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花粉の毒性が完全に抜けるまでの間、俺たちは樹海のど真ん中で立ち往生することになった。
快復までの時間には個人差があるらしく、ニエルやグロムは既に元の調子を取り戻し、アキュートも今しがた立ち上がって腕を曲げ伸ばししていた。体の頑丈な者ほど影響を受けにくいということらしい。
俺は首なしの骸となった人食い花の茎に背中を預けながら、ようやく自分の命令通りに動き始めた手足の試運転を行っていた。
プリムラに次いで小柄であるはずのリンは、驚くべきことに誰よりも早く復帰していた。本人は吸い込んだ花粉の量が少なかったと言っていたが、リンのことなので麻痺したフリをしていただけだったとしても不思議ではなかった。
「ねえグロム。何か私たちに言うべきことがあるんじゃないかしら」
リンは黒革のジャケットに付いた花粉を慎重に払い落した後、端正な顔に笑顔を貼り付けてグロムに詰め寄った。
「うん、そうだね。みんなありがとう……いや、ごめんなさいもかな?まさかこんな大事になるなんて思わなくてさ」
「認識が甘すぎるわよ。というか、あなたまさか、今までにも似たようなことを繰り返してたの?学園以外でクエストを受けるのは禁止されてるって知ってるでしょう?」
「まあね。フル装備でギルドのロビーをウロウロしてると、たまに一般の冒険者と勘違いした人が『助っ人に来てくれませんか』って声をかけてくるんだ。
クエストを受注する人はギルド発行の身分証が要るけど、同行者が個人的に分け前をもらうのは自由だからね。規則の穴ってやつさ。
いやあ、こんな時エルフってのは便利だねえ。それっぽい顔つきをしてるだけで大人に見られるんだから」
「呆れた。"蠢く樹海"なんて、上級生でも滅多に探索許可が下りない場所じゃない。命があっただけでも奇跡なのよ?」
「それはそうなんだけど、大儲けのチャンスが目の前にあるとなったら、こう……つい出来心で、ね?」
決まりが悪そうに目を逸らすグロムに対して、リンは数秒たっぷり息を吐いて肩を落とすと、やけにアッサリ引き下がった。
無鉄砲なグロムへの説教が始まるのかと思っていただけに、この諦めの早さは意外だった。普段は年長者としての責務を欠かさない彼女らしくない。
「良かったのか?グロムの奴、それほど懲りてるようには見えなかったけど」
こちらにやってきたリンは「いいわけないじゃない」と拗ねたように呟くと、膝を抱えて俺の隣に座り込んだ。
「グロムの気持ちも分からないわけじゃないのよ。学園のクエストが儲からないとは言わないけど、それでも本場のギルドに並ぶクエストと比べたら、ね」
ヴィエッタ学園で受けられるクエストはどれも一定の安全性と情報の精度が確認された優良なものに限られている。前回の採石場占拠事件などは例外中の例外だ。
それゆえに危険かつそれに見合うだけの高額な報酬が期待できるクエストというのはどうしても少なくなる。
「学費を稼ぐだけならともかく、家族への仕送りまでやるとなったら、どうしても学園のクエストだけでは物足りなくなる子は出てくるでしょうね」
「俺は寮暮らしだからその辺の感覚はちょっと分からないんだけど、学園の外ってそんなに物価が高いのか?」
確かに購買や食堂の商品は割安のものが多いが、ピオネールの市場だってそこまで値段は変わらないし、実家に仕送りをしているプリムラが報酬の額に不満を漏らしていた記憶もない。
そんな俺の疑問に、リンは困ったような顔で首を振った。
「物価のこともあるけど、1番は仕事ね。魔物のせいで町に人が来なくなって仕事を失うなんてこの国じゃ珍しくないし、魔物に襲われて大怪我でもしたら当分は働けないから。
私の家もそう。弟妹たちは多いけど、働けるような歳の子供は私ぐらいだったから、昔は随分苦労したわ。どこの職場も不安定で、次から次へと色んな仕事を渡り歩いて、帰ったら帰ったでご飯を作って。今はあの子たちも大きくなったし、少しはマシになったんだけど」
リンは愚痴っぽく自らの過去を語りながら、心持ち俺の方に頭を傾ける。
彼女は俺を騎士様と揶揄するが、案外本気で頼りにしてくれているのかもしれない……なんて己惚れてみた。
「なら、グロムも家族のために、町のギルドに潜り込んでまでクエストを受けてたっていうのか?」
「それは──」
途中まで言いかけたリンは、不意に口をつぐんで身構える。何事かと疑問に思うより先に、聞こえてきたのは女の笑い声だった。
「ふふふふっ……やけに大きな音がしたから来てみれば、ニンゲンたちじゃない」
「くすくす……他人の家で大騒ぎする子たちにはお仕置きが必要ね」
……いや、この展開は酷すぎないか?
俺たちはあれだけ苦労してやっとのことでアルラウネを倒したというのに、それがどうして……アルラウネに囲まれているんだ?
「仲間がいた、ってことか?やってられないな……」
「同族の死体に目もくれないあたり、知り合いですらなさそうよ。アルラウネってこの樹海じゃ珍しくもない魔物なのかも」
信じたくない事実だが、先ほどのアルラウネは樹海のボスでも何でもなく、ありふれた魔物の1匹でしかなかったようだ。
じりじりと包囲の輪を狭めてくるアルラウネたちに追いやられ、俺たちは身を寄せ合うようにして一箇所に集まった。
策なんてまったく思い浮かばなかった。ざっと見ても10匹以上のアルラウネを前に、消耗した俺たちができることはせいぜい反抗的な目で相手を睨み付けることぐらいだ。
「プリムラ、もう1度炎の壁を使えるか?」
「できないことはないけど、あれって発動にすっごく時間がかかるの。それにアルラウネは距離を取って戦うタイプみたいだからあんまり意味ないかも」
「言葉が通じるんだから、どうにかして平和的な交渉でお帰り願えないかな?ボク的にも女性と戦うのはあまり気が進ま──いや、言ってみただけだよ。睨まないで」
それができれば苦労はしない、という皆の視線に突き刺されたグロムは顔を覆った。
俺だって対話で解決できるのであれば万々歳だ。できるのであれば。
……できないと思う。彼女たちの目には俺たちなど暇潰しの玩具にしか映っていないのだ。
「さて、どう料理してあげようかしらねぇ」
「これだけたくさんのニンゲンがいるんだから、当分は退屈せずに遊べそうね」
「色々試してみたい拷問があるの。簡単に死なないでよ?」
まな板の上の鯉というのはまさに今のような場面を言うのだろう。煮るなり焼くなり刺身にするなり彼女たちの思いのままだった。俺たちはただ待つことしかできなかった。
だが、結果として焼かれたのは彼女たちの方だった。
「──そこまでです。『炎よ。天の御子よ。我が手に集いて敵を討て』」
威厳のある女性の声が聞こえたのと同時、数匹のアルラウネが消し飛んだ。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。急いで辺りを見渡した俺の目に飛び込んできたのは、樹海の奥から木々の間を縫うように飛来するいくつもの火球だった。
運良く火球の存在に気付き、回避に成功したアルラウネは全体の半分ほどだった。残りは反応する時間すら与えられずに爆炎に呑み込まれ、原型を留めない黒い破片に成り下がった。
「だ、誰よっ!?せっかくのお楽しみを邪魔するなんて、死ぬ覚悟はできてるんでしょうね!?」
「覚悟?それを問うのは私の方ですとも」
樹海の中にハイヒールの硬質な足音を響かせながら満を持して現れたのは、深紅の装いに身を包んだ、燃えるような髪色の女性。
「貴方たち、何やら興味深い会話をしていましたね。料理だの、拷問だの」
彼女はざわめきたつアルラウネたちをゆっくりと睥睨すると、見る者すべてが凍り付くような酷薄な笑みを浮かべた。
「この私の生徒に手を出そうというのですから、当然──覚悟はできているのでしょうね」
ヴィエッタ学園冒険学部の長、エカテリーナその人だった。




