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川の対岸に姿を見せたのは、白銀の髪を持つ若い女性だった。
長い銀髪は後ろで1つに束ねられており、色白で無機質な顔つきと神秘的な翡翠色の瞳はどことなく浮世離れしたものを感じさせる。
彼女の着ている深緑一色のロングスカートと薄手のインナー、そしてフード付きのマントはどれも葉っぱのような質感を持ち、まるで彼女自身が森に溶け込んでいるかのように見えた。
女性は俺たちや冒険者には目もくれず、マクベスのいる方に向かって川を渡っていく。
「遅かったな、シクサ。首尾はどうだ?まあ、聞くまでもないが」
「問題ない。予定通りだったわ」
シクサと呼ばれた女性は懐から何かの入った小さな革袋を取り出してマクベスに見せる。どうやら彼女はマクベスの仲間だったようだ。改めて観察すると、確かにあのフードは"牙の山脈"で見た謎の女性が着ていたものと同じだった。
彼女も探索の途中でマクベスと離ればなれになったのだろうか?それにしては随分反応がドライというか、お互いに再会を喜んでいる風にも見えないが、大人の付き合いというのはそういうものなのかもしれない。
しかし、次の瞬間俺が見たものはどう考えても"仲間"と呼ばれる者同士の対応ではなかった。
「あっ……!」
「おっと、危ねえな。気を付けろよ」
革袋を手渡そうとしていたシクサの膝が唐突にがくんと折れて、前のめりに倒れ込む。
異変をいち早く察知したマクベスは、バランスを崩した彼女を支え──ようとはしなかった。
マクベスはシクサの手から革袋を素早く奪い取ると、彼女を捨て置いて袋の中身を検め始めたのだ。足元ではシクサが鈍い音を立てて地面に頭をぶつけていたが、それを気にする様子はなかった。
「……おい、オッサン。テメーの仲間が調子悪そうにしてんのに何シカトぶっこいてんだ」
アキュートが凄まじい形相でマクベスを威嚇するが、マクベスは殺意のこもった視線を軽く受け流しながら笑っていた。
「ああ、こいつのことなら気にするなよ。こいつは仲間じゃないからな」
「はぁ?何言ってんだお前?どう見てもテメーのパーティメンバーじゃねえか。今日はじめて会いましたとは言わせねえぞ」
「馬鹿が。仲間ってのは対等な人間同士がなるもんだ。この女は俺の手下、道具、駒だ。だからどう扱おうが俺の自由なんだよ」
マクベスのあまりにも冷酷な物言いにアキュートは爆発寸前だった。無理もない。俺ですらマクベスの正気を疑っているところなのに、正義感の強いアキュートが何も感じないはずがない。
アキュートはコートの裾を指が食い込むほど強く握りしめて怒りを抑えると、よろよろと立ち上がったばかりのシクサに声をかけた。
「おい姉ちゃん。こんなダメ男なんざさっさと見切りつけて他の男探せよ。このままだと将来ロクなことにならねえぞ」
「無駄だ。こいつは俺に依存してるからな。何を言おうが動かねえよ」
マクベスの言う通り、シクサはアキュートの方を無表情で一瞥しただけで、それ以外の反応は一切返さなかった。
この2人は、明らかに普通ではない。皆、彼らから何か不気味なものを感じ取って二の句が継げずにいた。
「他に用がないなら、俺は帰らせてもらうぜ。じゃあな、三流冒険者ども。他人を殺して拾った命だ、大事にしろよ?」
革袋の検分を終えたマクベスは、俺たちの視線などお構いなしに森の奥へと消えていこうとする。
その背中に、俺は自分が言うべき言葉を、はっきりと投げかけた。
それは他者を思いやらず歯牙にもかけない彼に対する、ささやかな反撃のつもりだった。
「あの人は、俺が助けますから」
「…………あ?」
「俺が樹海に入って、置いて行かれた人を見つけて、助け出します」
「……何言ってんだ、お前?」
マクベスの足が止まる。
「俺はその人の何を知ってるわけでもないし、もしかしたらもう手遅れなのかもしれないけど……でも、それでも」
マクベスが振り返る。てっきり嘲笑を返されるのかと思っていたが、意外にも彼は無言だった。
「俺は、その人を独りぼっちのまま見捨てたりしません。絶対に」
その瞬間の、マクベスの表情を何と言い表せばいいのだろうか。
苦しみ、悲しみ、怒り、憎しみ、そして……。様々な感情が堰を切ったように氾濫して、彼の顔を歪めていた。
今思えば、あれは助けを求めていたのかもしれない。それに俺が気付いたのはすべてが手遅れになった後だったが。
「勝手に、しろ」
どうにかその一言だけを絞り出したマクベスは、逃げるように踵を返した。
そして残された俺は自分の言葉が予想以上にマクベスを動揺させたことに戸惑っていた。
「……何だったんだろう」
「あの方にとってソウタさんは認めたくない存在なのでしょうね。なまじ"似ている"と自覚してしまったからこそ、自分との差異を直視できない。そういうものです」
「…………?」
シスターの説明は漠然としすぎていたが、彼女はそれ以上語ることなく、シクサの傍に膝をついた。
シクサは足を引きずるようにしてマクベスを追いかけていたところで、シスターの存在に気付くと不思議そうに足を止めた。
「何か、用?」
「靴を脱いで、足を見せてください。治療します」
「必要ない。後で、自分で処置するから」
「怪我の種類によっては取り返しのつかないことになりますよ。それに、そのままの状態でついて行っても、かえって彼に迷惑をかけるのではありませんか?」
シクサは小さくなっていくマクベスの後ろ姿とシスターの顔を何度か見比べていたが、最終的にはシスターの言葉に従った。
靴を脱いだシクサの足先は包帯で包まれており、ところどころが腫れ上がっていた。何本か、おかしな方向に反れている指もあった。
樹海での戦闘でできた傷というより、もっと前に負傷した部分を大した治療もせず酷使し続けた結果、容態が悪化したという感じだった。
「酷い傷だな……。これって、魔物にやられたんですか?」
順当に考えればそうなのだろうが、マクベスの彼女に対する扱いを見る限り、彼に暴力を振るわれている可能性もある。俺は念のため確認してみることにした。
「魔物……?いいえ、違う」
「え、じゃあ、もしかしてマクベスに……」
「それも違う」
だったらいったい何だというのか。後は階段から落ちただとか、そんな理由しか残っていなかったが、シクサはただ黙って俺を見つめるだけだった。
シスターは足の包帯を外して神聖魔法の詠唱を始める。痛々しく腫れていた患部が柔らかな光を受けて、見る間に元通りになっていく。
「『お救いください、生に縋る我々をどうかお許し下さい』……はい、もういいですよ。これからは無茶をしすぎないように」
「一応、感謝はしておくわ。見返りを求められても応えられないけれど」
「安心してください。神に仕える者が弱った者から何かをせしめようなどと、考えるはずがありませんよ。
ただ、1つだけお節介を焼かせていただくなら、彼とはもう少し適切な関係を築くべきでしょうね。一方が与えるだけの関係は歪みを生みますよ」
シクサは憮然とした表情でシスターを見つめ、そのまま黙って俺たちに背を向けた。余計なお世話、といった感じの態度だった。
マクベスはシクサが依存していると言っていた。2人の関係は今もって謎のままだが、やはり彼女は「自分にはマクベスしかいない」と思っているのだろうか?だとするなら、それはとても寂しいことだ。
だが俺の推測は、去り際にシクサが発した台詞によってすぐに覆されることになる。
「彼にはもう、私しかいないから」
謎だらけの"英雄"とその相棒は、そうして俺たちの前から姿を消した。
俺の心中には疑問と混乱が渦巻いていたが、今はそんなことより冒険者の救出を優先しなければならない。事は一刻を争うのだ。
「あの、はぐれた冒険者っていうのはどんな人なんですか?顔つきとか服装とか、できる限り詳しく教えてもらえませんか」
俺は角刈りの男に彼あるいは彼女の特徴を訊ねてみたのだが、男から返ってきたのは割と洒落にならない答えだった。
「あいつは……やたらスカした感じの、エルフ族の重戦士だった。ギルドの受付嬢をしつこく口説いてたから良く覚えてるよ」




