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目的の採石場に到着した俺たちだが、正門の前まで来ているにも関わらず、未だ全員が場内に入ることを躊躇っていた。
閑散としすぎているのだ。少なくとも、入り口から覗き見える範囲には何もいなかった。
採石場を両側から挟む形で寝そべっている2つの大きな岩棚は、度重なる切り出し作業を経て人工的な直角の段々を形成しており、それがピラミッドの斜面を彷彿とさせるような階段を形成しながら崖上まで続いていた。上の方にまで目を向けてみたが魔物が隠れている様子はない。
入り口のすぐ傍に建てられていた坑夫たちの休憩小屋では、蝶番の壊れた扉が風に揺られながらだらしなく小屋の内部をさらけ出しており、そこもまた無人だった。
「いないな。奥の方に集まってるのか?」
これ以上先に進んでしまうと、身を隠せる障害物がほとんど存在しない谷底に身を置くことになる。
地の利と数の有利があちらにある以上遭遇戦は避けたかったが、他に選択肢はなかった。
資料によると、この採石場は大きな岩の層に沿って蛇行するように長細い道が続いており、入り口からその全容を把握することができない構造になっている。
もちろん崖の上に登ってしまえば採石場全体を見渡すことができるのだが、その場合魔物たちの注目を集めることになるのは必至だ。
さてどうしたものかと思考を巡らせながら敷地に足を踏み入れた俺たちの前に、突き当たりの曲がり角の奥から、数匹のゴブリンを周囲に侍らせた大きな目玉がフワフワと飛んできた。
『ヒヒヒ……来た来た、馬鹿なニンゲンどもが早速死にに来やがったよ』
直径1メートル以上はある血走った巨大な眼球に、紫色をした1対の蝙蝠羽の付いた魔物が、ニヤニヤという表現が相応しいくらいにいやらしく目を細めた。
こいつが話に聞くデビルアイだろう。口なんてものが存在しないのに頭の中に鬱陶しいキンキン声が聞こえてくるのは念話の類だろうか。
(いきなり段取りが狂ったな……)
攻撃を仕掛ける前に向こうから発見されるというのはあまりいい流れではなかったのだが、俺たちだってこういう場合に備えていなかったわけではない。
ここに来る途中に打ち合わせていた通り、相手に気付かれないようなサインを送り合う。
「おやおや、大口叩いてる割には手下の数が少なくないかな?まさかさっきの道にいた雑魚どもが主力だったのかい?」
先頭のグロムが大げさに手をヒラヒラさせてため息をつく。後ろに向けて振られた手はこっそりと2本指を伸ばしていた。少々演技過剰だが……まあいいだろう。
「いいから早く終わらせましょう。こんなつまらないクエストに関わってる時間なんて私にはないの」
俺の隣にいたジャンヌは神経質そうにつま先で地面を叩いてグロムを急かした。こちらも回数は2。こちらは棒読みだが無理は言うまい。彼女は真面目そうだし、あまり人を謀ることに慣れていないのだろう。
この時点で過半数が第2プランを推した。かくいう俺も賛成なので、俺たちは事前に決めていた計画に従って行動を開始することになった。
「決まりだな。それじゃあ2秒で終わらせよう」
俺は最後の賛成票を投じて開戦を宣言すると、デビルアイに向けて突撃した。
第2プランはリーダー格であるデビルアイの討伐を優先する作戦だ。
魔物たちを魅了しているデビルアイさえ倒せば、残った魔物は種を越えた同盟関係を解消して同士討ちで勝手に数を減らしてくれる。
デビルアイ本人が姿を見せた以上、それを狙わない手はない。
ただ、そんなことは当然奴も承知の上だろう。これ見よがしに現れて護衛もゴブリンだけなんて、罠がありますよと白状しているようなものだ。
俺たちがデビルアイを倒すのが先か、罠に掛かって全滅するのが先か。これはそういう駆け引きなのだ。
予想通りデビルアイは俺たちから逃げるようにして採石場の奥へと飛んでいった。高度を上げることはなく、あくまで俺たちの手が届きそうなギリギリの高さを浮遊しながら。
「逃がすかっ!」
谷底の土を蹴って走り始めた俺たち3人の追跡を阻むように、ゴブリンたちが短剣や斧などそれぞれの武器を振り上げて襲い掛かってくる。
無手ゆえの身軽さから他の2人より体1つ分先を走っていた俺にゴブリンの攻撃が集中する。俺は全身の魔力を一気に解放すると、足を止めることなく突進した。
ゴブリン程度の力ならもはや気功術の敵ではない。俺の体は連中の武器をすべて弾いた後、反動でよろめいたゴブリンたちに体当たりをかまして防衛線を突破した。
「ワイルドだねえ。僕もお株を奪われないようにしないと、ねっ!」
一足遅れて戦線に追いついたグロムは、斧槍で地面を掃くように振り回して、倒れたゴブリンたちにまとめてトドメを刺していた。
重い装備で全身を固めているグロムは追撃戦に不向きである。よって、第2プランに移行した際はその打たれ強さを活用して後方の残敵を処理しつつ退路を確保する……というのが彼の役割だった。
最悪の場合たった1人で敵に包囲される危険も十分にある役割だが、彼は快く引き受けてくれた。理由は「体を張った力仕事って割とポイント高いんだよ」、だそうだ。動機は不純だがどこまでもブレないその姿勢は素晴らしい。
俺は全開にしていた魔力を一旦平常時まで抑え、省エネ状態にしてから走り続けた。
気功術を使えばもっと速く走れるのだが、序盤から飛ばしすぎると後が怖かったし、デビルアイも俺たちを誘い込む意図がある以上、追いつけないような速度は出していないはずだ。
そうして最初の曲がり角を右折した俺とジャンヌが目にしたのは、空中で静止して俺たちを待っていたデビルアイと、その前に整列する夥しい数の魔物たちだった。
ゴブリン、ガルム、スライムと、前回と変わり映えしない連中に加えて、見覚えのある巨大な魔物がデビルアイの傍に鎮座していた。
「オーガまでいるのね。いい鍛錬になりそう」
「ジャンヌはポジティブなんだな。俺は安易にクエストを受けた自分に嫌気が差してきたところだよ」
「言ったでしょう、難度の高いクエストは望むところだって」
この世界にやってきたばかりの俺に魔物という存在の恐ろしさを叩き込んだ身の丈数メートルの大男は、通常の魔物とは桁違いの強さを持つ危険種だ。
こいつの分厚い皮膚と筋肉の前には生半可な攻撃など通用しない。あの時と違って俺も戦う力を得てはいるが、仮に全力でオーガを殴りつけたとしてノックアウトできる自信はなかった。
「ウオオォォォォ……!」
足を折り曲げて屈み込んでいたオーガは、目の前に現れた俺たちに気付くと、もう息を潜める必要がなくなったことに歓喜の雄叫びを上げた。周囲の岩棚が共振するように身震いを始め、崖の上から石ころが落ちてくる。
『ホント、人間界は魔界と違って馬鹿と雑魚しかいねえんだな。まあやりたい放題できて俺としちゃありがたい限りだけどなァ』
オーガの体格と歩行速度を鑑みるに、ここで逃げ出したとしても採石場から出る前に追いつかれてしまう。
しかも敵はオーガだけではなく、俊敏なガルムたちも一緒なのだ。勝利を確信したデビルアイははしゃぐ子供のように羽をばたつかせていた。
ここまで深入りしてしまった以上退却の二文字はないので動揺はなかったが、それよりも俺が気になったのは奴が口にした"魔界"という単語だ。
いい気になって口を滑らせたのか、元より隠すつもりなどないのか、ともかくこのデビルアイは魔界からやってきたのだ。
やはりダンジョンには魔界に関係する何かが存在する。それがダンジョンのどの辺りにあるのか……可能なら倒す前に口を割らせたいものだが、残念ながらそんな余裕はなさそうだ。
オーガが固まっていた体を慣らすかのように腕を軽く回しながら歩き始める。他の魔物たちもそれに続くようにして進軍を開始した。
デビルアイは俺たちを挑発するように空中で飛び跳ねながら、ゆっくりと採石場の更に奥へ後退していく。
この先に第2第3の罠があるとするなら、それはきっとオーガより危険なものに違いない。これ以上奴の好き勝手にさせるわけにはいかなかった。
「まだ逃げるのか……。多少距離があっても、オーガが退いてくれれば何とかなるんだけどな」
あと少し近付くことができればデビルアイは俺の射程範囲に入る。魔力を足だけに集中させて、俺の出せる最大速度でダッシュすれば奴を捉えることは可能だ。
しかし俺の前にはオーガと数十匹の魔物が立ち塞がっており、現状では進路を確保することすら困難だった。
せめてデカい図体で道を占拠しているオーガさえいなければ、リスク覚悟で勝負に出ることもできるのだが……と、俺がそんなことを考えていた時だった。
「それなら、私がオーガを倒すから、その隙にデビルアイを倒してもらえるかしら?」
ジャンヌは怖気づくこともなく当然のように"倒す"という表現を使用した。あのオーガを、アキュートですら皮を裂くのがやっとだった化け物を、彼女は倒せると確信しているのだ。
俺はジャンヌのことを良く知らない。だから彼女の発言はただの自信過剰かもしれない。
それでも俺は、ケルベロスの親玉を倒し、魔物の群れを難なく切り伏せた彼女の力を信じることにした。
ジャンヌの振る舞いには、進むべき道をしっかりと見定めている者の覚悟を感じるのだ。
迷いのない人間は、強い。
そのひたむきさこそが、ジャンヌの強さを支えている……そんな風に思った。
「倒せるさ。倒してみせる。だから、そっちも無事でいてくれよ」
「心配要らないわ。……私は、こんなところで足踏みしているわけにはいかないのだから」
最後の一言だけは、珍しく感情的だった。




