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ようこそ冒険学部へ  作者: 嶋森智也
第5章:クエスト「採石場の死闘!」
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5-9

 あの後、俺たちはどうにか日が暮れる前に学園に帰ってくることができた。

 鉛のように重い足を引きずりながら自室に戻り、泥だらけの服を脱ぎ捨てる。洗濯は……明日でいいだろう。

 クローゼットから引っ張り出してきた新しい白シャツに着替えた俺は、寮の南側にある談話室の扉を開けると、先にテーブルで場所取りをしていたグロムと合流した。

 続いてやってきたジャンヌも含めて3人で話し合いを開始する。議題は当然、あのコカトリスについてだ。


「先に確認しておきたいんだが、コカトリスは1匹でいいんだよな?いや、巣を作ってたから、もしかしたらつがいがいるんじゃないかって」

「雌だけでも卵は産むそうよ。他に隠れられるような場所もなかったのだから、仲間がいるとは思えないわ」

「子孫を残すのに男が必要ないなんて悲しい魔物だよね。彼らには同情を禁じ得ないよ」

「……?いざという時に単体でも種を存続できるのは生物的にも有利だと思うのだけど」

「うん、まあ……そうだね……」


 暖色系の明かりに照らされた談話室には他にも何人かの生徒たちがグループを作って食事や雑談、カードゲームなどに興じており、皆1日の終わりを思い思いに過ごしていた。

 俺たちは部屋の両端近くまでその体を伸ばしている長テーブルの一角を陣取って作戦会議を進めていく。

 グロムは重い鎧を脱いで、食堂で会った時のシャツ姿に戻っており、ジャンヌも上着を椅子の背もたれに掛けて白いシャツを露わにしていた。

 似たような白シャツを着た3人組が1つところに集まっているのは制服規定のない冒険学部では割と珍しい光景だった。

 テーブルの上にはグロムが終業間際の食堂から買い漁ってきたいくつかの料理や飲み物が並べられており、俺たちは会話の合間合間にそれをパクついて空腹を潤していた。

 グロムのこういう甲斐甲斐しさは俺も見習いたいものだ。むしろ彼の場合は黙っていた方がモテるんじゃないだろうか?


「とにかく、石化への備えは必須ね。白魔術師を新たに加えるのも1つの手だけれど、本人が石化してしまうと総崩れになるし、大抵の魔術師はコカトリスのスピードについていけないわ」


 コカトリスと戦うにあたって最も注意するべきは奴の持つ石化ブレスだ。その吐息に触れたものは動物だろうが草木だろうが問答無用で石と化す。

 魔法や薬によって治療することは可能だが、石化の解除には時間が掛かるし、石化中に体を砕かれれば当然ながら死に至る。対策は必要だが理想は石化しないことだ。

 残念ながらこの世界の知識に疎い俺では「気合でブレスを避ける」以外の案を出すことができない。

 ジャンヌも考えあぐねているようだ。彼女の場合はいくつかある候補のうちどれを選択するべきかという贅沢な悩みかもしれないが。

 そんな中、グロムが一風変わった案を持ち出してきた。


「それじゃあさ、白魔術師を連れていく代わりに呪符を持っていくっていうのはどうかな?」


 呪符というのはマジックアイテムの1種で、付与魔術によって魔術の効果をそのまま封印した札のことだ。

 炎の魔術を込めれば火球が出るし、治癒の魔術を込めれば即効性の回復手段として使用できる。

 かなりの高級品なうえに使い捨てのアイテムだが、魔術が使えない人間にも扱えるということで冒険者たちの間では重宝されている。


「石化を解除する魔術を札に込めてもらってさ、石化を受けた時に発動するようにしてもらうんだ。それならボクたちだけでもコカトリスに立ち向かえる」

「石化を受けた時にって……そこまで複雑な挙動の呪符を作成できる人なんているの?少なくとも私では無理よ」

「エカテリーナ先生かメリッサ先生ならできるはずさ。何と言ってもあの2人はクリシュカ屈指の魔術師だからね。

 費用の方は、まあ、学生割引ってことで何とかならないかな。なるよね?」


 ジャンヌは最後まで懐疑的だったが、無理だった場合はナギアについてきてもらうということで決着がついた。

 ナギアは運動能力にかなり難があるので、誰かが彼のフォロー役に回ることになる。最悪、前にセイレンがやったようにナギアを担いで運搬するといった荒業も想定しておこう。

 それからも俺たちは用意しておくべき薬や集合場所などの細かい段取りを決めていった。


「後は採石場に行く時間帯だな。コカトリスってベースがニワトリだし、やっぱり夜目が利かなかったりするのか?」

「そこまでは分かっていないけど、資料では夜は活動が鈍ると書いてあったわ。夜襲をかけるのは有効だと思う」

「出発は明日の夕方以降か。なら、今日は英気を養うために早めに寝るとしよう。肌が荒れると困るしね」

「男なのに肌荒れを気にするのか……」

「スキンケアは性別に関わらず大事だよ。化粧もね。今度ソウタ君にも伝授してあげよう」


 3人で協力して手早くテーブルの上を片付けると、俺たちは椅子から立ち上がった。はじめこそ凸凹チームだった俺たちだが、1日が終わる頃にはだいぶ様になってきたような気がする。

 それにしても、俺が気になるのはジャンヌのことだ。正直なところ彼女はもっと取っつきにくい、他人の干渉を拒むような性格だと思っていた。

 しかし実際に付き合ってみると、やや人付き合いに慣れていないところがあるとはいえ、彼女はパーティの一員としての役割を果たそうと努力しているのが見て取れた。


「なあ、ジャンヌはどうして今までパーティを組まずに探索してたんだ?」


 部屋の前で彼女と別れる直前になって、俺はそんな質問を投げかけた。デリケートな問題に触れてしまうかもしれないが、それでも俺はこの新しい仲間のことを理解しておきたかった。


「その、それは……」


 ジャンヌははたと足を止めて黙り込む。その瞳から感情を推し量ることはできない。

 グロムはもう自室に戻った後だ。フォローする者がいないまま、俺とジャンヌは人気のない廊下の真ん中で立ち尽くしていた。

 やはり地雷だったか!?と一瞬青ざめた俺だったが、その様子がよほど面白かったのか、ジャンヌは口に手を当てながら忍び笑いを漏らした。

 その笑顔はいつものキリッとした表情の彼女と違って、年相応の少女という感じだった。


「ふふっ……ごめんなさい。馬鹿にしているつもりは、ないのだけど」

「いや、うん。構わないよ。怒ってないみたいで良かった」


 さっきとは別の意味で心臓が驚いていたが、プリムラといいジャンヌといい女の子とはげに侮れない存在である。


「1人で探索していたのは強くなりたかったから。誰にも頼らない、個に依って立つための力が欲しかったの。

 ……それに、パーティを組むとして、本当にその人が信頼できるのか、分からなかったから」

「信頼……?」

「戦いはいつだって命懸け。だから、ロクに知りもしない人と探索に行くのは抵抗があったの。いざという時に手のひらを返されるのは、嫌だから」

「……………………」


 いくら女性の機微に疎い俺でもこれ以上踏み込むのはマズいということだけは分かった。ただ、新しく沸いてきた疑問にだけは答えてもらう必要があった。


「それについては納得したけど、そうなるとつまり、俺もアウトだったんじゃないのか?」


 グロムの方はまあ、どんな印象を持たれていたのかはともかく、一応面識はあった。だが俺の方は完全に初顔合わせだったはずだ。いつの間に俺はジャンヌの信頼を勝ち得たのだろうか。

 それに対するジャンヌの回答は意外なものだった。


「あなたのことはリンから聞いていたから。信頼の置ける男性だって、褒めてたわ」

「リンが?褒める?俺を?」


 にわかには信じ難かった。リンとは一定の信頼関係を構築できているという自信はあったが、あの、いつも俺をからかってばかりのリンが、そんなことを?

 面白半分に語るのならまだしも、ジャンヌの心を動かすほどの内容を彼女が言っていたとは……。


「その、できれば聞かせてほしいんだけど、リンはいったい何を話したんだ?」


 息切れ気味に声を絞り出した俺に、ジャンヌは顔を背けた。


「い、色々と」


 なぜ顔を赤らめる。

 リンとは近いうちにじっくりと話す必要があった。


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