6-5
「セイレン様、おかわりをご所望でしたら遠慮せずおっしゃってくださいませ。物欲しそうに見つめるだけでは伝わりませんよ?」
「も、申し訳ありません。ですが、師範やソウタさんを差し置いて私ばかりが食べて良いものかと思いまして……」
「構わぬ。食わねば体は育たぬぞ、セイレン。食も修行の内と心得よ」
「俺も十分食べてるし、汁物は残ると困るから、気にしないで食べちゃってもいいよ」
太陽が完全に明かりを落とした後、俺たちは小さな焚火を囲みながら揃って夕食にありついていた。
ミスティア先輩の作ったシチューは大好評だった。さすがメイド学科というべきか、彼女たちの技能は満足な設備のない状況下でこそ真価を発揮する。
セイレンに続いておかわりを頂戴した俺は、パンを小さくちぎって汁の上に浮かせてから、木製の大きなスプーンでシチューをかき込んでいた。行儀は悪いが食器が少ないので仕方ない。
日中に消費したエネルギーを補うために、寸暇を惜しんでスプーンを動かし続ける俺をプリムラは満足げに眺めていた。
「うんうん、やっぱり男の子はいっぱい食べないとね。ソウタって基本少食だからずっと気になってたんだ。もしかしたらこっちの食べ物が口に合わないのかなぁ……って」
「食事に関しては不満はないよ。ただ、あんまり食べ過ぎると食費が嵩むから。できるだけ探索の準備にお金を使いたいんだ」
「またそんなこと言って。エカテリーナ先生に言いつけるよ?ソウタがひもじい生活を送ってますって」
「それだけは勘弁してください」
学部長に知られたら毎日弁当を作ると言い出しかねない。あの人のはりきる姿が目に浮かぶようだ。
手のひらを合わせて拝み倒す俺をニンマリと見つめながら、プリムラは「どうしよっかな~」と冗談混じりに呟いた。
……普段は優しい子がたまに見せる、悪戯っぽい表情にゾクッとくるのはいったい何なのだろう?俺はいたってノーマル……なはず、だと思うのだが。
「それじゃあさ、代わりにソウタの好きな料理を教えてよ。それで取引成立ってことで」
「俺の好物?いいけど……それまたどうして?」
「もう、そんなの作るからに決まってるじゃない。ほら、私ソウタの味の好みとか良く知らないし、それに異世……じゃなくて、ソウタの国の料理って前から興味あったから、この機会にレパートリーを増やしておこうかなって」
プリムラはさあ話せと言わんばかりに鉛筆とメモ帳を取り出してスタンバイしている。(余談だが、この世界にも鉛筆やチョークは存在する。原料はそれほど稀少なものではないので、誰かが製法を思い付けば普及もそう難しくないのだろう)
これはもう素直に白状するしかない。俺としても慣れ親しんだ料理を再び味わうことができるなら万々歳だし。
「うーん……日本でも美味しいものはたくさん食べたけど、やっぱり1番好きなのはカレーかな」
「カレー?それってどんな料理なの?」
「見た目はビーフシチューっぽいんだけど、色んなスパイスを大量に入れてうんと辛くして、白米の上にかけて食べるんだ」
洋食系の料理であれば、この国でも地球と似たようなものが揃っているのだが、カレーだけはどこにも見当たらなかった。
というか、クリシュカはパン食中心なので米自体ほとんど見かけないのだ。
麦飯なら食堂のメニューにもあるのだが、あれはちょっと別物というか、少なくとも"ご飯"を期待して食べるとガッカリする味だった。
「お米とスパイスかぁ……ちょっと厳しい、かも。どっちも輸入品だから市場に並ぶ日も少ないし、結構値が張るんだよね」
むむむと険しい顔を作るプリムラ。軽い気持ちで難題を吹っ掛けてしまった。
大陸の北端に位置するクリシュカは他の地域に比べれば寒冷な気候であり、そのため温暖な地域の作物は育ちにくい。
技術的、魔術的な工夫や品種改良を重ねればある程度の安定栽培は可能らしいが、ただでさえ城壁の外は魔物が闊歩しているため、安全な耕作地は限られているのだ。
手間暇をかけて土地に合わないものを育てるより、元から寒さに強い作物にリソースを割いた方が効率的という理由から、輸入頼りの品目は少なくない。
「とりあえず言ってみただけだし、無理しなくていいよ」
「ごめんね。もうちょっとお金貯めないといけないなぁ……」
家族への仕送りと学費の支払いのため、日々忙しそうにクエストをこなしているプリムラに過度の負担をかけるのは本意ではない。残念だがカレーのことはすっぱりと諦めることにしよう。
俺たちが異世界料理談義に花を咲かせている間にもシチューは着々と消化されていき、鍋の底に残っているのはあと1皿分といったところだった。
「……………………」
ピタリと動きを止めて互いを牽制し合う一同。
人間とは不思議なもので、どれだけお腹一杯になっていても"最後の1つ"と認識した途端に欲が張ってくるのだ。セイレンやラオフー先生のみならず、プリムラまでもが参戦の気配を見せていた。
「あらあらまあまあ、皆様どなたも目が血走っていらっしゃいますわ。なんて獣じみて、野蛮で、卑しい方々なのでしょう……うふふふ」
「えぇ……そんなにかな……?」
「プリムラ、ああいうのはスルーするんだ」
争奪戦から一抜けたミスティア先輩は俺たちの醜い争いを見物することにしたようだ。
顎に手を当てて艶然と微笑む姿はとてもメイドとは思えない。薄々感付いていたが、この人ちょっとアブナい人なんじゃないか?
「わ、私もたくさんいただきましたから、残りは皆さんで分けてください」
俺たちの顔色をうかがいながら辞退を申し出るセイレン。分けろと言われても、あの量を3等分すれば1人2、3口程度。戦いは歴史の必然だった。
くじ引きか、またはジャンケンで決めるのが適当か、そういえばこの世界にジャンケンってあるんだろうか……
などと考えを巡らせていた俺だったが、結論から言うとシチュー争奪戦が行われることはなかった。
「……ふむ、不覚であったな。私としたことが、危うく餓鬼道に堕ちるところであったわ」
「……?ええと、先生も辞退するってことでいいんですか?」
「左様。そしてそなたらもだ。自らの腹を満たす前に、まず客人を持て成すのが先決であろう?」
言うが早いか、先生は鍋の底をさらって乱暴に盛り付けると、明後日の方向に皿を突き出した。おかしな成り行きに、先生を除く全員が固まっていた。
「さあお客人よ、遠慮めされるな。こちらに来て我らと酌み交わそうではないか」
先生の声色は穏やかだったが、ゾッとするような鋭さをも内包していた。
焚火の明かりから離れた真っ暗闇に向けて差し出されるシチュー。数秒の沈黙の後、息を潜めていた"客人"がゆらりと這い出てきた。
「あなたは……」
俺は、その男を知っていた。
忘れもしない、ピオネールの広場で邂逅した、あの男だった。




