲間意識というものは芽生えるのだ。
「でもな、俺たちも頑張ったんだぜ?だだっ広い樹海の中を足が棒になるまで探し回って、ようやっと"叡智の滴"を見つけて、後は帰るだけだったんだけどなぁ……。あのガルムさえ出てこなきゃ、なんて、言っても仕方ないんだけどな」
「……ガルム?」
ニエルがふと呟いた場違いな単語に、俺はとてつもなく興味を引かれた。
ガルムといえばあの大きな狼の魔物だ。クリシュカではポピュラーな、言わずと知れたアイツである。
ゴブリンよりは確実に強いが、別段強敵というほどでもない、初心者脱却の登竜門みたいな位置付けの魔物が、クリシュカ屈指の凶悪ダンジョンに生息していた?
「あの犬コロ、俺たちはできるだけ魔物に見つからないようにしてたってのに、こっちを見るなりデカい声で遠吠えを始めたんだよ。そのせいであのアルラウネに見つかって、後はお前らも知っての通りさ」
「で、そのガルムに"叡智の滴"を奪われたと」
「ああそうだよ。戦闘のドサクサ紛れに持ってかれた。匂いが好みだったのか知らねえが、腹減ってるならそこらの人食い花でも齧ってろってんだ」
俺は、1つの仮説を立てていた。
荒唐無稽だが、一概に誇大妄想と断じることもできない、とある仮説を。
「そのガルム、何か変わったところはありませんでしたか?たとえば魔法を使ったとか」
「魔法?何だそりゃ」
「たとえばの話ですよ」
俺の変てこりんな質問にニエルは頭を捻ると、何かを思い出したように「あ」と声を出した。
「そういえば……色が違ったな。ガルムって大体の奴は灰色の毛並みだろ?それが、そいつは白っぽいっていうか、綺麗な銀色をしてたんだ。毛皮が高く売れそうだなって仲間内で話してた」
「……銀色の魔物」
もしも誰かが"叡智の滴"を手に入れようと考え、しかしその入手難度に二の足を踏んでいたとして。最も効率的な手段は何だろう?
ギルドに依頼を出せば"叡智の滴"は安全に手に入る。ただしそれには大金が必要だし、麻薬に準ずるものを集めるのだから、それなりの理由をギルド側に説明しなければならない。
そんな時、どこかの騎士団が"叡智の滴"を採取するクエストを依頼したという噂を聞きつける。早速ギルドに行ってみると、ちょうどどこかの冒険者が有志を募って大騒ぎしているところだ。
絶妙なタイミングだ。わざわざ危険な樹海を隅から隅まで調べて回らずとも、意気揚々と帰ってきた彼らを帰り道で待ち伏せて"叡智の滴"を奪ってしまえば手っ取り早く目的を達成することができる。
「いやいや、さすがに穿ちすぎだよな……」
大体、彼がそんな危ない橋を渡る理由がない。
"叡智の滴"というものが自分で探しに行くのも面倒になるほど見つけにくい実だとしても、英雄なんて呼ばれているのだから金には困っていないだろうし、まっとうな手段でギルドに依頼を出せば済む話だ。
よほど嗅ぎ回られると困るような理由でもない限り、そこまで神経質になる意味がない。
だが、"牙の山脈"に続いて現れたマクベスと、その周辺で目撃される、奇妙な行動を見せる銀色の魔物。
そして何より、あの時のマクベスの台詞が俺の疑念を助長していた。
『あるいはもっとロクでもない理由かもな。頭数が減ればそれだけ分け前が増える。"叡智の滴"が手に入った時点で他の連中は用済みだもんなぁ』
あの時、マクベスは報酬を独占するために仲間を見殺しにしたのではないかと言っていたが、まだ目的の品が見つかっていない時点であえて人手を減らす馬鹿がいるはずがない。
つまり、マクベスは襲撃を受けた冒険者たちが既に"叡智の滴"を入手した後だということをなぜか知っていたのだ。直前のニエルの話では「途中までは問題なかった」としか言っていなかったにも関わらずだ。
実際にその様子を見ていたか、もしくは"叡智の滴"を入手した後で彼らにトラブルが発生することを知っていたか。ただの当てずっぽうと言い切るには怪しい点が多すぎる。
英雄マクベスは何かを企んでいる。しかし、それが何なのか、今の俺に知る術はなかった。




