6-4
巨人族というのは魔物の中でも一風変わった種族である。
彼らは何でも食べる。それはもう雑食なんて言葉ではてんで足りないぐらいに。口にしないのは自分の手足だけだ。
そして、巨人は食べた物に応じてその性質を変える。鳥ばかり食べていれば羽が生えるし、魚を食べればヒレとエラが生えて泳げるようになる。
岩だらけの"牙の山脈"における巨人たちの主食は当然、岩石だ。つまり彼らは、それ自体が動く岩の塊なのだ。
頭目がけて力任せに叩き付けられる石の拳。両腕を顔の前でピッタリと閉じる、いわゆるピーカーブースタイルで頭部への直撃を防ぐ。
物体が衝突する時のエネルギーは速度と質量に応じて増加する。全身が石で構成されているのなら、一撃の重さも推して知るべしだろう。
現状、魔力を最大限に高めればギリギリ対処可能なレベルではあるのだが、衝撃そのものを殺し切ることはできない。キャッチャーミット越しに時速160キロの剛速球を掴むような感覚といえばお分かりいただけるだろうか。
防御には成功したものの、俺の体は巨人の拳1つ分後ろへと押しやられる。足元に転がる石の隙間にかかとが沈み込み、思わずよろめいた。
体勢を崩した俺に更なる追撃をかけようと、ロックジャイアントが次発を振りかぶる。
「しまっ──」
「ソウタさんっ!」
体を捩らせて何とか転倒を防ごうとしていた俺の目に映ったのは、風を切って飛び込んでくる青い服のシルエット。セイレンだ。
ロックジャイアントの懐に入った彼女は相手の右ストレートを左手の甲で軽くいなし、そのベクトルを外側にずらす。
もう1歩踏み込んで右手を限界まで折り畳んだセイレンは、脇を大きく開いて無防備になっていた巨人の腹に向けて、必殺の貫手を撃ち込んだ。
「破ァッ!」
爆発音、と言っても過言ではないような轟音を響かせて、ロックジャイアントの体に大きな風穴が開く。自重を支えきれなくなった腰がポッキリと折れて上半身が地面に墜落し、一拍遅れで下半身がそれに続いた。
セイレンは伸びきった腕をゆるりと定位置に戻して残心を残さぬようロックジャイアントの絶命を見届けると、くるりと振り返って笑顔を見せた。
「危ないところでしたね、ソウタさん。踏ん張る時は足元にも注意を払ってくださいね」
「すまない、次からは気を付けるよ」
ロックジャイアントの攻撃は単調だが、その破壊力は決して油断できないものだ。気功術の維持に全身全霊を傾けていないと一瞬でボロ雑巾にされる。
最初の数発はともかく、10発20発と受け続けるうちに心身の疲労は高まり、集中が途切れ始める。セイレンの助けがなければ危なかった場面が3回はあった。
「今ので連続49回、ハイスコアだね。50台まであとちょっとだよー」
防御回数をカウントしていたプリムラが声を上げる。足の疲れはもう取れたのか、折り畳み椅子に腰掛けながら元気そうに足をブラつかせていた。
その横ではミスティア先輩が鍋を火にかけていた。煮込んでいるのはごくシンプルなシチューのようだが、その匂いは食堂で販売されているものに勝るとも劣らない。これほどまでに食欲をそそられるのは決してキャンプ補正だけが理由ではないだろう。
「ラオフー様。日も落ちてまいりましたし、そろそろお休みになる頃合ではありませんか?あまり初日から根を詰めすぎてもソウタ様の体がついていきませんよ」
「ふむ、それも一理あるか。ではソウタよ、本日はこれにて終わりだ。ご苦労であったな」
「あ……ありがとうございます……」
ギリギリまでロックジャイアントの攻撃を凌ぎ続け、限界に達したらセイレンに助けてもらうという流れを日が暮れるまで繰り返した俺はもうヘトヘトだった。
先輩の助け舟に感謝しつつ、のろのろとした足取りでキャンプへと歩を進める。ふらつく俺を支えるように、隣を歩くセイレンが腕を絡めてきた。
「お疲れですね、ソウタさん。歩く元気がないならおんぶしてあげますよ」
「遠慮しておくよ。ただでさえ世話になってるのに、そこまでされたら男として格好がつかない」
「故郷の弟たちも同じことを言ってました。『俺はもう一人前の男なんだから姉ちゃんには頼らない!』って。男の子ってみんな意地っ張りなんですね」
遠方の家族を思い出しているのか、懐かしそうに笑うセイレン。彼女の中で俺は完全に弟分扱いになっていた。
いや、一応弟弟子なのだから間違ってはいないのだが……もう少し適切な距離感というか、思春期の男子の繊細なメンタリティを理解してほしい。
「つらい時には誰かを頼る。みんなで助け合う。それって恥ずかしいことでも何でもないと思うんですけど、あの子たちには難しいみたいで。そのくせ無茶ばかりするから、家ではいつも大騒ぎでした」
「ある程度の年齢になると男は背伸びしたくなるものなんだよ。意地とかそういうのじゃなくて、大人として対等に見てもらいたいんだ」
まあ、そうやってこだわっている時点でまだまだ子供であることの証明になっているのだが。
方向性は多少違うが、俺自身似たような経験はあった。掃除、洗濯、料理に裁縫と、何でも自分の手でやり始めたのはあの頃からだったか。
両親の手を煩わせないようにすることで2人が俺のことを認めてくれる、ちゃんと見てくれると思っていた。そんな単純な話ではないと気付いたのは中学に入ってからだった。
話が逸れた。とにかく俺が言いたいのは、年若い男児がそういう振る舞いに出るのはある種の通過儀礼だということだ。
「俺も格闘学科に入ってから結構経つし、そろそろ新人扱いは卒業したいかなって、つまりはそういうことだよ」
「それなら心配要りませんよ。私も師範も、もうあなたを一人前の男だと認めていますから」
日々の鍛錬によってやや硬くなっているものの、それでもなお女性らしさを損なっていないセイレンの細指が、俺の腕を優しく撫でる。
手首から肘にかけて、一日中巨人の鉄拳と戦い続けたそこは真っ赤に腫れ上がっていた。
「ご自分ではお気付きになっていないのかもしれませんが、最近ソウタさんは顔つきが男らしくなってきました。
はじめてお会いした時は何というか、もっと余裕のない、どこか危うい印象を受けましたけど、今は、ちょっとやそっとでは揺るがない、頼もしい感じがします。
だからこそ師範も今のソウタさんなら大丈夫だと、此度の特訓を決断されたのだと思います」
「確かに、昔に比べれば心の整理はついてきたけど……そんなに変わったかな?」
「それはもう。以前が悪かったというわけではありませんが、今のソウタさんは素敵です。とっても輝いてますよ!」
全面的に肯定されてしまった。これはこれでむず痒い。
セイレンは俺が変わったと言うが、それはきっと俺個人の力ではなく、周囲の環境に恵まれたおかげだと思う。
プリムラや学部長をはじめとして、いざという時に頼ってもいい、甘えてもいいと言ってくれる人たちが傍にいてくれることは、それだけで俺の心を軽くしてくれる。
人は、1人だけでは決して成長できないのだ。
……周囲を拒絶し、また拒絶された人間は、いつかきっと壊れてしまう。壊れる方向が内向きか外向きかの違いはあれど、結末は変わらない。




