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程なくしてやってきた騎士団の部隊は、辺り一面に散らばるおどろおどろしい彫刻とボロボロになった俺たちを見て一時騒然としていた。まさかコカトリスがいるとは思っていなかったらしい。
もしも彼らがコカトリスと鉢合わせしていたら、いくら精鋭とはいえ苦戦は免れなかっただろう。事前準備もなしにアレを相手取るのはリスクが大きすぎる。
彼らによる治療を受けながら一部始終を説明し終えた俺は、事後処理を行っている騎士団員たちを道の隅っこから眺めていた。まあ、事後処理といっても地面に落ちている魔物石を掃除しているだけなのだが……。
「いやあ、騎士団様様だね。実は戦闘より後始末の方がめんどくさそうだなって思ってたところだったんだよ」
「あんまり大きな声で言わない方がいいぞ。みんな上司に振り回されて気が立ってるみたいだから」
危険な任務を終えて町に帰ってきたと思ったら休む暇もなく次の任務に駆り出されたのだ。しかも急いで駆けつけてみれば戦いは終わった後。騎士団員たちの顔には不満がありありと浮かんでいた。
調査の不徹底というか、行き当たりばったりというか、全体的に当局の不手際が目立つクエストだった。
そして、不本意ながら今回のドタバタの一因となったのが彼女──ジャンヌであることを、俺はついさっき知ることになった。
「──だから、私が何のクエストを受けようとあなたたちには関係のないことでしょう?」
「そうおっしゃられましても、お嬢様の御身にもしものことがあれば閣下がどれほど悲しまれることか……」
俺の目の前では1人の騎士が冷や汗を流しながらジャンヌの怒りを受け止めていた。
鈍色の肩当て付きの赤いマント、そして頭頂部に赤い飾り紐の生えた兜を身に着けている彼がこの作戦の指揮官なのだろう。
他の団員たちはとばっちりを受けないようにそそくさと他の場所に逃げてしまった。おかげで2人の周りだけ未だに石が片付けられておらず、まるでミステリーサークルのようになっていた。
「あなたたちはいつから父の私兵になったの?クリシュカの民を魔物から守るのが騎士団の使命でしょう。父に命じられたわけでもないのに余計な忖度をするのはやめるようにと領主様にお伝えして」
「で、ですが……」
烈火の如く燃え盛るジャンヌに騎士は恐れおののいていた。
それもそのはず、現場組である彼と違って彼女はとても、とてもとても重要な家柄の生まれなのだから。
ジャンヌ=アストラン。クリシュカにおいて多数の優秀な軍人を輩出してきた名門アストラン家の娘。
アストラン家は代々王家とも関わりが深く、現在の当主であるジャンヌの父親はクリシュカの将軍を務めている。
「有事には軍隊だけじゃなくて各騎士団の統帥権も委譲されるって話だよ。要するに王様の次に偉い人の娘さんってこと」
グロムが言うには、魔物の脅威に晒されているクリシュカでは文官より武官の立場が優位になっているのだとか。一領主と軍事部門の最高職ではどちらが上かなんて考えるまでもない。
自分が出したクエストでお偉方の娘に怪我でもさせたら一大事──領主が俺たちを関わらせないようにしたのも無理からぬことだった。だからといって領主を擁護する気は毛頭なかったが。
「待たせてごめんなさい。2人とも、怪我はもう大丈夫なの?」
若干スッキリとした面持ちになったジャンヌが俺たちの傍に駆け寄ってきた。その後ろでは先ほどの騎士が憔悴した表情で肩を落としていた。
上の命令で駆けずり回った結果がクレーム対応とは彼も運がない。俺は密かに同情しつつジャンヌを迎え入れた。
「問題ない……とは言えないけど、たぶん週末までには動くようになるんじゃないかな」
俺は袖を捲り上げて湿布(自然治癒を促進する魔術が付与されているらしい)が貼られている左腕を見せる。
砕けた骨は白魔術によって無事繋がったのだが、弾みで何かにぶつかったりすると泣くほど痛い。帰ったらもう1度シスターに診てもらおう。
「ボクの方は万全、いやむしろ前より調子がいいぐらいだよ」
グロムはついさっき起き上がれるようになったばかりだったが、全快状態をアピールするために、大げさに飛んだり跳ねたりしていた。
明らかに俺より重傷だったはずだが、彼を治療したのが優しそうな女性魔術師だったことが良い方向に作用したのかもしれない。ちなみに俺の担当は白髪の老人だった。不公平である。
俺たちに大事ないことを知ったジャンヌは安堵の微笑を漏らした。こういう自然な表情を見せてくれる程度には気を許してもらえているのだと思うと、それだけでもこのクエストを受けた価値があったというものだ。
「今日は本当にありがとう。それと……ごめんなさい。私のせいで、色々と迷惑を掛けたわね」
ただ、ジャンヌは俺たちほど晴れやかな気分ではないようだ。クエストに水を差されたことで、俺たちが不快な思いをしたと考えているらしい。
だとすれば、それは大きな間違いだ。
「それは1人で突っ走ったことに対する謝罪かな?それとも横やりが入ったこと?もし後者ならボクは怒るよ」
「え?そ、それは……両方」
「まったく。慎み深い女性は嫌いじゃないけど、何でも自分のせいにしたがるのは健全じゃないね」
珍しく不機嫌な態度を見せるグロムにジャンヌはあたふたしている。ジャンヌには悪いが俺もグロムと同意見だった。
「大人のしがらみなんてのは俺には良く分からないけど、君の責任じゃないことだけは断言できる。仮に責任があるとするなら、それは俺たちに相談しなかったことだよ」
「でも、私の家のせいで……」
「違う。これは君だけの問題じゃなくて、パーティ全体の問題だ。
俺たちにとってはコカトリスも領主のちょっかいも、クエストを達成するにあたっての障害って点では同じなんだ。
障害に全員で取り組むのは当たり前だろう?君が1人で抱え込む必要なんてないんだ」
手のひらを返されるのが嫌だとジャンヌは言っていた。何かに傷ついて、臆病になっているのだ、彼女は。
誰ともパーティを組むことがなかったのも、それが原因だろう。他人に一歩踏み込む勇気がないから、距離を取る。
そんな人間を、たった1人で何かに身構えている少女を、俺はどうしても放っておくことができない。
俺は、ジャンヌに信頼してほしかったのだ。
「俺たちは仲間なんだから、いい加減変な遠慮はやめてくれ。今回は大変だった、お疲れさま。それだけでいいんだよ」
「美味しいところ全部持ってかれちゃったなぁ……。まあいいや。とにかくそういうことだから、そろそろ辛気臭い顔をやめたまえよ。人間笑顔が1番美しいからね」
「……がとう」
ジャンヌは目を閉じて胸に手を当てると、かすれるような声で言葉を発した。彼女の声は風にかき消されて聞こえなかったが、意味は理解できた。翻訳すら必要ない。
過去に何があったのか、なぜ将軍の娘である彼女が騎士や軍人ではなく"冒険者"を目指しているのか……知りたいことはいろいろあった。
だが、今この瞬間ジャンヌが笑顔でいられることが、何よりも重要だと思った。
「騎士団も撤収の準備を始めてるみたいだし、ボクたちもそろそろ帰ろうか。また旨いクエストを見つけたら連絡するよ」
「旨い話には裏があるってことを学習してくれ……」
「いいじゃない、裏があっても。そうでなければ張り合いがないわ」
懲りないグロムと不敵に笑うジャンヌ、そして内心まんざらでもない俺。
変わり者の3人は他愛もない話で盛り上がりながら学園への帰途についたのだった。
5章終了。




