5-12
採石場に辿り着いた俺たちはジャンヌを探して奥へと進んでいく。ここに来るまで走り詰めだったので2人とも息が上がっていたが、とても休憩していられるような状況ではなかった。
「今のところ、戦いの音は聞こえないな。間に合った……のか?」
「あるいは、もう、終わった後、なのかもね……」
苦しそうに息を吐くグロム。今の彼は普段着の上からそのまま鎧を被ってきているため、鎧の隙間からシャツの襟や裾がチラチラとはみ出ていた。
全身を覆う防具と移動中に重心がブレやすい長柄の武器というハンデを抱えながら俺に並走してきたグロムだが、その疲労はさすがに無視できないものになっていた。
戦力が半減するのは痛いが、これ以上彼に無理をさせてしまうと、コカトリスと遭遇した時に満足に動くこともできなくなるだろう。俺は足を止めてやや遅れがちになっていたグロムに振り向いた。
「グロム、君は一休みした方がいい。ジャンヌは俺が先行して説得しておくから」
「ば、馬鹿言わないでくれ。女性が危機に陥ってるかもしれないっていうのに、そんな無様な真似はできないよ……」
「だからこそだよ。いざという時に体力がスッカラカンの状態で何ができるんだ?死体が1つ増えるだけだろ。
……大丈夫だよ。ジャンヌはきっと助けてみせるから、後から自分のペースで来てくれ」
「……ゴメン」
そう言うとグロムは尻餅をつくような格好で地面に腰を下ろした。やはり限界寸前だったようだ。
俺はグロムに背を向けると、先ほどより1段上の速度で走り始めた。
辺りには石化した魔物たちの残骸が道いっぱいに広がっていた。ゴブリンだったものの破片に足を取られないように、障害物の少ないルートを選んで進む。
曲がり角の先、昨日俺たちがデビルアイと戦った辺りで、駆け足気味に採石場の奥に行こうとしている金髪の少女を見つけた。
「ジャンヌ!待ってくれ!」
「ソウタ……!?」
俺に気付いたジャンヌは一瞬躊躇するように視線を泳がせたが、すぐに来た道を引き返してきた。
どうやら最悪の事態は回避できたようだ。ここからどう転ぶのかはまだ分からないが、ひとまず無茶を思いとどまってくれたことはありがたい。
正直なところ、俺もグロムほどではないが疲労が溜まっていた。走るのをやめて深呼吸しながら彼女がやってくるのを待つ。
「驚いたわ。どうしてここに?」
「それはむしろ俺の方が聞きたいよ。1人で飛び出してどうするつもりだったんだ?コカトリスは強敵だからしっかり準備を整えて倒そうって、3人でそう決めたじゃないか」
「それは……でも」
「事情は聞いたよ。俺だって不満はあるさ。領主の考えも理解できるけど、最後の最後で見せ場を掻っ攫われるのはいい気分じゃない。
でも、だからってこんな無謀なやり方は認められない」
ジャンヌだって単独でコカトリスに挑むのが危険極まりない行為だということぐらい理解しているはずだ。
彼女は決して自惚れ屋ではない。彼我の実力を計算できるだけの知性と冷静さを併せ持っている。
そんなジャンヌが今、なぜか自分を抑えきれていない。それが不可解だった。
「教えてくれ。いったい何がそんなに我慢ならなかったんだ?」
俺はジャンヌの本心を聞き出そうと、彼女の目を真っ直ぐに見つめながら返答を待った。
ジャンヌはしばらく口ごもっていたが、俺が引き下がりそうにないと分かると、自身の体を抱くように腕を回しながら、ぽつぽつと話し始めた。
「……だって、勝手すぎるじゃない。都合のいい時だけこちらを頼っておいて、状況が変わったからもう要らないなんて、そんなの酷い」
よほど腹に据えかねていたのだろう、普段の落ち着いた様子からは考えられないほどに愚痴っぽい話し方だった。
他人の前では優等生然としているジャンヌだが、心の内ではかなり溜め込んでいたようだ。せき止めていた感情を吐き出すように舌を動かし続ける。
「私たちが未熟だということならまだ納得できた。でも、私たちはここまで大きなトラブルもなく着実に、確実に進んできたでしょう?決して実力不相応なクエストだとは思わないわ。
なのに大人たちは聞く耳持たないし、それに、よりによってあんな理由で……!」
"あんな理由"というのが例のしがらみとやらに関係しているのは推察できたが、そこを掘り下げるのは後回しでいい。
今重要なのは、ジャンヌを止めることが非常に難しいという一点だけだ。彼女の事情は良く分からないが、地雷を踏んだのは領主の方だった。
「あなたたちに心配をかけてしまったことは謝るけど、騎士団に任せてこのクエストを放り出すことだけは嫌なの。だから退くことはできない」
「どうしても行くのか?」
「ごめんなさい。でも、この程度の障害で躓くようなら、どのみち目標になんて届かない」
どこまでも強情なジャンヌを説得するのは至難の業だ。
だから、俺は説得を諦めることにした。
俺を残して再び採石場の奥へと歩き始めようとするジャンヌの腕を掴んで引き留める。俺の強引な行動に驚いたジャンヌが振り向いた。
「──ッ!放し……」
「分かった。俺も行く」
「…………えっ?」
素っ頓狂な声を上げて硬直するジャンヌ。……そんなに意外な発言だったろうか?
元々は俺たちだけでコカトリスを倒す予定だったのだから、それほど問題はないと思うのだが。
「そんな、危険よ。まだ日は昇っているのだから、万全の状態のコカトリスと戦うことになるのよ?」
「危険に飛び込もうとしてる人が言っても説得力がないんだが……。それに、止めても無駄なら一緒に行った方がずっとマシだよ」
「でも……それでも、私の個人的な都合にあなたを巻き込むわけにはいかないわ」
「俺もグロムも巻き込まれたなんて思ってない。俺たちは同じパーティなんだから、どんな時でも一蓮托生だろ」
俺はつい先日までジャンヌのことをもっと大人びて淡白な、自己完結型の人間だと思っていた。だが、どうやらそれは思い違いだったようだ。
彼女は何事にも真剣で、不器用なまでに真っ直ぐな、俺と同年代の少女だった。
グロムだってそうだ。彼は一見軽そうな男に見えるが、言動の節々には彼本来の実直さを感じる。騎士を自称しているのも伊達や酔狂ではなく、本気で女性を守りたいという意志の表れなのかもしれない。
俺は、このパーティの面々を案外気に入っていたのだ。だからこそ、できることなら3人で始めたことは3人で終わらせたいと、そう思っていた。
ジャンヌの件がなかったとしても、いずれ誰かが同じことを提案していただろう。
「短い間だったけどさ、俺は、この3人で冒険してて結構楽しかったんだよ。だからクエストが取り下げられたって聞いて正直不完全燃焼でさ。
騎士団の人たちには悪いんだけど、ジャンヌが行くっていうならちょうどいい機会だし……ってことで」
「ソウタ、あなた……」
「もうすぐグロムも追いついてくるはずだし、そしたらまた3人でパーティを組んで、コカトリスを倒そう。それに何より、昨日も言っただろ?スタンドプレーは禁止って」
「……うん」
こくんと頷いたジャンヌの顔は、もう焦りや激情に支配されてはいなかった。少しだけ頬を緩めて、照れるようにはにかんでいた。
ジャンヌはもう大丈夫だろう。結果的にコカトリスと戦うことになったが、呪符も間に合ったことだし、今の俺たち3人ならきっと勝てる。
安心した俺が一息ついていると、入り口の方から緊張した面持ちのグロムが走ってきた。俺は軽く手を上げて彼に応える。
「お疲れ。こっちは何とか間に合ったよ」
「ああ、うん、間に合ったっていうのかな、これ?ギリギリ駄目っぽい感じなんだけど」
グロムの視線は俺の後方に向いていた。俺とジャンヌは、はてと首を傾げた後、その可能性に気付いて跳ねるように振り返った。
血のように真っ赤なトサカと肉垂に包まれた不気味な黒目が、曲がり角の向こうから首を出して俺たちを見つめていた。




