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「それじゃ、今日の授業はここまで。次の時間は付与魔術の発展と市民生活の向上について教えるから予習を怠らないように。
魔術師じゃないからってグースカ寝てる阿呆を重点的に指名するから覚悟しておくんだね」
正午の鐘と共に今日も4時限目の授業が終了した。
魔法学の授業を受け持っているメリッサ先生は、火の点いていない煙管の先で机に突っ伏しているアキュートの頭を小突くと日直に号令を促した。
魔法学というのは魔術や神聖魔法など、魔法全般に渡る知識を教える科目である。ただ、魔術師や僧侶以外も受講対象となる必修科目であるため、魔法の習得や研鑽といった実践的な内容は各学科に任せている。
アキュートも探索における魔法の重要性は認識しているため大概は真面目に受けているのだが、ひとたび社会と魔法の関わりやら魔法の歴史といった冒険に直接関係なさそうな話に入るとやる気スイッチがオフになるのだ。
「ソウタ、私はギルドに途中経過を報告してくるから、先に行ってるわね」
昼休みに入ってすぐ、早々と席を立ったジャンヌが、まだ教科書を片付けている最中だった俺の方に歩いてきた。
「律儀だな。上手くいけば今日明日じゅうに終わりそうなんだし、そこまで気にしなくてもいいんじゃないか?」
「重要な案件だから領主様も気になさっているでしょうし、つつがなく進捗していることを伝えておいた方がいいと思うの。あなたとグロムは呪符の受け取りをお願い」
「なるほど、そういうことなら」
このクエストは騎士団がこなすはずだった仕事をやむなくギルドに委託し、そこから更に冒険学部まで流れてきた場違いなものだ。
町の命運をたった数人の若者に任せて大丈夫なのかと領主が気を揉んでいたとしても不思議ではない。
俺は教室を出ていくジャンヌに軽く手を上げて見送ると、肉体干渉の魔術を使ってアキュートを五体投地させているメリッサ先生の下へと向かった。
メリッサ先生は俺に気付いていたようで、意味深な笑みで俺を眺めていた。
「へえ、あのお嬢様に手を出すなんてやるじゃないか。まさに冒険者の鑑だね、坊やは」
「すぐそういう関係に結び付けるのは良くないと思いますよ。同じクエストを受けているだけです」
「そう勘ぐられたって仕方ないだろう?あの娘が誰かと一緒に冒険なんてはじめてのことなんだし。こりゃあエカテリーナにいい土産話ができたね」
「学部長に言うのは勘弁してください。本当に何か先走りかねないので」
格闘学部の一件以降、エカテリーナ学部長の過保護ぶりはより一層悪化しているような気がする。
学ランが破損した時も、今後このような事態にならないよう物理・魔法防護を付与したオーダーメイドの服を仕立ててもらうと言って聞かなかったし、"悪魔の胃袋"から帰ってきた時もかなり心配された。
後見人とはいえ一生徒をそこまで贔屓するのは問題があるんじゃないでしょうかと1度諫めてみたこともあるのだが、学部長はあまり気にしていなかった。
「学部長は責任感が強すぎるんですから、あまり変なことを言わないようにしてください」
「責任感ねえ……。あの子が義務感だけで動いてるように見えるのならあんたもまだまだ洞察力が足りないね」
「え?それってどういうことですか?」
「さあねえ。知りたきゃ本人に直接聞きな。プライベートな話だし、私は見てて面白いから教えてやらない。
それより本題に入ろうじゃないか。呪符のことだろう?」
床に額を擦り付けていたアキュートへの魔術を解除したメリッサ先生は、手近にあったナギアの机に寄り掛かると、黒いスカートのスリットに指を差し込んで3枚のカードを取り出した。椅子に座っていたナギアが気まずそうに目を逸らす。彼には少々刺激が強すぎたようだ。俺も他人のことは言えないが。
俺は今朝早くからメリッサ先生に事情を説明して呪符の製作を頼んでおいたのだ。学部長に頼むという選択肢もあったが、あの人に話を持っていくとむしろ自分が現場に行くと言い出しかねない。
メリッサ先生は当初「めんどくさい」という理由で難色を示したが、領主直々の依頼なので何とか成功させたいという俺の説得とお心添えによって力を貸してくれたのだ。
「とりあえずこれで3人分。仕様もあんたの言う通りにしておいたから、必要な時になったら自動で治療してくれるはずだよ」
「なんだなんだ、呪符って自動発動とかできんのかよ!?これもう呪符さえ買っときゃ魔術師要らねーんじゃねえの?」
お仕置きから解放されたアキュートが話を聞きつけて物珍しそうに呪符を見学する中、ナギアは心底憐みの目をアキュートに向けていた。
「……君、呪符の相場知ってて言ってるのかい?自動で効果を発揮してくれるような高等呪符なんて毎回買ってたらそのうち破産するよ」
前回のクエストを経て少しは関係が改善されたと思っていたのだが、この2人はいつも通りだった。
「そういえば昨日はアキュートと2人でクエストに行ったみたいだけど……その様子だと上手くいかなかったみたいだな」
「馬鹿は死ななきゃ治らないって言葉の意味が良く分かったよ……」
まあ、根本的に合う合わないの問題はあるのだろう。こればかりは冒険者としてのスタンスの違いだ。
そんな話をしているうちに、手鏡を使って身だしなみを整えていたグロムがこちらに歩いてきた。
「遅れてすまないね。やはり女性と会話する時はしっかりキメておかないと失礼だろう?」
「先生相手にそんなことしても仕方ないと思うが……」
「要するにエチケットみたいなものだよ。ともあれ、こんにちはメリッサ先生。今日もお美しいですよ。あなたのアンニュイな瞳はまるで夕べの水面に揺らめく黄昏のようにボクの心を掻き毟る……」
メリッサ先生の前に出たグロムが腰を折ってお辞儀をする。その様子を目の当たりにしたアキュートは眼をしばたかせ、ナギアは「また馬鹿が増えた」と天を仰いでいた。
「これはこれはご丁寧にどうも。だけど、私みたいにいい齢した女はその手のお世辞を聞き飽きてるんだ。覚えておくんだねグロム」
「またまたご謙遜を。メリッサ先生は十分お若いじゃありませんか」
「魔術師の女が見た目通りの年齢だと思わないことだね。私はもちろんエカテリーナも……おっと、口は災いの元だ」
高位の魔術師は自身の強大な魔力によって若々しい肉体を保つことができる、という話は俺も聞いたことがあった。魔術師の女性率が高いのもその辺に起因しているのだろう。
学部長も外見は20代にしか見えないものの、言われてみればあの威厳は20そこそこの女性に出せるものではない。
が、女性の年齢をあまり詮索すると後が怖いので俺はこれ以上考えるのをやめた。今は呪符の話だ。
「先生、ありがとうございます。授業もあるのに急がせてしまってすみません」
「もらうものはもらってるし構わないさ。ただ、呪符は使い捨てだから2度目はないよ。くれぐれも気を付けな」
手渡された呪符はプラスチックのようにすべすべとした手触りの、手のひらサイズのカードだった。
呪符の片面は白地で、裏には魔術言語がびっしりと書き込まれている。ジャンヌの剣に書かれていた文字と違いこちらは魔法学でも教えている現代語風の字体が使用されていた。
可能ならもっと数が欲しかったのだが、クエストの期限が差し迫っていることを考えるとこれが精一杯だろう。
これで準備は整った。後は日没を待って採石場に攻め込むだけだ。
「……そういえばさっきからジャンヌを見かけないけど、彼女どこかに行ってるのかい?」
「ああ、ジャンヌならギルドに──」
「──ふざけないで!!」
突如として教室の外から聞こえてくるジャンヌの怒声。
普段の彼女らしからぬ、感情を露わにした声に俺の中で不安が膨れ上がる。俺とグロムは頷き合い、大急ぎで食堂へと向かった。




