5-7
先鋒はガルムだった。訓練された動きで左右に散開したガルムの群れは、あっという間に四方を固めてしまう。
スピードに優れたガルムたちに包囲されれば、その大きな体と併せて俺たちの移動は大きく制限される。
そうやって俺たちを足止めしながら後続のゴブリンやスライムによって疲弊させ、最後に他の魔物もろともオーガによって叩き潰す算段だろう。
まずはガルムを倒さないと俺もジャンヌも互いの目標に到達することすらできない。俺は身構えるジャンヌを手で制すると、彼女を庇うように進み出た。
「ジャンヌ、俺が前に出て囲みを破るから、後ろに着いてきてくれ」
「それはありがたいのだけど、進んで貧乏くじを引く理由を教えてほしいわ。他人に任せきりにするのは好きじゃないの」
「気功術で防御力を強化できる俺が矢面に立った方が効率的だからだよ。それに、グロムが言うにはこういう役目がポイント高いらしい」
「大抵の女性は戦闘中に貢献度を気にしている余裕なんてないと思うのだけど……」
「真面目に返されると何だかいたたまれない気分になるな……」
緊張を解すために軽くおどけたつもりだったが、完全に滑った。慣れないことはやるものではない。
グロムの心境が少しだけ理解できた気がする。この少女は頭は回るのだが、どこか世間擦れしていないというか、純粋なところがあるのだ。グロムもなんとか家がどうのと言っていたが、もしかすると箱入り娘なのだろうか。
ならば今の自分はお姫様をエスコートする騎士といったところか。送り届ける先は戦場の真っただ中なので色気も何もないが。
通せんぼをするように体を横に向けて、こちらの出方をうかがっていたガルムたちだが、俺たちに強行突破の意思有りと判断すると、素早く前足をステップさせて攻撃の準備を整えた。
全方位から一斉に襲い来るガルムたちのプレッシャーを感じながら、俺は攻撃のタイミングを見極めていた。
俺が担当するのは正面と左右から来るガルムだ。真後ろの個体はジャンヌに任せるしかない。
左足を後ろに滑らせて腰に捻りを生み出す。そして目で、耳で、肌でガルムの接近を感知することに全神経を傾けた。
「そこだっ──!」
多少の個体差はあれど、結局は本能で狩りをする野生動物なのだ。
飛び掛かる時の動作も、息遣いも、何度か見ていれば予測できる。荒れ地での死闘が半ばトラウマ化していたおかげで観察はバッチリだ。
溜めていた捻りのエネルギーを解放しつつ、右足を軸にして左足を鎌のように振るう。気功術によって強化されたつま先がガルムたちの頭を左から順に、流れ作業のように蹴り飛ばしていく。
まとめて吹き飛ばされたガルムたちは、後ろを固めていたゴブリンたちを押し潰す形で地面に落ちていく。ジャンヌの方も後ろにいたガルムを無事切り捨てたところだった。
「まずは1歩前進だな」
「どうせなら2、3歩進みましょう。押せる場面で押しておかないとジリ貧になるわ」
俺たちは仰向けに倒れているガルムたちを踏み越えて第2陣のゴブリン部隊に突貫した。
ゴブリンは数こそ多いものの戦い慣れた相手なので問題はない。
怖いのは死角からの強襲だが、俺の後ろにはジャンヌがいる。彼女ならゴブリンごときに引けを取ることはないはずだ。
雨あられと群がってくる子供の背丈ほどのゴブリンたちを足払い(彼らにとっては胴を蹴られているようなものだが)で捌き、そのままの流れで曲げていた軸足を伸ばして前への推進力を得る。
自然と肩を前に出すような低姿勢のタックルに移行した俺は、討ち漏らしたゴブリンを突き飛ばしながら更に前進する。
次に来たのは妙な陣形を組んだゴブリンたちだった。組体操のように何匹もが互いに肩を寄せ合い、2段3段と縦に折り重なって進んでくる。
自分たちの強みである機動力と小回りを捨てて不安定な櫓を組むゴブリンたちの奇行に俺は面食らったが、すぐにその意図を見抜いたジャンヌが声を上げた。
「ソウタ、射線を空けて!『雷よ。憤怒の槌よ。仇なす者に喰らい付け』!」
走るスピードを若干落として左に1歩スライド、その直後、俺の右側を青白い閃光が駆け抜けていった。
「ギャッ!ギャギャギャガガガッ!」
閃光の直撃を受けたゴブリンたちの体が放電し、電池が切れたようにバタバタと倒れていく。
閃光はジグザグにブレながらもおおむね直線上を進むようにしてゴブリンの壁を貫通し、その陰に隠れていたそいつにも牙を剥いた。
「スライムか!あのまま近付いてたら危なかった……」
ゴブリンたちの背後にいたのはスライムだった。肉の壁で視界を遮り、強引に通り抜けようとする俺たちを溶解液によって即死させるための罠。あるいはゴブリンごと溶かすつもりだったのかもしれない。次から次へといやらしい策ばかり用意してくるものだ。
ジャンヌの電撃を食らったスライムは大きく震えると弾性を失ってドロドロに溶けていく。スライムの残骸と溶解液の混じった水たまりを飛び越えた俺たちの前に満を持して現れるのはオーガだ。
「じゃあ、頼んだ」
「任せて」
短い会話の後、俺は進路を斜めにずらしてジャンヌに道を譲る。ジャンヌが呼吸の間隔を短くしながら速度を上げて、俺を追い抜いていく。
俺はオーガの向こうに見えたデビルアイの姿を捉えつつ、オーガが倒れるその瞬間に備えて両足の魔力を最大限に高める準備をしていた。
「雷よ……」
オーガの下に向けて走りながら剣先に手を翳し、詠唱を始めるジャンヌ。
彼女の手から半透明の魔力が何本もの細いチューブのような導線を辿って吸い込まれていき、刀身に刻まれた文字が青白い光を放つ。
剣に魔力を込める作業は相当な集中を要するのか、額から汗を流すジャンヌの意識がわずかにオーガから逸れた。その隙を突いたオーガが、彼女の頭上に握り拳を振り下ろした。
「ジャンヌ!」
オーガの拳が地面をノックし、局所的な地震を発生させる。谷底の固い地面は拳の形に沈下していたが、そこにジャンヌの姿はなかった。
彼女がいたのはオーガの手首の上。間一髪で跳躍して最も被害を受けにくい場所に降り立ったのだ。
オーガは慌てて拳を上げてジャンヌを振り払おうとするがもう遅い。ジャンヌは伸びきった前腕部を一足で通過すると、急勾配になりつつある上腕二頭筋を軽やかに駆け上がって瞬く間に肩の上まで登頂する。
文字通りオーガの目と鼻の先まで到達したジャンヌの手には、今や完全に詠唱を完了し、雷の魔術を宿して鮮やかに帯電する"魔法剣"が握られていた。
そしてジャンヌはオーガが何かしらの動きをするよりも速く、まさに電撃的な速度でオーガの喉を刺し貫いた。
「はぁっ!」
「グヌウッ──!?」
オーガがくぐもったうめき声を上げる。うめき声、ということは恐らく、ジャンヌの刺突は気道や脊髄にまで到達していない。
浅い、と思った。オーガの肉は思ったより厚く、ジャンヌの細腕では致命傷を与えることができなかった。
だが、そんなことはジャンヌだって百も承知だったのだ。だからこそ彼女は危険を冒してまで魔法剣を使用した。
「雷よ、爆ぜろっ!」
ジャンヌがそう叫んだ瞬間、オーガの体が強烈に発光した。
外が駄目なら中から倒す。そう、彼女は剣に込められた雷の力を、首の傷口を通してオーガの内側に流し込んだのだ。
「────────ッ!?」
体内で行き場を失って荒れ狂う雷が、堅牢な筋肉に守られて安穏としていたオーガの血管を、臓腑を焼き尽くす。
全身を痙攣させて声にならない声を口から絞り出したオーガは、体じゅうから焦げ臭い煙を上げながら前のめりに倒れこんだ。一足先に飛び降りていたジャンヌは、オーガを顧みることもなくデビルアイを睨み付けていた。
『……化け物かよ、この女』
さしものデビルアイもオーガが倒されることは想定していなかったようだ。
デビルアイは残った魔物たちに自分を護衛するように急いで指示を与え、採石場の奥に引っ込もうとするが、既に手遅れだった。
「『何をしてるんだい?君たちの相手はボクのはずだろう?』」
後方から気障ったらしい声が聞こえてくる。彼もようやく入り口付近にいた魔物たちを倒し終えたのだろう。
その言葉を皮切りに魔物たちの様子が一変する。妙にソワソワする者、激怒して突っ込んでくる者、叫び始める者……デビルアイを除くほぼすべての魔物が、自分自身でも抑えきれないほどに興奮していた。
幻惑魔術の効果は、グロム自身が思っているほど陳腐なものではなかったのだ。
オーガは倒れ、他の魔物も統制を欠き、そしてついに俺の間合いに収まったデビルアイ。すべての条件が揃っていた。
地面に手を添えてクラウチングスタートのような姿勢を取っていた俺は、両足の魔力を全開にしながら、思いきり地面を蹴った。
狙うは首魁ただ1人。他の魔物は後でいい。
足元で空気が弾けるような音が聞こえたが、すぐにそんなことを気にしている暇はなくなった。
景色が飛ぶように流れていく。耳が痛い。風圧で目を開けているのも辛かったが、ここで狙いを外すわけにはいかなかったので、根性で開け続ける。
足の骨が軋み、心臓が早鐘のように鳴り響く。俺はただ無心になって速く走ることだけを考えていた。
朦朧とする意識の中、驚愕に目を見開いたデビルアイがうっすらと見えた。無意識の導きに従って右足を突き出す。
『ヒッ、やめ────!』
足の先が眼球にめり込んで、めり込んで、めり込んで……突き抜ける。
デビルアイの大きな瞳は俺の全体重と最大速度を乗せた蹴撃によってぐにゃりと大きく歪んだ後、水風船のように弾け飛んだ。
ここでだいたい5章の半分。




