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ようこそ冒険学部へ  作者: 嶋森智也
第7章:クエスト「樹海救出戦線」
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7-4

今回は2話投稿です。

 冒険者の集団は脇目も振らずに樹海を脱出し、足をもつれさせながら川に飛び込んでいった。

 彼らは足がつく程度の水深だということも忘れ、半ばパニック状態で水をかき分け、どうにかこちらの岸まで辿り着いた。


「助、助けっ!このままじゃ食われちまうっ!」

「落ち着きなよ、いい歳してみっともない。ほら、傷治してあげるから深呼吸して」

「あ、あぁ……、っ、す、すまない……」


 最初に川を越えてきた角刈りの冒険者が息を荒げながらナギアに縋りつき、呆れ顔であしらわれていた。

 彼はがっしりとした体格の壮年男性であり、その後に続いてきた冒険者たちも、種族や年齢の違いはあれどそれなりに探索経験を積んでいるように見受けられた。

 しかし、そんな彼らが自分を見失い、歯を鳴らしながら怯えていた。

 良く見ると、彼らのうち何人かは腕または指の何本かを失っていた。応急手当も満足にしていないのだろう、何かに食いちぎられたかのようなボロボロの傷口が破れた服の端から露出していた。


「ナギアさんは比較的傷の軽い方をお願いします。重傷の方はこちらへ!」


 シスターが鋭い声で冒険者たちの誘導を始める。当初は恐慌状態だった彼らも、徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。

 満足な治療が受けられると分かってほっとしたというのもあるだろうが、あのような痛々しい傷を前にしても眉一つ動かさないシスターの気丈さが事態の収拾に一役買ったことは間違いない。

 医療現場に携わる者は患者の前で動揺してはならない……基本中の基本だが、それをシスター以上に徹底できる人間はそういないだろうなと思えるぐらいには、彼女は冷静だった。

 シスターとナギアが治療に当たっている間に、こちらに駆け付けてきたリンが無傷な冒険者から事情を聞いていた。

 彼女が背中を向けたことでマクベスも興味を失ったらしく、彼は再び樹海の観察に戻っていた。シスターの狙い通り、争いは未然に回避されたようだ。


「もう大丈夫よ。あの2人は優秀な回復術師(ヒーラー)だからすぐに良くなるわ。……それより、いったい何があったの?人食い花にやられたの?」

「そ、そうだが、そうじゃない。そいつだけじゃなかったんだ」

「ゆっくりでいいから、1つずつ、順番に話してみて?安心して、ここはもう安全地帯よ」


 川岸でへたり込んでいるドレッドヘアーの大男の前にしゃがみ込んで、小さな子供をあやすように優しい声を出すリン。

 お姉さん役を自任しているだけあって、年の離れたいかつい男さえも彼女の言葉に安らぎを感じていた。

 ……まあ、美人に優しくされて鼻の下が伸びているとも、言えなくもない。男というのはいつ何時でも即物的なのだ。

 それはともかく。俺たちは男から事のあらましを聞くことができた。

 彼らはピオネールの冒険者ギルドで今朝がた結成されたばかりの、即席パーティなのだという。

 事の発端は、とある高額報酬クエストだった。

 "(うごめ)く樹海"に生息する、"叡智の滴"と呼ばれている珍しい植物の実を採取してくるのがクエストの目的だったが、クリシュカ屈指の危険地帯である"(うごめ)く樹海"に足を踏み入れたがる冒険者は多くない。

 ドレッドヘアーの彼は大金に目が眩んでクエストを受領したものの、顔馴染みは揃って及び腰、しかしそれでも報酬は魅力的……

 悩んだ結果、彼はギルドのロビーで有志を募り、大人数で樹海を攻略することにした。一人頭の取り分が減ってもクエストを成功させれば十分に儲かると踏んだのだろう。その判断はある程度正しかった。


「俺たちだって馬鹿じゃない。人食い花への対策も十分だったし、現に途中までは何の問題もなかったんだ。……だけど、そんな時にあいつがやってきた」

「あいつ……って?」

「アルラウネだよ。実際、あいつ1人のせいでパーティが壊滅しちまったようなもんだ。あいつの花粉を吸い込むと、体から力が抜けて身動きが取れなくなっちまうのさ。それで、動けなくなった奴から順番に、人食い花に捕まって……」


 その時のことを思い出したのか、男は身を震わせながら樹海の方角に不安そうな視線を送っていた。

 アルラウネ……個体情報があまりにも少ないため、授業では名前に言及する程度だったが、危険度の高い要注意種であることは俺も知っていた。

 アルラウネは女性の姿をした植物系の魔物であり、人間並の知能を有しているとも噂されている。花粉に毒性があるというのは初耳だったが。


「あいつら、俺たちになかなかトドメを刺そうとしないんだ。捕まった奴らはみんな、生きたまま体の端っこから順に、時間をかけて食われていくんだよ。

 そういうのはアルラウネが指示してるみたいだった。あの女、俺たちが怖がったり、苦しんだりするのを楽しんでるんだ……!」

「……趣味わりぃな」


 アキュートが唸る。生きるために殺し、食べるのであれば自然の摂理と納得できなくもないが、いたぶり殺すことが目的化しているのであれば、それはもう殺戮と変わらない。

 アルラウネという種族すべてがそのような気性をしているとするなら、なるほど確かにこの樹海は危険すぎる。

 ナギアの方に顔を向けると、そちらでは白魔術によって傷口の止血と消毒を施された角刈りの男にプリムラが質問していた。


「ねえおじさん、今生き残ってる人はこれで全員なの?逃げる途中ではぐれちゃった人はいない?」


 そう言ったプリムラの瞳は樹海を見据えていた。

 ……いや、待て待て待て。

 仮にここで「逃げ遅れた人がいます」なんて話になったらプリムラは助けに行くつもりなのか?


(行くだろうな……。何しろはじめて会った時もそうだったんだから)


 それはまったくもって正しい行いだし、俺としても彼女の意向はできる限り尊重したいが、今回ばかりは状況が悪い。

 この冒険者たちが元々何十人の集団だったのか知らないが、それより少人数の俺たちが生きて帰れる確率はあまりにも低いのだ。

 角刈り男の返答次第ではプリムラを止めるか、覚悟を決めて樹海に突入するかを考えておく必要がある。俺は固唾(かたず)を呑んで男の顔を凝視する。

 男は口を開こうとして、一呼吸分停止した後、「……い、いない」とだけ答えて気まずそうに顔を逸らした。……これは、いるな。

 バレバレな隠し事をする男を更に問い詰めようとするプリムラだったが、彼女の台詞は出し抜けに聞こえてきた笑い声によって遮られた。


「く、くはははははははははははっ!!」


 マクベスが、笑っていた。

 ケタケタと、誰はばかることなく、ヒステリックな調子で、森の中に哄笑(こうしょう)を響かせていた。

 異様な雰囲気に、その場にいたすべての人間が彼の方を振り返る。

 アキュートは不審そうな顔で、ナギアは眼鏡を掛け直し、プリムラは意味が分からずポカンとしていた。

 シスターはそれほど驚いているようには見えなかったが、最もショックを受けていたのはリンだろう。彼女は相当強張った表情をしていた。

 そして俺はといえば、なぜか無性にマクベスから目を背けたい衝動に駆られていた。

 いたたまれない、というのだろうか?とにかく見ていられなかったのだ。


「マクベス、あなた……?」

「ははっ……いやいや悪かった。あまりにも予想通りな成り行きだったもんでな。つい笑っちまった」


 マクベスは露悪的な笑みを維持したまま、爬虫類のようにギョロついた目で冒険者たちをぐるりと見回した。


「大事な大事な仲間とやらを見捨てて……いや違うな。囮にしたんだろ?お前らが逃げ切るために。素敵なチームワークじゃねえか。感心するぜ」

「ち、違う!あいつは俺たちを逃がそうと自分から……!」

「馬鹿が。ならどうして黙ってた?吐くならもっとマシな嘘を吐けよ」


 冒険者の1人が反論を試みたが、即座に一蹴される。

 マクベスが次に視線を移したのは、この探索計画の発案者であるドレッドヘアーの男だった。


「あるいはもっとロクでもない理由かもな。頭数が減ればそれだけ分け前が増える。"叡智の滴"が手に入った時点で他の連中は用済みだもんなぁ」

「なっ……フザけた言いがかりを付けるんじゃねえ!俺ぁそこまで腐っちゃいねえぞ!第一、"叡智の滴"は他の魔物にかっぱらわれちまって、こっちはもう報酬もクソもねえんだよ!」


 男は顔を真っ赤にしてマクベスに掴みかからんばかりの勢いだったが、他の冒険者たちに押さえられ、渋々拳を収めた。

 マクベスの言い分が正しいのかどうか、それは分からないが、少なくとも彼らが負い目を感じているのは確かなようだった。真相を知りたければ取り残された本人に聞くしかない。


(なら、助けに行くしかないか)


 俺は、自分でも不思議なほど乗り気になっていた。

 正義感や博愛精神は人並みに持っているつもりだが、そういった理由からではない。

 上手く説明できないが、あのマクベスの主張を唯々諾々(いいだくだく)と受け入れてしまうことに俺は強い拒否感を感じていた。

 誰かから見捨てられるのはとても恐ろしいことだ。助けを求めて伸ばした手を無視されて、たった1人で絶体絶命の状況に放置される絶望は計り知れない。

 ……独りは、つらいのだ。

 未だ樹海から出てこない彼あるいは彼女がそんな思いをしているのなら、行って助けになってやりたいと思うし、自らの意思で残ったのなら、それをマクベスに知らせて「どうだ」と、お前が思うほど人は冷たくなんてない、と言ってやりたい。

 つまるところ、俺はとてつもなく身勝手でエゴ丸出しな理由から樹海に入ろうとしていた。

 睨み合う冒険者たちとマクベス、そして彼らを横目に救出作戦の段取りをシミュレートし始める俺……そんな時、不意にプリムラが声を上げた。


「樹海の中から、誰かが歩いてきてる。ねえおじさん、あの人がさっき言ってた生き残りの人?」


 角刈りの男はそれを聞いて一瞬だけ顔を輝かせたが、樹海から出てきた人影を見ると、訝しげに首を傾げた。


「いや……違う、っていうか、誰だあいつ?あんな女、パーティにはいなかったぞ……?」


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