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樹海を脱出し、ひとまずの安全が確保されている川のほとりに戻ってきた俺たちは、事のあらましを学部長に説明した。
学部長は実力不相応なダンジョンに独断で侵入した俺たちの軽率さを窘めはしたものの、事情が事情ということもあり、今回は特別にお咎めなしということになった。もちろん騒動の原因であるグロムは別だが。
俺はアルラウネの大槌を素手で受け止めたことでまたしても両腕に深刻な負担が掛かっていたらしく、学部長の白魔術による治療を受けていた。本人も前に言っていたが、本当に種別問わずほとんどの魔術を習得しているらしい。
「それにしても、よく俺たちが樹海に入ったことが分かりましたね」
河原の丸石に腰を下ろしながら腕を片方ずつ学部長の手に預ける。燐光を宿した指先が素早く這い回り、少しくすぐったい。
情感のこもったシスターの指遣いと違い、学部長のは実利的というか、無駄を廃したプロっぽい手つきだった。
「教会のシスターが伝えてくれました。貴方たちが危険なダンジョンに入ろうとしている、と」
「シスターが、ですか?」
「君たちが出発した後、やっぱり先生たちにも知らせた方がいいんじゃないかって話になってさ。学園まで伝令を寄越すことになったんだけど……」
ナギアが内容を補足する。彼は冒険者たちから聞き取り調査のようなことをしながら、高そうな革の手帳に熱心に筆を走らせていた。
「僕はその……頭脳労働担当だし、ここで暇そうにしてる冒険者に言伝を頼んでも、部外者だからすぐには信じてもらえないかもしれないだろ?だからシスターが行くことになったんだ」
シスターは道中の護衛を志願する冒険者たちに対して「1人でも大丈夫ですから怪我人は休んでいてください」と笑顔で言うと、止める間もなく森の中に消えていったらしい。
樹海を除けば比較的安全な地域とはいえ、城壁の外で行動する以上は常に魔物と遭遇する危険性を孕んでいるのだ。シスターの行動は誰の目から見ても分別を欠いていた。
しかし結局シスターは何のトラブルもなく、加えて冒険者形無しの俊足で学園に到着した。神のご加護でもあったのだろうか?
「貴方たちも彼女に感謝しなければなりませんよ。あと1歩遅ければ取り返しのつかない事態になっていたのですから」
「肝に銘じておきます」
「分かっているのならこれからは行動で示してほしいものですね」
学部長はいつになく厳しい口調だった。それだけ"蠢く樹海"が危険な場所だということなのだろう。雑魚1匹であの強さなのだから、奥にはいったいどれほどの化け物が潜んでいることやら。
本当に、今回の探索は幸運に助けられてばかりだった。俺はダンジョンの謎を解くという目標がいかに困難なものであるかを改めて実感した。
「貴方が樹海に入ったと聞いた時、心臓が止まる思いだったのですよ。私は、またあの時のように……」
「あの時?」
「……こちらの話です。とにかく、貴方はまだ入学したばかりなのですから、焦って背伸びをする必要などありません。貴方の頑張りは、この私がちゃんと見ています」
そう言って俺を安心させるように微笑みかける学部長。
平時はキリッとした雰囲気の、自立した大人の女性である学部長だが、時たま俺に見せる表情は柔らかく、女性的な魅力に満ちている。
それは遠い昔、家族が壊れてしまうずっと前に見た母さんの表情にそっくりだった。
治療を終えた後、俺はグロムの方に足を向けた。
グロムは川の水で何度も顔を洗っていた。どうやら捕まっている間にしこたま花粉を振りかけられていたらしく、まだ顔に花粉が付いているような気がするのだと言っていた。
彼は鎧の中から器用にハンカチを取り出すと、ファンデーションを塗るような仕草でトントンと顔を拭う。
「どうだい?これでいつも通りのいい男に戻っただろう?花は好きだけど、花粉で化粧をするのは趣味じゃないしね。あっ、でも良く考えると花粉を材料にした化粧品もあるらしいし、むしろこれで男っぷりが上がったかも?」
「そうだな」
親指と人差し指をあごに添えてポーズを決めるグロムを適当に流す。散々な目に遭ったというのに立ち直りが早いというか、懲りない男だった。
そんなことより、俺はグロムにいくつか聞いておかなければならないことがあった。救出に向かったのも、半分はそのためだったのだから。
「それで、何だって町のギルドに通ってたんだ?学園のクエストじゃ報酬に満足できなかったのか?」
リンは家族のためだろうと言っていたが、俺はどうしても彼自身の口から聞きたかった。
グロムは調子のいい男だが身の程知らずではない。"蠢く樹海"の危険性を承知の上で、あえてニエルの話に乗ったのだろう。
思えば、彼ははじめて会った時も胡散臭い高額クエストを受けていた。そこまでして大金を求める理由を、俺は知りたかった。
グロムは話しにくそうにしていたが、「まあ、助けてもらった恩もあるしね」と言うと、自らの事情を話し始めた。
「こういうこと言うとガッカリされるかもしれないけど、ボクはうんとたくさんお金を稼ぐために冒険者になったんだ」
「別に失望したりはしないけど、騎士っぽくはないな」
「騎士だからこそ、だよ。騎士ってお金がかかるんだ。あ、正確にはボクじゃなくて父さんが、なんだけど」
騎士である父親を支援するため……それが、グロムの戦う理由だった。
グロムの父は元々貧しい家の生まれだったが、騎士団に入り着実に実績を上げていった結果、騎士の称号を得るまでに成り上がった。
クリシュカにおける"騎士"というのは名誉だけでなく、王家への臣従を誓う代わりに様々な権利──税の減免、土地の所有といった恩恵を受けられる、プチ貴族のような扱いなのだ。
ただ、騎士になるというのはいいことばかりでもない。地位を得るからにはそれなりの付き合いといったものも必要になってくるし、騎士の名に恥じないような装いとか、暮らしぶりとか、そういうものを世間から求められるようになるのだ。
当然ながら、それらのものには少なくないお金がかかる。
騎士になったからといっていきなり大金が転がり込んでくるわけでもなく、騎士たちは見栄を捨て、名誉だけを胸に身の丈に合った暮らしをするか、更なる大成、ブルジョアの仲間入りを果たすため、煌びやかに着飾って上流階級デビューを目指すか選ぶことになる。
グロムの父は後者を選択した。その是非についてここで論議はするまい。損して得取れという言葉もあるし、一時の苦難を耐え凌ぐことでより明るい未来が開ける場合もあるのだから。
「でも、これがなかなか大変でね。生活を切り詰めるのも限界になってきたしってことで、なら長男のボクが一肌脱ごうじゃないかと」
あっけらかんと語るグロムだが、それは並大抵の決意ではなかっただろう。
彼が騎士らしい振る舞いにこだわるのも、身嗜みに気を遣うのも、すべて騎士の息子として相応しく在るための行動だったとすれば、一見軽そうな彼の言動も印象が変わってくる。
「もう1つ質問があるんだけど、いいか?」
「今日はグイグイ来るね。いいさ、キミとボクの仲だ。何でも教えてあげるよ」
「……仲間を逃がすために、自分から囮になったっていうのは、本当か?」
「ははっ、女性ならいざしらず、このボクがムサい男たちのために命を張ると思うかい?……ホントのこと言うと、単に逃げ遅れただけなんだ。内緒だよ」
……ああ、なんだ、そういうことか。
やはりグロムはグロムだった。
俺は真の騎士に敬意を表して、彼の照れ隠しを真に受けたままでいることにした。




