7-8
俺とアキュートは襲い来る人食い花をほどほどに迎え撃ち、ほどほどにやり過ごしながらプリムラたちのいる場所へと到着した。
敵はプリムラの火球を警戒してか積極的な攻撃を控え、こちらもまた人食い花の物量を前に大胆な行動に移れないでいた。
これ見よがしに杖を掲げて人食い花を牽制するプリムラの後ろには、戒めを解かれたグロムがへたり込んでいた。彼は軽く手を上げて俺たちを迎えようとして、腕が上がらないことに気付くと弱々しく笑った。
「はは、やっぱり楽して儲けようなんて考えるものじゃないね……」
「だから旨い話には注意しろって言ったんだよ」
グロムの鎧を一旦脱がせて外傷がないことを確認し、再度着せ直す。
彼を背負って脱出する際鎧の重さはハンデとなるが、かといって防具がなければ不意の攻撃で命を落とす可能性もある。先祖伝来がどうのと言っていたこともあるし、鎧を捨てて逃げるのは躊躇われたのだ。
「体の方はまだ動きそうにないのか?」
「しばらくは無理かな。正直、喋るだけでも結構疲れるんだよね。もちろん麗しい女性が相手なら別だけど」
「お望みなら美女のいるところまで連れていってあげるわよ?彼女ちょっと肌の色が緑っぽいけど」
「いやいやリン君の手を煩わせるまでもないよってちょっと待って腕を引っ張らないで!」
リンが思いきり良くグロムを引っこ抜く。勢い余ったグロムが前のめりに倒れ込むと同時に、彼の頭があった位置を何か細いものが通過していった。アルラウネの持つ茨のツタだ。
「せっかくの獲物をみすみす逃がすわけないじゃない。お前たちはうんと苦しんで、恐怖して絶望して、私を満足させてから死ぬのよ」
ひと際大きな人食い花の上、肉厚の花弁に腰掛けたアルラウネは先ほど振るったトゲだらけのツタを帰還させる。彼女の膝から下は数えきれないほど多くのツタがひしめき合い、独立した生き物のようにのたうっていた。
「伸び放題のささくれだらけね、みっともない。魔物ってお肌のお手入れしないのかしら?」
「大きなお世話。これは生意気な下等種の肉を引き裂くためにあるのよ。お前みたいなね!」
リンの挑発に乗ったアルラウネが矢継ぎ早にツタを射出してくる。その矛先はリンだけに留まらず、俺たち全員に向いていた。
針のように鋭く尖ったツタの先が高速降下を開始する。弛むことなく真っ直ぐに伸びながら標的に迫るその有様はまるで槍のようだ。
「しゃらくせえっ!んな狡っからい攻撃が効くかよ!」
アキュートは大剣の腹を正面に向けてフルスイング。俺やグロムを狙っていたのもまとめて数本、力任せに叩き落とした。
アルラウネのツタは彼女自身の触れ込み通り、柔らかい肉に対して高い効果を発揮するものだ。衝撃に弱い腹の部分とはいえ、金属で作られた分厚い剣を貫くほどのパワーはないのだろう。
「お前ら、こっちに集まれ!」
風の魔術でツタを吹き飛ばしながらニエルが叫ぶ。ニエルの陰には杖の根元を大地に突き立てたプリムラが精神集中を行っていた。
何か秘策があるというならそれに乗らない手はないだろう。俺はグロムを抱えるとツタ攻撃の合間を縫ってニエルの背後に滑り込む。
「まさかお姫様抱っこをされる側に回るとはね。複雑な心境だよ」
「俺だって男相手は勘弁したいよ……」
鎧を着たままなせいもあるが、重いわ硬いわ汗臭いわで抱き心地は最悪だった。そういえばミスティア先輩を抱き上げたときは柔らかくて温かかったな……と不謹慎なことを思い出した。
次に来たのはアキュートだった。彼はアルラウネと連携して側面から突進してくる人食い花を大剣で押し退けた後、こちらに走ってきた。
一方リンは猫のようにしなやかな動きで俺たちのいる場所とは逆の方向に回避を行った。彼女の軌跡を追いかけて何本ものツタが土を穿つ。
しかし、最後の1本を避けきったところでリンの顔色が変わる。息を飲んで立ち止まった彼女のつま先に触れているのは、不気味な脈動を続ける人食い花のツル。
アルラウネの制御下になく、ここまで我関せずと沈黙を守っていた人食い花のうち1本が活性化を始める。
牙ならぬ歯を剥いて襲い掛かる人食い花の攻撃を地面へダイブするように回避したリンは、頭が地面に激突する寸前で伸ばした手を軸にくるりと側転、ノータイムで体勢を立て直す。
そして、突如として掻き消えた獲物を探してツルの近くを嗅ぎ回っていた人食い花の口に、カードのような物を投げ込んだ。
それは人食い花の喉奥に着弾すると同時に爆発を起こし、頭部を吹き飛ばす。どうやら炎の魔術を込めた呪符のようだ。
「プリムラだけが脅威だと思った?残念、人間はこういう戦い方だってできるのよ」
「小賢しい女……その減らず口をすぐに黙らせてあげるわ」
「大口開けたあなたの手下は口ほどにもなかったけどね」
アルラウネが顔を引きつらせる。そんなに煽り立てて大丈夫なのかと思っていたが、案の定リンの皮肉は気位の高いアルラウネの逆鱗に触れたようだ。
彼女はツタによる直接攻撃を中断するや否や手当たり次第にツタを伸ばして人食い花の茎と接続し、自らの手足を増やしてゆく。
そうして今やこの辺一帯すべての人食い花を完全に掌握したアルラウネは、処刑の合図さながらに腕を振り上げる。振り下ろす先にいるのは当然、彼女を苛立たせた張本人であるリンだ。
だが、リンは不敵に笑っていた。この絶体絶命の状況を覆す手段を、彼女は持っているのだ。
「それじゃあ、そろそろそっちにお邪魔するわね」
と思っていたらリンは普通に逃げてきた。大量の人食い花をこちらに引き連れて。
見る見るうちに前後左右の空間をグロテスクな花模様が埋め尽くし、俺たちの逃げ場を奪う。
「変なもんくっつけてこっち来んじゃねーよ馬鹿!それっぽい前振りまでしといて手も足も出ねーのかよ!?」
「残念だけど、どうしようもないわ。私にはね」
その言葉の意味を俺が知るのは、人食い花の群れが一斉に攻撃を開始する、その瞬間だった。
「よぉし、準備オッケー!『炎よ。天の御子よ。火蜥蜴の衣を授けたまえ』っ!」
朱に染まる視界。沸き上がるような熱気に思わず閉じた目をゆっくりと開く。
俺たちは火炎の渦に包まれていた。
プリムラを中心とした直径5メートルほどの円周部に発生した炎の壁が、人食い花の総攻撃から俺たちを守っていたのだ。
俺たちのはらわたを我先に食い破らんと群がってきた人食い花は突如として現れた炎の壁から逃れることができなかった。
あれだけの大きさと質量を持った花がアルラウネに操られて全速力で首を伸ばしていたのだ。途中で急停止などできるはずもなく、人食い花たちは自ら炎の中に顔を突っ込み、焼き尽くされていく。
炎の壁の持続時間はほんの数秒、たったそれだけの時間で人食い花は全滅し、頭を失った数十本の茎が折り重なるように崩れ落ちていった。
「……はじめからこれを狙ってたのか?」
「あれだけ数が多いといちいち相手にしていられないでしょう?人間、頭を使って楽をしないとね」
アルラウネを怒らせたのも計画の内だったということか。大したものだ。
冒険学部の生徒は皆何かしらの特技に秀でているが、相手を翻弄することに関してはリンに並ぶものはいないだろう。普段はその対象が味方であるはずの俺に偏っているのが困りものだが。
何にせよ戦場の主導権は完全にリンが握っていた。
人質を奪い返され、配下たる人食い花をも失ったアルラウネ。それに対して俺たちはほとんど無傷と言っていい。
勝機はこちらにあった。……いや、あるはずだったと言うべきか。
俺たちはまだ理解していなかったのだ、アルラウネの真の恐ろしさを。危険度最大級のダンジョン"蠢く樹海"に潜む魔物を、この程度で追い詰められるはずがなかったのだ。
「ふぅん、なかなか知恵が回るのね、お前たち」
上方からアルラウネの声が聞こえてくる。
彼女は遠くの木々にツタを巻き付け、蜘蛛が巣を張るように、青空を背にして滞空していた。
その手には槌が握られていた。それはもう本当に"槌"と称するしかない物体だったのだ。
「歓喜して、狂喜して、狂死しなさい。この私が本気を出してあげるのだから」
槌の素材と思われるものは、彼女の下半身から潤沢に伸びていた茨のツタだ。
だとしても、質量保存の法則を完全に無視したその量は、この魔物が常識を越えた原理原則に従って生きている怪物だということを思い出させてくれる。
槌の太さは人食い花の巨大茎を遥かに凌駕し、長さは数十メートルをゆうに超えている。何十本、何百本ものツタが絡み合い、編み込まれ、常識外れの太さと長さを獲得するに至った、ツタの大槌だった。




