5-8
デビルアイを撃破した後、勢いのついた俺の体は余剰分の運動エネルギーを消費しきれないまま目前に迫っていた岩棚に激突した。
ぶつかる瞬間に気功術を発動して体の保護を試みたのだが、先ほどからの連続使用に加えて肉体的な疲労が重なった結果、今日はもう打ち止めのようだった。
せめて衝撃を分散させようと無駄なあがきをした結果、俺は潰れたカエルみたいなポーズで冷たい壁の抱擁を受けた。
「やっぱり、特訓は、必要だな。持久力なさすぎるだろ、俺……」
何とかデビルアイを倒せたから良かったものの、これで外していたら一巻の終わりだった。
全身が鞭で打たれたようにズキズキと痛んだが、採石場という特殊な場所ゆえにほとんどの岩が綺麗にカッティングされていたおかげで、突き出た岩に激突して串刺しになるような事態は避けられた。
よろめきながら後ろを振り向いてみると、デビルアイを失った魔物たちは混乱の渦中にいた。
魅了が解けたことによって本来の行動原理に戻った魔物たちは、種族ごと、それぞれの勢力に分かれて同士討ちを始めていた。
グロムの幻惑魔術がまだ効いているらしく、魔物たちは鬼気迫る表情で暴れ回り、その戦いは苛烈を極めていた。少なくとも俺たちを気にしている余裕のある魔物はほとんどいなかった。
「ソウタ、大丈夫?かなり派手な音がしたのだけど」
魔物の群れの中を抜けてきたジャンヌが心配そうな表情で俺の顔を覗き込む。
俺は大丈夫だ……と手を上げて応えようとして、電流のように走った痛みに思わず顔をしかめた。
「大丈夫……ではなさそうかな。立つのも辛いってほどじゃないけど、これ以上の戦闘は難しい」
「無理せず一度退きましょう。デビルアイがいなくなった以上、私たちが手を出さずとも魔物は数を減らしていくのだから」
俺はジャンヌの肩を借りると、魔物の注目を浴びないように道の端を通って入り口方面にいたグロムと合流した。
戦闘での負傷ならまだしも壁にぶつかってできた怪我で満身創痍という恥ずかしい状態だったが、ありがたいことに2人ともその部分には触れないでいてくれた。
魔物が追いかけてこないことを確認しつつ休憩小屋があった場所まで戻ってきた俺たちは、魔物同士のバトルロワイヤルが終息するまでの時間を休息に充てることにした。
「そっちからオーガの声が聞こえてきた時はどうしようかと思ったけど、意外と何とかなるもんだね。後は魔物が潰し合うのをゆるりと待つだけ、と」
「まだクエストは終わっていないのだから、気を抜くのは危険よ」
休憩小屋の中は食料庫が少し荒らされていたが、仮眠用のベッドはシーツが乱れている程度で、まだまだ実用に耐える状態を維持していた。
グロムはベッドに腰掛けると、魔物の血と土がこびり付いた金属製のブーツを脱いで子供のように足を投げ出した。
ジャンヌも小窓から採石場の奥を注視しつつ、少しだけリラックスした様子で頬に貼り付いていた髪を丁寧に整えていた。
1人だけ体をベッドに横たえた俺は体力の回復に集中しつつ、採石場から聞こえてくる怒号や雄叫びに耳を傾けていた。
「……聞いたことのない鳴き声が混じってるな。他にも魔物がいたのか?」
ゴブリンやガルムとは違う、やけに甲高い鳴き声が俺の耳を刺激する。鳥系の魔物か何かだろうか?
「私たちが戦っていた場所はまだ手前の方だから、奥に別の魔物が待ち伏せていた可能性もなくはないわね。デビルアイを早めに片付けることができて良かった」
「ま、どのみちそいつらもすぐ静かになるよ」
グロムの言った通り、しばらくすると魔物たちの騒がしい声は徐々に数を減らしてゆき、10分も経たないうちに採石場は静寂を取り戻した。
「終わったみたいだね。それじゃあ残った魔物にトドメを刺してクエスト完了といこうか。ソウタ君はもう動けるかい?まだアレならここで休んでてもいいけど」
「何かあった時に逃げるくらいの元気は戻ったよ」
「それは何より」
未だ全身を支配する痛みをこらえながら俺は体を起こす。
ダンジョン制覇という大願を掲げているにも関わらずこの程度でボロボロになるなんて、我ながら情けない。
まだまだ、もっともっと、心も体も強くならなければ、俺が望む場所には届かないのだから。
デビルアイを倒した場所に戻ってきた俺たちは、その異様な光景に思わず息を飲んだ。
あれだけ多くいた魔物たちが1匹残らず、死体すら残さずに消えていた。そして、その代わりに大小不揃いな石片が大量に散乱し、道を埋め尽くしていたのだ。
周囲の岩棚に破壊の痕跡は見られない。ならば、この石片はどこからやってきたのだろうか。
「事後処理だけだと思ってたんだけど、こりゃあもう一波乱ありそうかな……」
どことなく緊張した様子のグロムが膝をついて石を拾い上げる。
3人で顔を寄せ合いながらその石を観察すると、やけに規則性のある形や突起の位置に妙な既視感があった。まるで、見覚えのある何かをパズルのように分割したような……。
「石化、ね」
ジャンヌが近くに落ちていた石をグロムのものに近付けていく。繋ぎ目がぴったりと合わさって、2つの石は1つの形を表現する。ゴブリンの頭だ。
俺たちは物言わぬ石くれと化した魔物たちの墓場を通り抜け、曲がりくねった道を進み、採石場の最奥に続く曲がり角に体をピタリと張り付けた。
顔を半分だけ覗かせて、物音を立てないようにひっそりと、息を潜めて、曲がり角の先に目を向ける。
そこにいたのはニワトリだった。そいつをニワトリだと思ったのは、赤いトサカと白くフカフカした体毛が俺の知るニワトリそっくりだったからだ。
普通のニワトリと違うのは、その両翼と尻尾が爬虫類のような緑色の鱗に覆われている点と、何より大きさだ。
オーガほどではないが、それでも人間より遥かに大きい。嘴一つで大人の頭ぐらいなら軽くかち割れそうだ。
「おやおや、まさかコカトリスとはね。最後の最後でこれまたヤバい奴が出てきたなぁ……」
コカトリス。ドラゴンの翼と蛇の尾を持つ巨大なニワトリ。飛翔能力こそ持たないがその脚力は凄まじく、あらゆるものを石化させるブレスを吐く危険種だ。
コカトリスは俺たちに気付くことなくせっせと周囲の石を集めては環状に積み上げている。どうやら巣作りの真っ最中のようだ。
今のところ巣の中に卵らしきものはないが、放置しておけばこの採石場がコカトリスで溢れかえるのも時間の問題だろう。
デビルアイもとんでもない隠し玉を持っていたものだ。あの時の焦りようも、ひょっとすると俺たちを油断させるための演技だったもかもしれない。奴が死んでしまった以上どちらでもいいことだが。
「……みんな、どうする?」
俺たちは黙って顔を見合わせた。
そして、コカトリスに見つかる前に採石場を後にした。
全員が少なからず消耗している今の状態ではどう足掻いてもコカトリスには勝てない。
確実に勝利するためには、準備が必要だった。




