7-11
アルラウネたちが学部長を八つ裂きにせんと一斉にツタを伸ばす。いや、そうせざるを得なかったというべきか。彼女たちの顔には隠しきれない恐怖が浮かび上がっていた。
いたぶるためでも、殺すためでもなく、その身に憑りついた恐怖という名の死神を振り払うための逃避行動。それが今の彼女たちを突き動かしていた。
「自らを律することすらできないとは、拙いですね。『汝に命ず、隔絶せよ』」
聞き慣れない韻律の詠唱。学部長の体を覆うように、半透明の膜が展開される。
ガラスのような光沢を放つドーム状の障壁は、外界からの干渉をまるで受け付けない。金属を叩くような高音と共にツタは1つ残らず弾かれて、あえなく地に落ちた。
ツタは通じず、継ぎ目さえない全方位障壁の前では自慢の花粉も相手に届かない。開幕早々牙を封じられたアルラウネに動揺が走る。
学部長の行動は防御だけに留まらなかった。彼女は障壁を維持したまま、アルラウネたちに向けて再度火球を発射した。
両手の指の1つ1つに灯った種火が指先を離れた途端に膨張し、合計10個の巨大な炎弾となって降り注ぐ。まるで火山の噴石だ。
敵は我を忘れて逃げ惑い、ダメ押しに学部長が追加した火球によってさらに数匹が灰になった。
これだけの大規模魔術を連発した学部長は何ら疲労した様子もなく、唇をキッと結んで樹海の只中で仁王立ちしていた。
魔術が得意と言っていたのでそれなりには強いのだろうと思っていたが、強いなんてものじゃなかった。レベルが違いすぎる。
「何よこの女……滅茶苦茶じゃない……!」
「ああ、まだ残っていましたか。現場から遠のくと自分でも気付かないうちに腕が鈍るものですね。これは鍛え直す必要がありそうです」
「虚仮にしてっ……!見てなさい!こっちには人質が……」
学部長に射竦められたアルラウネが1匹、こちらへ向かってくる。俺たちを盾にしようというのだろう。
規格外の強敵が出現したことで相対的に弱そうに見えてきたアルラウネだが、俺たちにとっては変わらず強敵のままだ。
捕らわれてしまえば自分だけではなく学部長にまで危険が及ぶ。生徒に(というか俺に)甘い彼女のことだ、俺たちを切り捨てることなどできようはずもない。
アルラウネを倒すことはできないにしても、せめて時間ぐらいは稼げなければ冒険学部の生徒として面目が立たない。俺たちは各々の武器を手に迎撃体勢を整える。
「おっと、それ以上前に出てはいけませんよ、ソウタ君」
「────ッ!?」
背筋が凍る。背後から、何者かが俺の肩に手を置いたのだ。
もはやこれまでと諦めの感情が俺を満たしていくが、いつまで経っても最悪の事態は訪れない。恐る恐ると振り返ってみれば、そこにいたのは法律学を担当するシアン先生だった。
授業の時と変わらぬチョッキ姿の先生は、気取った仕草で指を立てて眼鏡の位置を微調整すると、もう片方の手を僅かに掲げて注目させる。
鎖で編んだ手袋の指先が指し示しているのは空中に鈍く光る何かの線……細い鋼糸だろうか?
先を目で辿っていくと、糸は俺たちとアルラウネの間を分断するように伸び、両端は奥の方に生えていた木の幹に括り付けられていた。
それを知らずに突っ込んできたアルラウネは首と胴を綺麗に切断されて息絶えていた。あと数歩前に出ていれば俺もああなっていたかと思うと、自らの不注意さを恥じ入るばかりだった。
「拙速が必ずしも巧遅に勝るとは限りませんよ。周りを良く観察してから行動を起こすようにと授業でも教えたはずですが」
「いや、先生からは法律しか教えてもらっていませんが……」
「ん……?そういえばそうでしたね。隠密学科の講義以外でダンジョンに出るのは久しぶりですから、つい勘違いしてしまいました」
なるほど、シアン先生は隠密学科の教師だったのか。だとすればいつもいつも人の後ろから声をかけてくるのも納得……か?
先生の教えに従い戦場の端々に目を向けてみると、俺たちの近くにいたアルラウネたちはいつの間にやら全滅していた。死体は焼けずに残っているので、学部長ではなくシアン先生がこっそりと殺ったのだろう。
学部長が派手な魔術で目を引いて、その隙にシアン先生が俺たちの安全を確保する作戦だったようだ。
「端の方でごそごそ動いてる人がいると思ったらシアン先生だったのね。弟子に気配を悟られるなんて先生にしては不用意なんじゃない?」
「君たちには隠していませんでしたからね。むしろ隠密学科の君が気付かなければ減点していたところですよ」
「私全然気付かなかったよ。っていうか知らない間に死体が増えてるってちょっとホラーかも……」
頼もしい教師陣が救援に来たことで状況は一気に好転し、俺たちにも精神的な余裕が戻ってきた。
アルラウネの群れはもはや残すところ3匹となり、前門の学部長、後門のシアン先生に挟まれた彼女たちは戦意喪失かと思われた。
だがそこは腐っても難関ダンジョンに潜む魔物、挫けそうな意志を必死で奮い立たせ、絶望の淵ギリギリで踏みとどまった。
「ニンゲン如きが余裕ぶっていられるのも今のうちよ。その澄ました顔をグチャグチャにすり潰してあげるわ……!」
3匹のアルラウネは互いのツタを猛烈な勢いで伸ばし、合わせ、紡ぎ、わずか3秒足らずで1つの大槌に合成する。
たった1匹が作ったものでさえ、あれだけの大きさと質量を有していたのだ。単純に3倍となれば、完成するのは柱を超えた茨の高層ビルディングだ。
「ふ、ふふふふっ!どう?どう?後悔した?でも、ね……後悔したって……もう遅いわよッ!」
アルラウネたちは大きすぎる力を手にした興奮で狂ったように目を見開きながら、槌と表現するのも憚られる巨体を学部長に振り下ろす。
いくら学部長が強力な魔術師だといっても、災害レベルの破壊力を防ぎきれるとは思えない。自分の手に余る事態を前に、俺はどうか避けてくれと願っていた。
「力押しですか。賢くはありませんが、確かにこの状況では小細工を弄するより効果的ですね。及第点をあげましょう」
しかし学部長は涼しい顔をしたまま動かなかった。いや、正確には既に行動は終わっていたのだ。彼女の背後には幾何学的な模様の魔法陣がいくつも虚空に浮かび上がって白い光を蓄えていた。
「ですが、合格点には程遠い。貴方たちは勘違いをしています。力押しとは、自分より弱い相手にしか通用しないのですよ」
魔法陣はより一層輝きを強め、樹海を眩く照らす。あの光にとてつもない量の魔力が凝縮されているであろうことは門外漢である俺にも理解できた。
「結論から言いましょう。──私は、貴方たちより強い」
「黙れえええええええっ!!」
「まったく、度し難いものですね……。『汝に命ず、撃滅せよ』」
力強い動作で突き出された腕は一直線に張り詰めて、眼前の敵を指し示していた。
彼女の合図に合わせるように、すべての魔法陣が溜め込んでいた莫大なエネルギーを解き放つ。1発1発が絶大な破壊力を秘めた魔術砲の一斉射撃に天は轟き、地は裂ける。
いくつもの白い光条は射線の先で1つの大きな矢となって目標に突き刺さる。3匹のアルラウネは彼女たちの切り札もろとも光の奔流に押し流され、チリ一つ残さず消滅した。
俺たちは雲の上の戦いに息をすることも忘れて見入っていた。
シアン先生も凄いが、学部長の強さは一線を画していた。もうこの人だけでダンジョン制覇できるんじゃないか?なんて感想を抱いてしまうほど一方的な戦いだった。まあ、それができないからこそ後進を育成する立場に就いているのだろうが。
「あれがヴィエッタ学園のお偉いさんか……。何かと武勇伝は聞いてたが、おっかねえ女だな。お前らも真面目に勉強しないときつーいお仕置きをくらっちまうかもな?」
ニエルが冗談めかしてからかう。俺やプリムラは苦笑するだけだったが、アキュートからは血の気が引いていた。座学の授業態度が壊滅的な彼にとっては冗談事で済まない事態なのだ。
「……ま、まぁアレだ。とにかくグロムも生きてたし、俺たちも助かったし、終わり良ければすべて良しってことだな!」
「何がすべて良しですか。何一つ良くなどありませんよ。1年生が、しかもこんな大人数で、いったいどうして"蠢く樹海"にいるのですか?……詳しい説明を、していただけますね?」
こちらに歩いてきた学部長は俺たち全員を鋭く見据えていた。
そういえば昔もこんな場面があったなぁ……と、俺は空を仰ぎ、目の前の現実からしばし逃避を始めたのだった。




