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ようこそ冒険学部へ  作者: 嶋森智也
第6章:クエスト「ハイキングに行こう!」
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6-6

 俺たちの前に姿を現した男は、ラオフー先生から一定を距離を保ちながら、注意深く俺たちを観察していた。

 軍人のように短く刈り込まれた黒い短髪、体にはあの時と同じように鎖帷子(くさりかたびら)と革製の茶色いジャケットを着込み、背中には大剣を、そして腰に2本の短剣を装備している。


「驚かせて悪かったな。山賊の類が野営でもしてるのかと思って様子をうかがってたんだ」


 男は唇の端を上げて笑うと、両手を軽く上げて敵対の意思がないことをアピールする。

 敵意は感じられない。丸きり演技というわけでもなさそうだ。魔物や追いはぎでないことを認識したプリムラたちが武器を下ろし、安堵の息を漏らした。

 だが、俺は彼を警戒していた。この男からは何か、嫌な気配が漂っているのだ。

 ピオネールで会った時は不明瞭に燻っているだけだった黒い靄が、今はより明確な形と方向性を持っている、そんな印象だった。

 もっとも、そう感じているのは俺だけなのかもしれない。少なくともラオフー先生以外は、この男を不審に感じてはいないようだった。


「こんなところに山賊なんて出るんですか?この山脈、冒険者以外は滅多に立ち入らないって聞いたんですが」

「用心するに越したことはないだろ?俺もこの近くで野営してたから、万一寝込みを襲われたら堪ったもんじゃない。ま、取り越し苦労で良かったよ」


 俺の存在に気付いた男は僅かに表情筋を動かした。どうやら、俺のことを覚えているようだ。

 とはいえ男がそれ以上の反応を見せることはなかった。まあ、前回は俺が一方的にまとまりのない言葉を投げつけただけなので、彼が俺に構う理由などなくて当然なのだが。


「誤解が解けたようで何よりですわ。今お茶をお淹れいたしますので──」

「いや、それには及ばねえよ。これで用は済んだし、向こうで連れを待たせてるから、すぐに退散するさ」


 紅茶の準備に取り掛かろうとするミスティア先輩をやんわりと押し留めた男は、素早く……というほどでもないが、無駄のない動作で俺たちから離れようとする。

 それを引き留めたのはラオフー先生だった。先生は獲物に忍び寄る虎のように、滑らかな動きで男に歩み寄ろうとする。


「まあそう急がれるな。袖振り合うも多生の縁と言うではないか。見ればそなたは多くの修羅場をくぐり抜けてきた様子。先達としてこやつらに何ぞ訓示でも与えてやってくれぬか?」

「は、買い被りすぎだ。生憎他人に教えられるほど立派でもないんでね」

「まこと慎み深い御仁であるな。劉の国にその人在りと言われたこのラオフーに気配を悟らせぬとは、只者ではなかろうて。

 ──そちらに潜んでおる女子(おなご)もなかなかのものよ」

「……へえ」


 場の空気が一瞬にして冷えた。

 男は上っ面の笑みを消し、無表情で腰の短剣に手を添えている。対するラオフー先生はシチュー皿を掲げたまま、空いている方の手で顎を撫でていた。

 こういう展開になるんじゃないかと思ってはいた。

 襲われる理由はさっぱり分からないが、男の暗い瞳を見ればこの出会いが穏便に済む可能性が少ないであろうことは予測できたのだ。

 無言で対峙(たいじ)する2人と、急変した状況についていけず戸惑いがちに様子を見守る仲間たち。その膠着を破ったのは女性の声だった。


「マクベス、行きましょう。ここで時間を浪費することに意味はないわ」


 闇の向こう側から現れた人影が、淡々とした声で男に耳打ちする。その顔はフードに覆われて見えなかったが、若い女性であることは間違いなかった。

 謎の女性に(いさ)められた男は忌々しげに舌打ちをすると、臨戦態勢を解いた。


「命拾いしたな、ジジイ」

「互いにな、小僧」


 男はラオフー先生ともう1度ピリピリした視線を交差させると、その身を(ひるがえ)して去っていった。女性も小走りでその後を追う。

 ラオフー先生は2人の姿が夜闇に溶けて消えた後もしばらくの間その場を動かなかった。そんな師の様子を心配したセイレンがおずおずと声をかける。


「あの、師範?あの方たちはもう行ってしまわれたようですけど、いかがされましたか?」

「……あやつら、上を目指しておったな」

「上?って、山の上ですか?」


 焚火(たきび)から10歩も離れればその先は真っ暗闇なのだが、ラオフー先生には彼らの行き先が見えていたようだ。この人はいったいどういう目をしているんだろうか。

 俺たちがいる場所は山脈のちょうど中腹あたり、きっちり計測したわけではないが、標高でいえば1500メートル付近だろう。

 ここから上はいわゆる未踏査地域であり、地図にも詳細な地形は載っていない。年中降り積もる雪と魔物たちが長年に渡って人々の調査を阻んでいるのだ。

 彼らが冒険者であるのなら、ダンジョンの在り処を求めてそういった場所に足を進めるのは特におかしなことではない。

 俺たちをこっそり偵察していたのも、同業者に出し抜かれることを恐れて過敏になっていたのだとすれば、一応説明もつく。

 それにしてはあまりにも過激というか、後ろめたいことがありそうな雰囲気だったが……。


「あの2人、俺たちを商売敵と勘違いしてたんでしょうか?」

「そうかもしれぬ。どちらにせよ、これ以上上に登るでないぞ、ソウタ。触らぬ神に何とやらだ」

「刺激してたのは先生の方だったような気もするんですけど……」


 先生は俺のツッコミにすぐには答えず、冷めてしまったシチューを豪快に流し込んだ。餓鬼道はどこに行ったんだと思ったが、とてもそんなことを言える雰囲気ではなかった。


「彼奴の瞳には陰の気が満ちておったからな。何か尻尾を出すのではないかとつついてみたが、運悪く蛇が出てしまったようだ」

「陰の気って……あの男が何かに操られてるっていうんですか?」


 闇のエナジーとかそういう系の単語だろうか?デビルアイのような魔物がいるのだから、人間を洗脳したり魅了する魔物がいてもおかしくはないが。

 だが、俺の問いに対してラオフー先生は重々しく頭を振った。


「そうではない。要するに彼奴の精神は澱んでおったのだ。鬱積した情念に取り込まれ、それが己を穢しておる。あの状態に陥った人間はロクなことをしでかさん」


 ……相変わらず迂遠な表現だが、先生もまた俺と同じものをあの男に感じていたようだ。

 破裂寸前の風船、あるいは倒壊直前の建物や地滑りの前兆を見た時のような、不気味な危うさが彼にはあった。

 しかしあの男が行ってしまった以上、いくら考えても詮無き事だ。俺は心に若干のしこりを残しつつ、夕食の後始末に取り掛かった。

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