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いびつな形をした落葉のカーペットの上を、俺たちは速足で進んでいた。
樹海の内部は見たこともない植物のオンパレードだった。髑髏のような花をつけた野草や、手のような形をした大きな葉。さながらハロウィンの飾りつけ、あるいはお化け屋敷のようだった。
「みんな、俺の我儘に付き合わせてしまって、本当にすまない」
"蠢く樹海"の探索はとても俺たち1年生の手に負えるものではない。だから俺は他のみんなを巻き込まないように、1人で樹海に入るつもりだった。
だが、俺の考えなどみんなにはとっくにお見通しだったようで、彼らは快くこの無謀な救出作戦に手を貸してくれることになった。
「気にすんな。むしろそれでこそ冒険者だろうが。要するにお前も命の懸けどころが分かってきたって話だよ」
「私ははじめから助けに行くつもりだったし、むしろソウタが一緒に来てくれるなら百人力だよ」
俺の後ろを歩くアキュートとプリムラがいつもと変わらぬ様子で笑う。楽観的な状況ではないと彼らも承知しているはずだが、度胸だけは皆一人前だった。
「元々は俺たちのミスが原因だからな。ガキに尻拭いさせて安全な場所で待機してるなんて性に合わねえ。俺だって、助けられるもんなら助けたいさ」
続いて列の先頭を歩くドレッドヘアーの冒険者が、進行方向にある邪魔な枝をナタで切り払いながら顔をこちらに向けた。
男の名前はニエルといった。タルカス先生に匹敵するほどの体格とクリシュカではあまり見ない褐色の肌、極めつけにジーンズとノースリーブの上着という"いかにも"な外見だが、本職は魔術師らしい。
ニエルは割のいい仕事を求めて国外からやってきた冒険者の1人であり、冒険者ギルドの活動が盛んなクリシュカで一山当てようとしていたのだ。
随分世俗的な動機だが、そもそも冒険者というのはどの地方でもそんな感じらしい。むしろクリシュカの冒険者のように、ダンジョンを制覇して人々を救うといった高い理想を掲げる者たちの方が、全体から見れば特殊なようだ。
「あのマクベスとかいう野郎、英雄だか何だか知らねえが好き勝手言いやがって!あそこまでコケにされて大人しく引き下がれるかってんだ!」
ニエルは怒りに任せてもう1度ナタを振るい、ねじくれた枝を広げて行く手を阻んでいた灌木を破壊した。
現在俺たちのパーティを構成しているのは俺、プリムラ、アキュート、リンに水先案内人であるニエルを加えた5人だ。
生き残りを救出して速やかに脱出するのが目的である以上、パーティ編成には機動力が重視される。体力に不安が残るナギアや冒険者ではないシスターには入り口に残ってもらった。
俺たちはまず樹海の入り口でナギアに探知魔術を使用してもらい、ニエルたちの移動したルートと地図上の生命反応を照らし合わせて、怪しげなポイントを割り出してから出発することになった。
「それにしても、マクベス……どうしちゃったのかしら」
理由はどうあれ高いモチベーションを保っている他の3人とは違い、リンは重苦しい様子で考え込んでいた。あの時の会話もそうだが、リンはマクベスに対していささか思うところがあるように見えた。
「もしかして、リンは前にもマクベスと会ったことがあるのか?」
「顔見知り、といったところかしら。昔の仕事柄、ギルドや酒場なんかには良く出入りしてたから。当時はマクベスも英雄なんて呼ばれてなかったし、一緒にいた仲間も違ったけど。
……彼、確かにあの頃から皮肉屋ではあったけど……あそこまで他人に悪意を向けるような人じゃなかったのに」
「はっ、どうせ英雄だ何だって持て囃されていい気になってるんだよ」
ニエルは仲間の謀殺を匂わされたことで相当腹が立っているようだった。
マクベスの推測はかなり偏ったものではあったが、公衆の面前であのような言いがかりを付けられればニエル自身の信用にも関わる。彼が道案内を申し出たのは疑惑を払拭するためでもあるのだろう。
現時点で両者の主張を裏付けるものはない。ただ、冒険者たちの言う通り"彼"が自ら囮役を買って出たとするなら、それは常日頃から騎士を自称する彼らしい行動ではある。
「まったく、グロムも何をやってるんだか……」
そう、冒険者たちの言う"スカしたエルフの重戦士"とは、まず間違いなくグロムのことだ。というかあんな特徴的な人間がそう何人もいてたまるものか。
楽天的でナルシスト、騎士道を重んじる無類の女好きである彼がなぜ一般の冒険者と共に探索をしていたのか。これもまた謎だった。
ニエルの話では、ピオネールにある冒険者ギルドのロビーで良く見かける顔だったので声をかけてみたとのことだが、そもそも冒険学部の生徒は学園内のギルド以外でクエストを受けることは禁止されているはずだ。
なら彼はいったい何の目的で町のギルドに入り浸っていたというのか。まさか受付嬢を口説くためだけに足繁く通っていたなんてことはないだろう。ないよな?ちょっと自信なくなってきた。
「グロム君、無事だといいね。やっぱり知り合いがいなくなっちゃうのは寂しいから」
「意外だな。プリムラがグロムと接点があるなんて知らなかった」
「グロム君って詩が好きでね、いつも会う度に新しい詩を朗読してくれるの。吟遊詩人志望なのかな?」
「あぁうん、一応詩ではあるのかな?」
残念ながらグロムの愛の詩はプリムラに理解されていなかったようだ。誰彼構わず声をかけて回るその行動力だけは立派なものだが。
「無駄話はそこら辺にしておけ。そろそろ連中のテリトリーに入るぞ」
ニエルが一段声を低くして注意を促す。俺たちの前方には、宮殿の柱のように巨大で長大な植物の茎が空に向かって無数に並び立っていた。
植物の高さはざっと見ても10メートルを超えており、遥か上方には鮮やかな桃色の花弁が傘のように開いていた。
一見そこらに生えている野花を雑に大きくした感じだが、普段は上から見下ろしていたものを見上げるのは何とも不思議な気分で、まるで自分が小人になったかのような錯覚を受ける。
「わ、凄い。ピオネールの時計台とどっちが大きいかな」
「上ばかり気にしてるなよ──ってオイ!言ってる傍から引っ掛かってんじゃねえぞ!」
ニエルの大声に全員がプリムラの方を向く。見ればプリムラは地面を這うツルの1つを踏みつけていた。
そのツルはここに来るまでに見かけたものとは少し様子が違っていた。子供の手首ほどの太さをしたそれは、生き物のように脈打っていたのだ。
異変はすぐに訪れた。付近に生えていた巨大植物の茎が大きくしなり、花弁に彩られた先端部分が下を向く。
地上から見るだけでは分からなかった、花の真の姿が露わになる。花弁の中心には穴が開いており、穴の入り口には人間そっくりの白い歯が上下に隙間なく生えていた。
「人食い花……!」
人食い花が茎をウネウネと蠢かせながら襲いかかってくる。それはついさっきまでプリムラの立っていた地面に激突すると、何事もなかったかのように元の位置に戻っていった。地面には、歯形の跡がくっきりと残っていた。
「び、びっくりした……」
「もう、不注意すぎるわよ、プリムラ」
すんでのところでリンが助けに入っていなければ、プリムラはあの花に食べられていただろう。
ツルの触覚で獲物を探知して攻撃する……それが人食い花の習性のようだ。
ツルに触れることさえなければ気付かれることはないが、ゴチャゴチャとした樹海の中でそれを徹底するのは至難の業だ。何より、あまりモタモタしているとグロムの命が危ない。
俺たちは"ゆっくり急げ"の精神で人食い花の群生地に入っていく。
それから10分ほど歩いた頃だろうか、するりと無言で隊列の先頭に躍り出たリンが茂みの向こうを指差した。俺たちは物音を立てないように気を付けながら、奥を覗き込む。
「グロム……!」
そこには茨のツタによって立ったまま全身を拘束されているグロムがいた。一応、まだ五体満足で生きてはいるようだ。
しかし楽観はできない。彼の隣には、件のアルラウネと思しき、緑色の肌をした奇妙な女性が立っているのだから。
たった1匹で冒険者の集団を壊滅させた危険種だ。まともに戦っても勝ち目は薄いだろう。何とかしてグロムを助け出し、アルラウネから逃げきるための綿密な作戦を立てて動かなければならない。
ぐったりした様子のグロムと偶然目が合ったのはそんな時だった。
「あっ!」
よほど怖い思いをしたのだろう、グロムは助けに来た俺を見て嬉しそうに声を出した。だが、そんなことをすれば横にいるアルラウネが気付かないはずもなく。
「あら、お客様?こそこそしてないでこっちに出ていらっしゃいな。大事なお仲間が生きたまま食べられる姿を見たくなければねぇ」
思いつく限りで最悪の展開だった。




