7-9
自らのツタを大量により合わせて作った大槌を上段に構え、俺たちを見下ろすアルラウネ。
柱のような塊の表面からツタの名残らしきトゲがいくつも突き出ている様は、絵本や紙芝居で良く見た鬼の金棒を連想させた。
短時間であれだけのツタを追加生成する能力、そして自身の何十倍もの大質量を手に小揺るぎもしない筋力。何もかもが規格外だった。
アルラウネは圧倒的な威容を前に言葉を失った俺たちを見てしばし満足そうに目を細めると、無慈悲に、無造作に打ち下ろした。
「──終わりよ」
茨の塔が落ちてくる。
周囲の空気は悲鳴を上げて道を譲り、巻き起こる乱気流は樹海の木々をおののかせる。
回避する、という選択肢はなかった。超々巨大武器による打撃とは、すなわち絨毯爆撃と同義なのだ。影響範囲が広すぎて、ちょっとやそっと離れた程度では焼け石に水だ。
俺1人ならひょっとすると逃げられるかもしれないが、他の仲間はまず無理だろう。特にグロムは未だ自分の力で立つことすらできないのだから。
「……っ!『炎よ。天の御子よ。我が手に集いて敵を討て』っ!」
プリムラの火球が大槌に直撃するが、高密度に凝縮されたツタの前では弱点の炎さえも無力だった。損害は至って軽微、せいぜい表面が煤けた程度だった。
続いてニエルが風の魔術を、リンが呪符を使用するがこれも失敗に終わる。止まらない。大槌の先端はもう間近にまで迫っていた。
回避も破壊もできないのなら、受ける以外に道はない。俺は魔力を解放し、腕を捲って立ちはだかった。
山で鍛えた技術と経験、あとは、タイミング。特訓の日々を思い出しながら、俺は、両手を伸ばした。
「ぐっ……おおおおおおおっ!」
掴めた、と脳が認識したのは、実際に掴んでから数秒ほど経った後だった。
その間俺の全エネルギーは数トン単位の荷重に耐えきることだけに使用されていた。治ったばかりの腕が布切れを絞ったような音を立て、足は重みで地中に埋まる。
俺は歯を食いしばり、腰に力を入れ、気合いと根性と意地を上乗せすることでようやく打撃のエネルギーを相殺した。
しかしすぐさま次なる苦難が訪れる。俺が受け止めたはずのツタの槌、その一部分がふわりと分解し、細く柔軟なツタの群れに戻って俺の体を締め付けたのだ。
受けるという普通有り得ない選択肢すら想定した2段構えの攻撃。今ほど気功術を習っていて良かったと思ったことはない。並の肉体であればツタの纏うトゲ針に全身を刺し貫かれ、穴だらけにされていただろう。
とはいえ、これは俺にとってまたとないチャンスだった。アルラウネは一方的に俺を捕えたと考えているようだが、裏を返せば彼女もまた俺に体の一部を掴まれているのだ。
ツタのさ中に手を突っ込んで、おおよそ1束抱え込む。気功術の防御力に頼った強引なやり方だが、この強敵相手に魔力の出し惜しみなどしていられない。
そのまま一気に、乱暴に、漁師が網を引くように、上空のアルラウネを引きずり下ろさんばかりの勢いでツタを引っ張った。
「くぅっ……!ニンゲンのくせに、何て馬鹿力……!」
「今まで好き放題やってくれたツケは払ってもらうからな──!」
繊維のちぎれる音が響いた後、大槌は芯を形成していた部分を破壊されてそのまとまりを欠き、程なく瓦解した。
アルラウネにとって誤算だったのは俺の頑丈さだろう。生憎と、気功術という技術は単純な物理攻撃にはめっぽう強いのだ。人食い花の援護を受けられなくなったからといって力技に頼ったのがそもそもの──
(あ、れ……?)
俺は、いつの間にか地面に膝をついていた。
無茶をしすぎた反動か?気功術の原動力である魔力は生命力に等しい。限界を超えた消耗が魔力を枯渇させ、一時的な衰弱を引き起こしているのだろうか?
いや、そうではない。指一本動かすのもおっくうな倦怠感と頭を苛む鈍痛、そして、俺の全身にベッタリと付着した、黄色い粉末の意味するところは。
「花粉、か」
「ふふふ、だから言ったじゃない。『終わりよ』って」
油断していた。アルラウネは予め大槌にも自らの花粉を振りかけていたのだ。
先ほどの攻撃は物理的な破壊だけを目的としたものではなかった。あれが地面に打ち付けられていたならば、その衝撃と風圧によって花粉は広範囲に飛び散っていたに違いない。わざわざ敵に近付いて花粉を噴霧するよりずっと効率的というわけだ。
幸い俺という肉のクッションが多少衝撃を吸収したことで、花粉はアルラウネが期待していたほどには拡散しなかった。
ただ、それでも被害は少なくない。錆び付いたロボットのようにぎこちない動きで仲間の様子を確認したところ、プリムラを除く全員が花粉を頭から被ってしまっていた。
「オイオイオイ、これ……ヤバくね?」
「諦めるな!まだ魔術師の嬢ちゃんが残ってるんだ。もう人食い花はいねえんだから、後はあの花女に火球1発当てさえすればこっちの勝ちだ!」
「相手もそう考えてるからこそ、絶対にプリムラの射程には入ってこないんでしょうね。あれを見て」
リンに促されて上を仰ぎ見た俺は、花粉の影響でとうとう視覚までおかしくなってしまったのかと思った。
青いはずの空が、黄色く染まっていた。それが濃密な花粉の帯だと理解できるまでには数秒の時間を要した。
「遊びはおしまいよ、お馬鹿さんたち。逃げ場なんて与えない。一発逆転もさせない。着実に確実に堅実に自由を奪ってすり潰してあげる」
樹海の上端、原始的なアメリカンサイズの木々が天蓋のようにその枝を広げている、地上数十メートルの空間。その直下に滞留する黄色い霧の中をアルラウネが飛び回っていた。
ターザンよろしくツタを使って枝から枝へ、縦横斜めと様々な道筋で、行きつ戻りつ繰り返す。体じゅうの花から夥しい量の花粉を吐き出しながら。
「ほら、ほら、ほら、ほら!どうしたの?早く攻撃してごらんなさいな?この高さじゃあ、まぐれでも当たらないでしょうけどね!」
超高濃度の麻痺花粉が大地の重力に引かれて俺たちの頭上に圧し掛かってくる。このペースでは地上に到達するまで1分とかからないだろう。
ニエルの言う通り火球が当たれば炎に弱いアルラウネは一撃だろうが、現状それは難しい。
単純に遠すぎるのだ。そのうえアルラウネは空中で高速移動を続けている。そしてプリムラは優れた魔術師ではあっても狙撃の名手ではないのだ。
風の魔術で花粉を吹き飛ばしたとしてもそれは一時的なものだ。アルラウネはあの高度に留まって際限なく花粉を出し続けるだろう。そうなればこちらはジリ貧だ。
そうしてプリムラが攻めあぐねているうちに花粉の霧はアルラウネの追加生産によってますます濃さを増し、雲とか煙とかいった表現に見合う密度になっていた。
だからこそ、プリムラには勝機ができた。
「プリムラ、火球を撃つんだ」
「え?でもあんなに遠いんじゃたぶん当たらないよ?」
「当てなくていい。とにかく上に向かって火球を撃ってくれ。上手くいけばそれで終わる」
俺の支離滅裂なアドバイスにプリムラは眉をひそめた。
まあ、遠すぎて火球が当たらないという誰の目にも明らかな問題を無視してこんなことを言えばそういう反応にもなるだろう。だが、時間がないので余計な説明は極力省きたかった。
プリムラの決断は意外と迅速だった。俺を信頼してくれているのか、それとも深く考えない主義なのか、何にせよ助かる。
「ん、分かった。それじゃあやっちゃいますかぁ。『炎よ。天の御子よ。我が手に集いて敵を討て』っ!」
「あはははは!どこを狙ってるのよ、下手くそ!それとも恐怖でおかしくなっ──」
見当違いの方向に撃ち上げられた火球が花粉の層と接触した、その瞬間。
黄色から赤へ。花粉に覆い尽くされていた黄色い空が真っ赤に翻る。
俺たちの頭上で、大気を震わせるほどの大爆発が発生したのだ。
「うおぉっ!ちょ、プリムラぁ!オメーいったい何しでかしたんだよ!?」
「わ、私知らないよ!」
だらりとした腕でかろうじて頭を抱えて体を丸めたアキュートが怒鳴り、プリムラも怒鳴り返す。お互い轟音で耳がキンキンしているので、大声を出さないと聞こえないのだ。
「充満してた花粉が一気に燃え広がったのね。良く思いついたわね、こんなこと」
「たまたまだよ。子供の頃にアニメ……じゃなくて、本で読んだことがあったんだ」
大気中に満ちる可燃性の粒子に一定の濃度と火気という条件が整った時、連鎖的に着火して爆発的な燃焼を引き起こす場合がある。粉塵爆発というやつだ。
粉塵爆発なんてものは普通密閉された室内でもない限り起きないものなのだが、アルラウネが威勢良く花粉を撒き散らしてくれたおかげで高濃度の可燃性粒子という条件を満たすことができた。恐るべきは屋外で花粉の濃霧を作り出してしまうアルラウネの能力といったところか。
当のアルラウネは爆発によって全身をこんがり焼かれ、日焼けしてパサパサになった野菜みたいになって地べたに転がっていた。
きっとアルラウネは俺たちを絶望させるためにあえて過剰な量の花粉を散布したのだろう。あるいは自分の力を誇示するために。
俺たちは皮肉にも彼女の気紛れに救われたのだ。
「はっはぁ!見たかよクソ花女が!人間様を舐めるなってんだ!」
ニエルがヘロヘロの体で精一杯拳を振り上げて勝鬨の声を上げる。だが、俺はこの勝利を喜ぶ気にはちっともなれなかった。
アルラウネを撃破できたのは決して実力によるものではない。プリムラが花粉の影響を受けていなかったもの偶然だし、アルラウネの慢心も想定外のことだ。だいたい、粉塵爆発なんて狙って起こせるものじゃない。
勝因はたった1つ、俺たちはただただひたすらに運が良かった。それだけのことだった。




