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学園の正門前で、大荷物を背負ったセイレンと手ぶらのラオフー先生を出迎えた俺は、緊張でやや硬い面持ちをしているプリムラを2人に紹介していた。
「すみません先生。いろいろあって、友人が付き添いに来ることになりまして」
「あのっ、私邪魔にならないようにしますから、お願いします!」
格闘学科のある種進歩的な教育方針をユニから伝え聞いたプリムラは、泊まり込みの特訓と聞いて気が気ではなかったらしい。
「ソウタがもし大怪我でもしたらって思うと勉強も手につかないだろうし、だったら私も一緒に行った方がまだ安心かなって。前から他の学科がどんな授業してるのかって興味もあったし」
というわけで、俺はプリムラを伴って特訓に向かうことにした。
俺としてもいざという時に助けの手を差し伸べてくれる人が傍にいると安心して修行に励むことができる。何しろ、ラオフー先生の手にかかれば平時が常に"いざという時"なのだから。
「ふむ、女子1人でそなたが奮い立つというのであれば、好きにするが良かろう」
「私も構いませんよ。実を言うと食材を買いすぎてしまって、3人だけで食べきるのは少々厳しいかなと悩んでいたところなので……」
2人の反応はおおむね好意的だった。まあ、前回もユニがいたのだし、細かいことに頓着しない彼らならば反対することはないだろうと踏んではいた。
セイレンの背中からはみ出している大量の荷物袋(大半は食材らしい)を全員で分担しながら、正門の外に目を向ける。
ヴィエッタ学園の正門はダンジョン探索に向かう生徒たちが常に出入りを行うため、夜間を除けば基本的に開け放たれている。
門の両脇にはお揃いの防具に身を包んだ守衛たちが汗をじわりと滲ませながら懸命に仁王立ちしており、その先に広がっている丈の短い草原は、眩しい陽光を受けて鮮やかに輝いていた。
暦でいえば5月中旬、同時期の日本に比べればまだ涼しいが、そろそろ日中の陽射しが気になってくる頃だ。
「あったかくなってきたよね。日焼けは嫌だけど、夜に冷え込まないのは嬉しいな。ほら、私たちも自由探索できるようになったからさ、これから野宿とか増えるでしょ」
プリムラは杖の両端に荷物を括りつけて、肩でバランスを取るようにして担いでいた。子供の頃時代劇で似たようなポーズの町人を見たことがあったので、何だか懐かしい気持ちになった。
「野宿か……気が重いな」
「ソウタは野宿嫌い?って、当たり前だよね。お肌は荒れるし、変な寝癖は付くし、虫に刺されるし。女の子の大敵だよ」
「別にそこまでは言ってないんだが……」
この世界に来てから、屋根のない場所で寝泊まりするのは今回がはじめてになる。
タルカス先生の授業でテントや寝袋の使い方など、野営に必要な技術は一通り教え込まれたのだが、練習と本番では当然ながら差異も多い。
小学生時代にキャンプをした経験はあるのだが、現代日本のキャンプ場と人里離れた山林や洞窟では条件に差がありすぎる。
何にせよ、美味い料理とか、温かいベッドとか、清潔な服なんていう贅沢は諦めねばなるまい。文明に甘やかされていた俺には結構きつそうだが、これも修行の一環と割り切るしかなかった。
「──ああ、美味しい料理、温かい寝床、染み一つない真っ白な服!それさえあれば、これしきの魔物など、一刀のもとに斬り伏せることができたというのに!
我々は魔物に殺されたのではない、ひもじさに殺されたのだ」
「……あの、変なナレーションを入れないでもらえますか?」
芝居がかった口調で俺の脳内を脚色しつつ代弁した彼女は、踝まで伸びる黒のロングスカートをひらりと翻して、石垣の陰から姿を現した。
磨き上げられたティアラのように光を反射する純白のヘッドドレス、そして丹念なブラッシングによって細やかにたなびく桃色の長髪。神出鬼没のメイド、ミスティア先輩だ。
ミスティア先輩は片手を折り曲げて慇懃に礼をすると、俺たちの前に立ちはだかった。
「お久しぶりです、ミスティア先輩。最近あまり見かけませんでしたけど、どこかに行っていたんですか?」
「ソウタ様もお変わりないようで何よりですわ。どこか、と聞かれれば、枯れ果て淀んだ生活に喘ぐ皆様を奉仕によってお助けするために、西へ東へ飛び回っておりました」
「なるほど」
さっぱり分からなかった。クエストで忙しかったと解釈すればいい……のか?
ミスティア先輩の襲来は他の3人にとっても予想外のことだった。セイレンとプリムラは興味津々な様子で彼女のメイド服に目を奪われ、ラオフー先生は腕を組んで「うむ」と口元を緩めていた。エロ親父め。
「こ、これがクリシュカの女中服ですか。動きにくそうですけど、スカートに切れ込みを入れればいけるかも……?」
セイレンは目を輝かせながら脳内試着を行っていた。一見拳法一筋なセイレンだが、ああ見えて相応にオシャレへの関心を持っているのだ。
俺としては彼女の普段着である、体のラインがくっきりと浮き出たチャイナドレスもそれはそれで魅力的だと思うのだが、一歩間違えるとこの手の発言はセクハラ扱いになるので心の中に秘めている。
「メイド学科ってやっぱりメイド服が制服なんだね。ユニもそのうち着るのかな?」
「さすがにそれは見たくないかな……」
「そっか。ソウタはメイド服好きじゃないんだ」
「今そういう話してたっけ……?」
プリムラと微妙に噛み合っていない会話を続けながら、俺は無言で微笑を浮かべるミスティア先輩がここに現れた理由を考えていた。
彼女は俺たちを待っていた。理由は分からない。この人の思考はいつも俺の想像の範疇を越えているのだから。そういう意味ではラオフー先生と同種の存在と言える。
「それで、何の用ですか?俺たちはこれから外で特訓があるので、あまり時間は取れませんけど」
一応、メイド学科でお世話になっている身なのだ。学ランを修繕してもらった恩もあることだし、多少の面倒事を引き受けるのはやぶさかではない。
しかし先輩の要件は面倒事などではなかった。むしろ僥倖、願ってもない申し出だった。
「大したことではありませんよ。皆様の道行きに、このミスティアめをご同道させてほしいと、ただそれだけのことでございます。
聞けば何やら1泊2日で過酷な修行に打ち込まれるとか。慣れぬ僻地で泊まり込み、さぞかしご苦労されることでしょう。まさに今こそメイドの力が必要とされているのではありませんか?」
「えっ、いいんですか?そりゃ、先輩が来てくれると大助かりですけど……学科の方は大丈夫なんですか?」
学園での交友関係が広がる度に改めて思い知るのはメイド学科の評判だ。もちろん良い方向の、である。
学業と探索、二足の草鞋に忙殺されて細々とした雑事を疎かにせざるを得ない生徒、そして教師は驚くほど多い。そんなずぼらな彼らにとって、雑用のスペシャリストであるメイド学科は救いの女神なのだ。
特に学科のエースであるミスティア先輩の有能さは他の追随を許さない。なり手の少ないメイド学科が依頼を捌き切れているのも、彼女の活躍によるところが大きかった。
メイドが1人いればパーティは安泰……冗談半分、本気半分でそんな言葉が交わされるぐらい、生徒たちの生活にメイド学科は浸透していた。
それだけに、先輩を丸2日間に渡って拘束してもいいものかと躊躇してしまう。彼女がいなくなったら、メイド学科は依頼に埋もれてパンクしてしまうんじゃないだろうか?
……と思っていたのだが、どうやらミスティア先輩の基準では、現状のような繁雑さは問題でも何でもなかったようだ。
「ご心配なさらないでくださいませ。メイド学科にはあの程度の仕事量で根を上げるような半端者はおりません。わたくしが2、3日おらずとも支障はありませんよ」
「そう言ってもらえるのはありがたいんですけど、先輩が抜けるとユニに負担が……」
「それこそ気を回しすぎというものですよ、ソウタ様。何より今日ここへ馳せ参じましたのは、ユニの嘆願によるものなのですから」
「ユニが?」
「はい。ユニは心配していましたよ。ソウタ様がまた大怪我をして帰ってくるのではないかと」
ミスティア先輩が言うには、俺の身を案じたユニが、先輩にお目付け役として同行してもらうことを頼んだのだという。
ここまでお膳立てされてしまったら、断るのはむしろ失礼にあたる。プリムラといいユニといい、俺は本当に良い友人を持ったものだ。
「ご安心くださいませ。これからの2日間、このミスティアが衣食住すべてにおいて全力でご奉仕いたします。ですから、ソウタ様はただご自身を高めることだけをお考えになってください」
「……ありがとうございます、先輩。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
彼女たちの気遣いを無駄にしないために俺ができることはただ一つ、全力でこの特訓を成功させる、それだけだ。俺は決意を新たにしつつ学園を出発した。
行き先はクリシュカ最大の山岳地帯"牙の山脈"である。




