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ようこそ冒険学部へ  作者: 嶋森智也
幕間「けじめ」
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X-1

 森の中に(たたず)む1本の大樹、その根元にしゃがみこんで(くぼ)みの中に体を潜り込ませる。

 太い根っこの下を()いずりながら、長い時間を掛けて自然が形成したアーチ状のトンネルを抜けて、俺はその場所に戻ってきた。

 ここを出てからまだ1か月も経っていないというのに、随分と久しぶりな気がした。それだけ濃密な時間を過ごしてきたということだろう。

 俺は緊張で不規則に脈を刻み始めた心臓を落ち着かせながら、続いてトンネルを抜けてきたプリムラに声をかけた。


「そういえばプリムラ、もう足は大丈夫なのか?」

「全然平気だよ。っていうかソウタの方が痛そうだけど、もしかして怪我してたの?」

「これは筋肉痛だよ」


 俺の下半身は昨日プリムラを背負っておよそ半日走り回った影響で悲鳴を上げていた。ラオフー先生からは功夫が足りないと言われたが返す言葉もなかった。

 気功術を習得してからこっち、自分でもそれなりに強くなったつもりだったのだが、実際はまだまだ半人前のままだったようだ。

 気功術の研鑽や基礎体力の向上ももちろんだが、"悪魔の胃袋"ではそれ以外にもいろいろと自分に足りていない部分を自覚することができた。

 だが、今の俺には弱点克服よりも先にやらなければならない重要な宿題があった。


「全然変わってないなぁ……ってまだ2週間なんだから当たり前か。懐かしいね」

「……そう、だな」


 洞窟の中は相変わらず何の変哲もない土と岩だらけの空間が広がっていた。入り口から入り込んだわずかな風が土埃を巻き上げ、俺たちの元に湿っぽい大地の匂いを運んでくる。

 奥には緩やかなカーブを描く幅6~7メートルほどの円筒形に近いトンネルが続いており、俺たちが来た時と同じく紫色の瘴気の塊が所々でネオンサインのように怪しげな輝きを見せていた。

 ここは、俺がこの世界に来てはじめて訪れたダンジョンなのだ。

 ロクに事情も分からず否応なしにこの世界に転移させられた俺は、この洞窟でプリムラやアキュートと出会い、そしてヴィエッタ学園に入学することになった。


「昨日ソウタが言ってた"付き合ってほしいところ"ってここだったんだね。でも、なんで今更ここに?」


 プリムラの疑問はもっともだ。

 俺たちがオーガと戦ったあの一件の後、長らく認知されていなかったこの洞窟は学園側によって一通り調査されていた。

 しかしながら、この洞窟から目新しいものは何1つ発見されず、下層に続く道も天井の崩落によって閉ざされてしまったため、今やこの洞窟は他のダンジョンと切り離され、その結果"ダンジョンである"という扱いすら受けずにただの洞窟とみなされ放置されていた。

 だから、普通の冒険者がここに来る理由はない。いるとすればそれはよほどの間抜けか、ダンジョンではなくこの洞窟そのもの(・・・・・・・・)に用がある変わり者だけだ。


「ちょっとした野暮用だよ。でも、その前にプリムラに話しておきたいことがあるんだ」

「秘密の相談事かな?いいよ、このプリムラお姉さんにどんと任せて!……なんてね」


 冗談めかして胸を張るプリムラの無邪気さに少しだけ心が楽になった。

 本来の目的を果たす前準備にすらこれほど身構えてしまうのだから、いざ"その時"が来たら心臓麻痺でも起こしてしまうかもしれないな、と俺は自嘲した。

 とにかく、まずは最初の1歩だ。ここに1人で来る勇気すら持てなかった意気地なしの俺に、嫌な顔一つせず着いてきてくれた彼女に敬意を表して、すべてを打ち明けよう。


「……俺は、異世界からやってきたんだ」


 けじめを、つけよう。




 俺はここに至るまでの経緯を包み隠さず話した。

 この世界に転移してきたこと、地球や日本のこと、自分のこと、家族のこと……。

 かなり脇道に逸れた話もしたが、プリムラは真剣な表情で聞いてくれた。

 そして最後に俺がプリムラに出会ったところで話を終えると、プリムラは大きく感嘆の息を吐いた。


「ソウタって波乱万丈の人生だったんだね。なんかビックリしちゃった」


 プリムラの反応は俺が予想していたより軽いものだった。もっと困惑したり怖がったりするとばかり思っていただけに、逆にこちらが拍子抜けしてしまった。


「信じてくれるのか?異世界とか割と突拍子もないことを言ってると思うんだが」

「当たり前だよ。だってソウタは私に嘘ついたりしないって分かってるから」


 こういう純真さは彼女の美点でもあるのだが、ここまでストレートに信頼を寄せられるとこれはこれで気恥ずかしい。


「その、ありがとう。正直気味悪がられたりするかと思ってた」

「大丈夫、そんなことしないよ。ソウタはいい人だもん。

 それにリラ先生から外国生まれって話は聞いてたし、私もクリシュカの外なんて知らないから、良く考えたら外国も異世界もそんなに変わらないかなぁ……って思って」


 俺が魔物かもしれない、などという疑念は、プリムラには想像もつかないことだったようだ。改めて良い友人を持ったと思う。

 背中を預け合う仲間に対して隠し事をしているというのはあまりいい気分ではなかったので、この機会に負い目を清算できたのは純粋に喜ぶべきことだった。

 いずれは他のみんなにも話すつもりだが、その時にどのような結果になったとしてもプリムラは味方でいてくれるだろうという安心感が俺の心を温かくしていた。


「ん、とりあえずこの話はこれでおしまいだね。それじゃあ、次は野暮用っていうの済ませちゃおっか」


 プリムラが木製の杖を構え直して洞窟の奥に視線を向ける。前の杖はスライムに溶かされてしまったので、今の彼女は予備の小さな杖を片手で扱っていた。

 さあ、ここからが本番だ。何が起こるのか分からないし、何も起きない可能性も十分あるが、とにかく俺は自分の意思を明確にするため、ここに来た目的を口にした。


「プリムラ、これから俺と一緒に異世界に通じる穴を探してほしい。俺の世界に帰るための手がかりが、ここにあるかもしれないんだ」


 それが、この洞窟に来た本当の目的だった。

 俺は元の世界で謎の穴に落ちて、この場所に放り出された。あの穴がこちらの世界にも存在するのなら、順当に考えてここが1番怪しい。

 しばらくの間無表情で口をつぐんでいたプリムラは淡々とした声で「そっか」と言うと、帽子を目深に被り直した。


「そうだよね。仲が悪くても、家族だもん。お父さんとお母さんのところに帰りたいに決まってるよね」

「……いや、どうなんだろう。その辺は本当に分からないんだ。あの家に帰りたいのか帰りたくないのか、自分の中で答えが出てない」

「えっ、ど、どういうこと?帰るの?帰らないの?どうなの?」


 なぜか俺の胸に縋るようにして詰め寄ってくるプリムラをひとまず落ち着かせてから、俺はここ最近心の中に浮かんでいたことを整理して吐き出していく。


「ここでの暮らしは楽しいよ。周りはみんな個性的だけど優しい人ばかりだし、冒険者って仕事も悪くないと思えてきた。

 生き甲斐、っていうのかな、この世界に来てからはそういうものを感じられるようになったんだ。

 ……だからこそ、このままじゃ駄目なんだ」


 俺は自分の意思とは関係なく、無理矢理この世界に飛ばされてきた。それは俺にとって非常に好都合なことだった。

 孤立した環境から、そして父さんと母さんから、見えざる何者かの手によって苦しみから解放された俺は、すべてを忘れてこの世界を存分に満喫していた。帰れないのだから仕方ない、と自分を誤魔化しながら。

 だが、それは自分の過去から目を背けて逃げ続ける卑怯な生き方だ。そんな情けない人間が冒険者を名乗ることは、冒険者すべてを侮辱するような行いに等しい。

 冒険者とは、未知と危険に挑む勇気ある者たちの称号なのだから。


「俺は冒険者になりたい。肩書きだけのまがい物なんかじゃなくて、本物の"冒険者"としてこれからもみんなと一緒に歩んでいきたいんだ。

 そのために、もう1度あの世界に戻って、父さんと母さんに会いに行く。会いに行って、ちゃんと話をしておきたいんだ。

 ……今度は、逃げない」


 たとえどんな言葉を投げつけられたとしても、認めたくないような事実だったとしても、向き合って、受け止めないと、俺はきっと前に進めない。


「俺は元の世界に帰らないといけない。でもそれは故郷が恋しいからとか、それが在るべき形だからとか、そんなものじゃなくて──」


 これは必要な儀式だ。ただの子供だった俺が、この世界で懸命に生きている仲間たちと肩を並べるための。


「──決着を付けたいんだ。自分の過去に、自分自身の手で。いい加減なままで放置したくない。

 そして、それが終わったら今度こそ、自分の意思でここに戻ってくる。みんなのいる、この世界に」


 お仕着せの幸福なんていらない。我儘(わがまま)な俺は、もう1度納得のいく形でこの出会いをやり直したいのだ。

 それが俺なりに考えた末に決めたけじめのつけ方だった。


「……それじゃあ、これでさよならじゃないの?」

「ああ。正直帰る方法も分からないし、またここに戻ってこれるのか確証もないけど……それでも、約束する。何があろうと、どんな手を使ってでも、絶対に」


 そして、俺の話を最後まで聞いてくれたプリムラは、たぶん今まで見た中で最も輝かしい笑顔を見せてくれた。


「そっか。そっかそっか!それじゃあ早く行こうソウタ。きっと帰り道なんてすぐ見つかるよ。ほら早く!」

「……ありがとう、プリムラ」


 洞窟の奥まで駆け出していったプリムラが体全体で手を振るようにして俺を招いていた。その姿を見て、俺は自分の選択が間違っていなかったことを確信した。


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