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下半身から無数に伸びる茨のツタを操り、グロムの体を更にグルグル巻きにしながら俺たちを脅迫するアルラウネ。
グロムを人質にされてはどうすることもできず、俺たちは茂みを越えてアルラウネの前に姿を晒す羽目になった。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……ふふふ、4人も追加で獲物が掛かるなんて。お前たち、今日はごちそうね」
アルラウネの言葉に反応しているのか、人食い花の1つがこうべを垂れて彼女の傍に首を下ろす。
彼女がうっとりした表情で花弁を撫でると、人食い花の口がだらしなく開き、その体をゆっくりとくねらせる。
さながら女王様と下僕といったところだろうか。どんな仕組みか知らないが、人食い花は完全にアルラウネの支配下にあるようだ。
……ん?そういえば今、アルラウネは4人と言ったのか?
何気なく視線を隣に向けてみるといつの間にかリンが消えていた。見ればアルラウネの後方に生えている人食い花の陰から彼女の青い髪が覗いている。相変わらず仕事が早い。
「ったくよぉ……『あっ!』じゃねーだろオメエ。そこは空気読んで大人しくしててくれよ」
「はは、まさかアキュート君にそう言われる日が来るとは思わなかったな……」
グロムはかなり憔悴していた。全身をくまなく覆う金属鎧のおかげで茨のトゲが体に刺さるような事態にはなっていないものの、がんじがらめに縛られているせいで彼の首から下は完全に固定されていた。
だが、彼に元気がない理由はそれだけではあるまい。アルラウネの体じゅうに咲き乱れている警戒色の花、赤と黄色のまだら模様をした南国系の花弁の内側から、絶えず黄土色の花粉が撒き散らされているのだ。
ニエルの話にあった、生物の肉体を麻痺させる花粉。長時間に渡ってそんなものを吸い込み続けていれば体に変調をきたして当然だ。
「まさか本当に助けに来るなんて、ニンゲンって案外同族意識が強いのね。感動しちゃった」
アルラウネは嫌らしい笑みを浮かべながら、指先でグロムの頬を弄ぶ。さしものグロムもこの状況で鼻の下を伸ばす余裕はなさそうだった。
「このニンゲンが自信たっぷりに『きっと助けが来る』って言い張るものだから、賭けをしていたの。しばらく待って誰も助けに来なければ私の勝ち。助けが来れば彼の勝ちってね」
「へー。んじゃ賭けに負けたんだからさっさとそいつ解放しろよ」
「ご褒美に頭から食べてあげることにしたわ。足から食べるより苦しむ時間が短くて済むでしょう?」
「クズが」
「あら怖ぁい。でも、そんな口を利いていいのかしら?」
グロムの頭上を漂い始めた人食い花が、デモンストレーションのように歯を鳴らす。あれがあと1メートル頭を降ろすだけで、グロムの体は無残に食い散らかされるだろう。
「これでもうあなたたちは指1本動かせない。ねえどうする?大人しく諦める?それとも仲間を見捨てて私と戦う?ねえねえねえ教えて?」
動けばグロムが殺される。かといって何もせず突っ立っていれば俺たちも人食い花の胃袋に直行だ。
俺が逡巡している間にも人食い花が新たに何体か動き出し、俺たちに近付いてくる。もはや悠長に考えている時間はなかった。
そんな膠着状態を打ち砕いたのはプリムラだった。
迷いなく杖を掲げたプリムラは、なんとグロムのことなどお構いなしに呪文の詠唱を始めたのだ。
「へぇ、このニンゲンを助けるのはやめにしたってこと?まぁ、妥当な判、断……ね……?」
そこに来てアルラウネもようやく気付いたらしい。プリムラの杖が向いている先はアルラウネでも人食い花でもなかった。
「グロム君、許して!『炎よ。天の御子よ。我が手に集いて敵を討て』っ!」
「ちょ、プリムラ君?ちょっと待ってちょっと待っておわぁーーーーーー!!」
プリムラの狙いはグロムそのものだった。
恐らく今までに見た中でも最大規模の火球が緩やかな山なりの軌道を描いて飛んでいく。
爆風による巻き添えを恐れたアルラウネは、遠くの人食い花に己がツタを絡ませ、掃除機のコードみたいに巻き取りながら安全な上空に退避した。グロムを威嚇していた人食い花もそれに続いて頭を上げる。
皮肉にも敵から解放されたグロムだが、彼の体は未だに大量のツタが絡みついたままであり、火球の直撃は免れない。
次に起きる惨事を想像して思わず目を背けた俺の視界に入ってきたのは、詠唱を終えたニエルの姿だった。
「『風よ。触れ得ざる者よ。奔り貫け矢の如く』!」
中腰の姿勢で突き出されたニエルの右手から生み出されるのは細く長く、そして高密度に作用する局所的な突風。その射線上にはちょうどグロムの目前にまで迫っていたプリムラの火球があった。
風は火球を吹き消すまでには至らなかったが、その軌道をいくらか修正することに成功した。紙一重でグロム直撃ルートを逸れた火球は近くの巨大茎に命中し、盛大に爆発炎上した。
「しまった!?まさか今のはブラフ……!?」
「はい、正解。素直に引っ掛かってくれて助かったわ」
まんまと一杯食わされたアルラウネが大急ぎでグロムを確保しようとするが、既に後方でスタンバイしていたリンがグロムを縛るツタを切り裂いて、今度こそグロムは自由になった。
3人とも即興とは思えないほど絶妙なコンビネーションだった。というか前々からこういう事態を想定して対策を決めていたとしか思えない。……どうして俺だけ何も知らされてなかったんですか?
「ごめんねソウタ、リンが『ソウタは考えてることがすぐ顔に出るから黙ってた方がいい』って言うから」
やはりリンの差し金だった。
心外である。確かに俺は毎度毎度リンに翻弄されっぱなしで単純な男に見えるのかもしれないが、敵に策を見破られるような愚を犯したりはしないのだ。
そりゃあ俺だって、驚いたり焦ったり油断から窮地に陥ったりすることはままあったかもしれないが……いやでも、まさか、そんな……俺が思慮の足りない男である……はずが……
「安心しろよソウタ、お前は1人じゃない」
アキュートが温かい眼差しで俺を見つめていた。彼も蚊帳の外だったようだ。
信じていた仲間たちから頭空っぽの脳筋扱いを受けた男2人はじっと見つめ合い……全力で飛び退いた。
直後におぞましい奇声を上げながら落ちてくる緑の柱。地面と熱烈な口づけを交わした人食い花は、ガジガジと何度か土を齧った後、獲物を探して手探りならぬ口探りで周囲の地面を這い回る。まるで芋虫だ。
これまでとは一味違う動きを見せる人食い花の根元にはアルラウネの体から伸びたツタが突き刺さっていた。接ぎ木ならぬ接ぎツタをすることによって感覚を共有し、自由自在に動かしているのだろう。
「アキュート、ツタを切るんだ!」
太く弾力性のある茎を両断するのはアキュートの大剣でも難しい。だが、アルラウネとのリンクさえ断てば連中の知覚手段は自前のツルに限定される。少なくとも今のようにアグレッシブな動きで暴れ回ることはなくなるはずだ。
地面を転がるような動きで俺たちを押し潰そうとする人食い花を蹴り飛ばし、アキュートが根元へ向かうルートを一時的に確保する。だが、その必要はなかったようだ。
大剣を下段に構えながらアキュートが疾走する。彼の目標は根元ではなく、茎だ。
斬り上げる動作と同時に彼は跳躍、茎の片面に切れ目を入れつつ横たわる茎の上に乗る。俺に蹴られたダメージによって動きの鈍った人食い花は、アキュートの登頂をたやすく許してしまう。
彼はそのまま足場の茎に大剣を刺し込むと、柄の部分にぶら下がるような形で逆サイドに飛び降りた。結果、全体重のかかった大剣は抵抗を物ともせずに茎を切り裂いた。
前、上、後ろと茎の4分の3を切断され、人間でいえばほぼ斬首に近い状態になった人食い花は、傷口から緑色の体液を流して動かなくなった。どうやら連中は頭部を切り離せば活動を停止するようだ。
「悪ぃな。こっちの方が楽そうだったんでな」
「いいさ。結果オーライだよ」
ニヤリと笑い合う俺たちだったが、息つく暇もなく新たな人食い花が襲ってくる。しかも今度は3体だ。
「おかわりが来たな。いい案はあるかい、相棒?」
「そうだな、とりあえず……みんなのところに逃げよう」
「まぁ、そうなるな……」
プリムラとニエルは既にグロムたちと合流していた。あちらは相当な数の人食い花とやり合っていたが、炎に弱い植物相手ならプリムラの火球は効果絶大だ。
アルラウネとの戦闘経験のあるニエルがサポートに回っていることもあり、戦況はそれなりに拮抗しているようだ。
問題はグロムだ。麻痺毒に体をやられ、歩くことすらままならない彼を連れてこの場所から逃げ出すのは至難の業だ。
小柄なプリムラやリンではグロムを背負うことは難しいだろうし、ニエルは魔術の行使で手一杯だ。つまりは俺かアキュートが合流しないと彼らは身動きが取れないのだ。
「急ぐぞ、アキュート」
「わーってるよ」
俺たちは人食い花の追撃を受けながら仲間たちの下へと走り出していった。




