5-11
食堂の北側にある冒険者ギルドのカウンター前には、口を堅く結んだギルドの親父とその他にもう1人、身なりの良い茶髪の男が青ざめた表情で立ち尽くしていた。
赤系のフォーマルなスーツと、アイロンがしっかりとかけられていそうな灰色のズボンを着用した背の高い男だった。
男は整髪料か何かで短い前髪をオールバックにしており、手入れの行き届いている肌は清潔感に溢れていた。恐らく頻繁に地位の高い人と会う職業なのだろう。
ジャンヌの姿は見当たらなかったが、周囲の生徒たちも何事かとギルドの方に目を向けており、状況的に彼らとジャンヌの会話が騒ぎの原因であることは疑いようがない。
人ごみを強引に通り抜けて2人のところへ向かっている途中、丸テーブルに座っていたプリムラが俺の袖をクイクイと引っ張って耳打ちした。
「さっきまでギルドのおじさんとジャンヌが話してたんだけど、後からあの男の人がやってきて、そしたらジャンヌがいきなり怒り始めて出て行っちゃったの」
そう言うとプリムラは食堂の西側にある勝手口の方を指差した。扉が半開きのまま揺れているところを見ると、ついさっき校舎の外に出たばかりのようだ。
「プリムラはジャンヌたちが何を話してたのか、知ってるのか?」
「ごめんね、そこまで詳しいことは聞こえなかったの。でも私、ジャンヌがあんなに大声出すところってはじめて見たよ。ほんとに何言われたんだろうね」
オーガを前にしても眉1つ動かさなかった彼女の冷静さを失わせるなんて、あの茶髪の男によほど失礼なことをされたとしか思えない。
しかし、それにしては男の弱々しい態度がどうにも気にかかる。まるで虎の尾を踏んで戦々恐々としている小動物のようだ。
「俺はギルドで事情を聞いてくるから、グロムは外を見てきてくれないか?今ならジャンヌもそんなに遠くまで行ってないだろうし」
「了解。何が何だか分からないけど、なかなか予定通りに進まないものだね」
「もう慣れたよ。想定外は想定内さ」
「いいね、その言葉。ボクもどこかで使おうかな?」
勝手口の前でグロムと別れた俺はすぐさまカウンターの前に足を運んだ。親父も俺がここへ来た理由を察しているようで、やけに歯切れの悪い口振りで経緯を説明し始めた。
「……実は、お前らが受けたクエストなんだがな。その、言いにくいんだが、アレだよ。……要するに、ついさっき取り下げられた」
「…………は?」
何だって?
あれだけの危険を冒して魔物の群れを退治して、1日かけて準備を進めて、これからようやく最後の締めに取り掛かろうという時に、取り下げられた?
「いやいやいやいや、どういうことですかそれ?もう少し詳しく説明してもらわないと俺だって納得できませんよ」
まだ期日まで猶予はあったはずだ。しかも俺たちは滞りなく討伐を進め、残るはコカトリス1体というところまで来ているのだ。クエスト達成に王手がかかったこのタイミングでなかったことにされるのはいくらなんでも理不尽だ。
思わず早口で食い付いた俺に、茶髪の男は申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「はい、それはもう、この件につきましてはわたくしどもの都合で皆様を振り回してしまい、謝罪の言葉もございません。
ですが、これもご主人様が苦心なさった末のご決断でございますから、どうか、どうかご理解いただきたく……!」
「あ、いや、その……俺の方こそ頭に血が上りすぎてたみたいで、すみませんでした」
むせび泣きながら腰を直角に曲げて謝罪の言葉を連ねる男が落ち着いてから、俺は改めて男の話を聞くことになった。
領主の従者を名乗るこの男が言うには、領主は町の未来を左右する今回の事件に強い関心を払っており、この男を通して逐一経過を探っていたらしい。
「やむなき事情があるとはいえ、未だ成長の途上にある学生の皆様にこのような重責を負わせてしまうことに、ご主人様は強い抵抗を抱いておられました」
冒険学部にクエストを流したのも、期待半分心配半分という複雑な心境下での決断であり、誰もクエストを受けないのならそれでも良し、騎士団の主力が帰還するまで大人しく待つ心積もりだったという。
そんな折、1人の生徒がクエストを受諾したことで事態は急展開を見せる。
その生徒はどうにも信用のならない、軽薄そうな顔つきの男(従者談)であり、彼が連れてきた仲間も本人を含めてたった3人だけという少人数パーティだったため、その報告を聞いた領主は大層俺たちの安否を気にしていたらしい。
「未来のクリシュカを担う若者たちの命を徒に散らすわけにはいかぬとお考えになったご主人様は、先ほど折良く町に戻ってこられた騎士団の精鋭部隊を急遽招集なされ、採石場の魔物討伐へと向かわせたのでございます」
非は領主側にあり、領主は俺たちのことを慮って依頼を取り下げたこと、そしてクエスト報酬は慰謝料としてすべてこちらに譲渡することを流暢に説明し終えた従者は、再度俺に向かって頭を下げた。
従者の言い分には筋が通っていた。確かに町と市民の命を預かる為政者として今回のクエストに失敗は許されない。
別件で動いていた騎士団が帰ってきたのなら、学生をみすみす危険に晒すよりもプロフェッショナルである騎士団に任せるのがより確実で被害も少なくなるだろう。
だが……いまいち釈然としない。
この対応は俺たちに気を遣いすぎではないだろうか?領主は明らかに俺たちの怒りを買うことを恐れている。これではいったいどちらの立場が上なのか分からない。
「事情は理解したんですけど、理由は本当にそれだけなんですか?俺には、他にも何かあるように思えてならないんですが」
「それにつきましては……どうか、お察しくださいませ。いくらあの方が気にせずとも良いとおっしゃったとしても、皆意識してしまうのでございますよ」
「坊主、あまりいじめてやるなよ。こいつらに責任があるのは間違いないが、大人にはいろいろと面倒なしがらみがあるんだよ。まあ、あの嬢ちゃんがキレる気持ちも分かるがな」
「…………?」
良く分からないのに察しろと言われても困るのだが、今までのやりとりでそれらしいヒントがあったのだろうか?
親父の言う"しがらみ"は気になるが、この怯えた従者をこれ以上詰問するのは心苦しい。後で親父に聞けばいいだろうと考え、グロムを追って校舎の外を目指す。
勝手口から外に出ると、ちょうどグロムが左手の方から走ってきたところだった。
かくかくしかじかでクエストがキャンセルされたことを伝えると、グロムはウンザリしたような表情で「なるほどね」と呟いた。
「そっちはどうだった?ジャンヌは見つかったか?」
「残念ながら。でも、今の話で目星はついた」
乱れた襟と息を整えたグロムは、右手の親指で自分の後方を指し示した。先にあるのはグラウンドと、そのまた向こうに学園の正門だ。
「ジャンヌとパーティを組んだのは昨日がはじめてだけどさ、こんな時に彼女が校舎裏や自室のベッドで1人さめざめと涙を流すような女性だと思うかい?
ボクは思わない。まあそれはそれで想像すると萌えるけどさ、彼女のキャラじゃないだろ?」
俺も同感だった。いや、萌える萌えないの話ではなく。
女だてらに前衛を務め、真っ向から戦端を切り拓いていくジャンヌが、そのような弱い人間であるはずがない。むしろ彼女は半端なことでは折れない頑固者だ。
「たぶん1人で行ったんだろうね。騎士団が採石場に到着する前に終わらせようとして」
「それはそれでジャンヌらしくない行動だけどな。ここまで来たのに『もういいです』なんて一方的に言われたら納得いかないのは分かるけど、さすがに感情的になりすぎだろ」
「女性っていうのは一筋縄ではいかない生き物なのさ」
いくらジャンヌでもたった1人で呪符も持たずにコカトリスと戦うなんて自殺行為だ。馬鹿げた特攻を止めさせるため、俺たちはとりあえず諸々の疑問を差し置いて採石場へと急行することになった。




