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ナギアの機転によってスライムの包囲網を抜けた俺たちは、他の面々と合流した後大急ぎで"悪魔の胃袋"から脱出した。
出口に辿り着くまでの道中でも何度かスライムによる襲撃に遭いはしたが、連中の習性が分かった以上もはや俺たちが遅れを取ることはなかった。
特にナギアの活躍には目を見張るものがあった。
彼が限界まで探知魔術を使い続けてくれたおかげで、俺たちは奇襲を受けたり包囲されることもなく無事に地上へと帰還することができたのだった。
「いつもながら地上に出るとホッとするわね……。ここも安全じゃないけど、下よりはずっとマシ」
「マジで疲れた……。金貨1000枚積まれようが2度と行かねーぞこんなクソダンジョン」
地上に出た俺たちはすぐに手近な丘を登り見通しのいい場所に陣取ると、洞窟の入り口を油断なく監視していた。
俺たちを追ってスライムがゾロゾロと出てくるんじゃないかと思ったが、しばらく待ち続けても一向にその気配はなく、安堵した俺たちはここではじめて探索の成功を確信した。
「今度こそクエスト完了、だね。みんな、今日はほんとのほんとに、お疲れさま!」
プリムラが思い思いの形でリラックスしている仲間たちに労いの言葉をかける。
彼女の足はナギアの白魔術によって既に治療済みなのだが、再び炎症を起こさないように大事を取って俺が背負い続けていた。
途中、相当腰にきていることを感付いたアキュートがそれとなく交代を申し出てきたが俺は断った。
ここまで来たら最後まで自分1人でやり遂げたいという良く分からない意地のようなものが俺の中に湧き上がっていた。その意地によって俺は後日筋肉痛に悩まされることになるのだが、今その話をするのはやめよう。
それより気になっているのはナギアのことだ。どのような心境の変化があったのか知らないが、ダンジョンの中で再会してからの彼は以前とはどこか違って、いい意味で肩の力が抜けているように感じる。
「そのローブ、ボロボロになっちゃったけど大丈夫なのか?かなり高そうに見えるんだが」
「また買えばいいさ。それに、これが最善の手段だったからね。
最初はハンカチを切り分けて使ってたんだけど、途中で使い切っちゃったし、リンの服を破くのはマズいだろ。アキュートのコートでも良かったんだけど、あいつ、あからさまに嫌そうな顔してたから」
「まあ、さすがにアレはな……」
他に選択肢がなければアキュートも承諾しただろうが、彼とて形見の品を傷物にするのは気が進まなかったようだ。
「とはいえ、こんな泥臭い真似は今回限りにしたいね。次はもっとスマートにやるさ」
「次って、また探索に行くのか?確か興味ないって言ってたような気が」
「その気持ちは変わってないよ。でも、それはそれとして──」
そこで一旦話を区切ると、ナギアは丘のてっぺんで大の字になって寝転がっているアキュートに目をやって、笑った。
「──あいつにだけは、負けたくないんだ」
その言葉はダンジョンの中で聞いたものとは少しだけニュアンスが違ったが、俺はそれ以上追及しなかった。
地平線の向こうに顔を隠しつつある太陽は、最後の力を振り絞って世界じゅうを真っ赤に染め上げながら1日の終わりを演出していた。
夕焼けに照らされて目映く輝く尾根と、一足先に夜の帳が落ち始めている谷間、その2つが綺麗なコントラストを作り出しており、俺は今更ながらこの丘陵地帯が絶景の1つとして数えられている所以を実感していた。
しばしの間、大自然の作り出した壮大な光景に魅入っていた俺の耳元で、プリムラがそっと囁いた。
「ねえソウタ。ソウタはいい思い出なんて後からいくらでも作れるって言ってたけど、やっぱりそれは間違いだよ」
「間違い?」
「うん。……だって私ね、今日のこと絶対、一生忘れられないから」
確かに印象深いクエストだった。怖い思いもしたし1歩間違えれば危うく死ぬところだったが、それでも今回の一件を経て俺たち5人の絆が更に深まった気がしていた。
そうして俺たちは次なる冒険に思いを馳せながら、沈みゆく夕日をじっと見つめていた。
俺は学園に帰ってからもクエストの報告に行ったり異臭が染み込んだ服を洗濯したりと忙しなく動き続け、結局一息つけるようになったのは夜半も過ぎた頃だった。
今日1日で蓄積した疲労がピークに達していた俺は、寮のロビーに設置された横長のソファにだらしなく腰掛けて風呂が空くのを待っていた。
寮の浴室は多人数で利用できるだけの面積を有しているが、なにぶん1つしかないため男女別に利用可能な時間帯が分かれているのだ。
「深夜帯ぐらいはフリーな時間にしてくれてもいいと思うんだけどな……」
「それだと女の子が安心して入れないでしょう?体に自信がなくて人の多い時間に入りたがらない子もいるんだから」
一足先に入浴を済ませたリンが浴室の扉から顔を見せた。彼女は白い薄手のワンピース1枚で出てくると俺のすぐ隣に腰を下ろした。白いうなじから沸き上がる蒸気が俺の頬を撫でる。
「今日はありがとう。プリムラが無事で帰ってこれたのはあなたのおかげよ。私とプリムラだけで探索に行っていたらと思うと、本当にぞっとするわ」
「わざわざ礼を言うほどのことじゃないさ。仲間を助けるのは当然だし、持ちつ持たれつって前にも言っただろ」
「素敵。謙虚なのね、私の騎士様は。別に我儘を言ってくれてもいいのよ?プリムラには内緒にしてあげるから」
「リンに借りを作るのはリスクが高すぎるんだよ。それでもあえて言わせてもらうなら騎士様ネタはそろそろやめてほしい」
「それは無理ね」
まともにやり合っても勝ち目はない。俺の方に体を向けてこれでもかとばかりにからかってくるリンに対して俺は見ざる言わざる聞かざる作戦に徹することにした。
リンは無反応になった俺の脇腹をつついたりしてしばらく遊んでいたが、それにも飽きると胸元に引っ掛けていたブラシを取り出して髪の手入れを始めた。
リンが興味を失ったことで内心胸を撫で下ろしていた俺だったが、彼女がぽつりと漏らした台詞が今度は逆に俺の興味を引いた。
「……それにしても、どうしてあんなところにスライムがいたのかしら。"悪魔の胃袋"にスライムがいるなんて、資料には一言も書いてなかったのに」
「他のダンジョンから移動してきたんじゃないか?ダンジョンは奥で1つに繋がってるって話を以前に聞いたけど」
「それは仮定の話よ。もしそうだとしても、スライムが生息しているダンジョンはあそこからずっと離れた場所よ。現実的じゃないわ」
"悪魔の胃袋"にいたスライムは10匹や20匹なんて数じゃなかった。あれだけの群れが数々のダンジョンを経由してはるばるあの場所までやってきたというのは確かに考えにくかった。
未踏査の下層から上がってきたという可能性もあるが、100年間地下深くで燻っていたスライムたちがなぜ今になって大移動を始めたのかという疑問が残る。
まるでどこからかダンジョンに入り込んでしまって気の向くままに進むうちに、たまたま自分たちにぴったりの場所を見つけたのでそこに住みついた……という感じに思えてならない。
少なくとも俺は、"悪魔の胃袋"の生態系を一変させてしまったスライムが最初からあの近くに潜んでいたとは考えていなかった。
(ダンジョンは魔界に繋がっているかもしれない、か)
きっと、ダンジョンという存在はダンジョンだけで完結していない。
あそこには存在するのだ。魔界に通じる……異世界に通じる"穴"が。
かつて地球にいた俺を飲み込んだような、あの真っ黒い穴が。
4章はここで終わりです。




