X-2
「……意気込んでみたはいいものの、本当に何もないな」
「ちょっと前に先生たちが調べた後だからね」
天井のヒビ割れから壁の染み1つに至るまで、怪しげなところをひとつひとつチェックしながら俺たちは歩いていた。今のところ収穫はゼロだ。
何も道のど真ん中に例の穴がデカデカと開いているとまでは考えていなかったが、そうでないにしても、もう少し何かあるだろうと楽観視していた節はあった。
周辺に俺たち以外の気配はない。この洞窟は元々が1本道なうえ、既にダンジョンから隔離されている場所なので、前回来た時に倒したゴブリンとオーガが最後の魔物というわけだ。
もしかすると瘴気も霧散しているのではないかと思って照明用にオイルランプを持参してきたのだが、通気性が悪いおかげなのか、瘴気の塊はそれほど急激に数を減らしてはおらず、洞窟内部はまだ探索に支障が出ない程度には明るさを維持していた。
「それにしても……どうしてソウタがこの世界に来ちゃったのかな。普通に暮らしてた人がいきなり他の世界に転移するなんて話、こっちでは聞いたことないけど。もしかしてソウタの世界では良くあることなの?」
「そんなことはない、と思う。だからきっと、こっち側の世界に何か原因になるものがあるはずなんだ」
日本国内だけでも毎年大勢の失踪者が出ているらしいので、案外その内の何人かは俺のように異世界に飛ばされているのかもしれないが、そんなことを気にし始めたらキリがない。
俺が異世界を移動できるような特別な力を持っている……なんてこともないだろう。いくらかの偶然による部分もあるだろうが、やはり何者かが俺をこの世界に喚び寄せたと考えるのが自然だった。
「原因って、たとえば?」
「そうだな……召喚術、とか」
今のところ、この推測が俺の中での最有力候補だった。学部長は懐疑的だったがこれ以外に辻褄の合う説明が思い浮かばないのもまた事実だ。
あの日、俺の前に何の前触れもなく現れた黒い穴……そして、あの時に聞こえた謎の"声"に引っ掛かるものを感じていた俺は、ヴィエッタ学園に入学してからも折を見て召喚術に関する知識を集めていた。
さすがに禁呪扱いされているだけあって具体的な術式はどの書物にも記されていなかったが、その大まかな内容については知ることができた。
召喚術。異なる2つの世界を隔てている障壁に穴を開け、異世界に住む人々と交信したり、またこちらの世界に喚び出すための魔術。高位の召喚術師は対象の召喚や送還だけでなく、自ら世界間を行き来することもできたという。
「俺がこの世界の言葉を理解できるのだって、召喚術の一種だと考えれば納得がいくって学部長も言ってたんだ。まあ、召喚術は禁止されてとっくに滅びたとも言ってたんだけど……」
「どうして無くなっちゃったんだろうね、召喚術。いろんな世界の人とお話したり向こうにいる人と会ったりできるんでしょ?楽しそうだと思うんだけどなぁ」
「異世界同士が交わるっていうのは必ずしもいいことばかりじゃないんだよ。特にこの世界は魔界に近いらしいから」
俺が調べた書物には召喚術が禁止されるようになった経緯も書かれていた。
召喚術を編み出した人々は、その力に溺れた。
彼らは強力な異界の生物を次々とこの世界に喚び出して、私利私欲のために使い始めたのだ。
召喚された生物の多くは位相的に最も近しい世界……魔界から来た者たちだった。彼らは後に"魔物"と呼ばれるようになる。
凶暴で狡猾な魔物たちを当時の召喚術師が制御しきれるはずもなく、大陸の生態系は野生化した魔物という外来種によって滅茶苦茶に破壊された。
それでも人々は召喚術という無限の可能性に満ちた技術を後の世に残していこうと、厳しい管理体制を敷きながらも存続させていった。
しかし召喚術による被害は後を絶たず、魔界に棲む悪魔や、魔王と呼ばれる高位の魔物たちに唆された召喚術師が数々の事件を引き起こしていった。
そして、多くの大惨事を経験した末に、人類はようやく召喚術を封印することを決心した。それが約1000年前のことである。
封印したといってもかつては大陸じゅうに広まっていた技術だ。今でもどこか人知れぬ場所で召喚術がひっそりと生きていることがないとは言い切れない。
もっとも、誰かが俺を召喚したと仮定するならば、その召喚術師がなぜ肝心の俺を放置してどこかに消えてしまったのかという疑問は残るが。
「良識のある人間が慎重に扱えば便利な技術ではあるんだろうけど、万一の場合に発生する被害が大きすぎるから、禁止されるのも仕方ないんじゃないかな。
……と、もう1番奥まで来たのか。意外と早かったな」
大量の土砂によって通路が塞がれている地点まで来た俺たちは行き止まりの前で足を止める。
この場所もまた、かつてオーガの攻撃によって崩壊した時と変わらぬ状態で放置されていた。
「この洞窟ってこんなに短かったんだな。前よりもじっくり観察しながら進んだつもりだったんだが」
「ソウタってば、あの時は洞窟じゃなくて私のスカートばっかり観察してたよね」
バレていた。女性は男性の視線に敏感だというが、まさかここで話を蒸し返されるとは……。
「とりあえず釈明をさせてください」
「どうぞ」
「あれは単に俺の世界では珍しい服だから気になってたというか、ミニスカートで洞窟なんて入って汚れたりしないのかなって思って見てただけだから。誓っていやらしい意図じゃないんだ」
「本当に、これっぽっちも興味がなかったの?」
「……まあ、多少は」
「うんうん、素直でよろしい」
俺の自白を聞き届けたプリムラはどこか誇らしげな顔で頷いている。どうやら俺は許されたようだ。
「私もこの服気に入ってるんだ。可愛いよね。ソウタの世界ではこういう服はないの?」
「あるにはあるけど、コスプ……特別な人が特定の催しでしか着ない、ドレスみたいな扱いになるのかな」
プリムラはトップスと一繋ぎになっている紫色のフレアスカートの端っこを俺に披露するように摘み上げた。本人に自覚はないのだろうが見えそうで危なかったので俺は視線を逸らした。
もう少し恥じらいというものを持ってくれないと彼女の今後が心配になる。もしやリンあたりが妙な知識を吹き込んでいるんじゃないだろうか?
「ドレスかぁ……それは凄いね。だからソウタも喜んでたんだ」
「その言い方はあらぬ誤解を生むからやめてくれ……」
遠回しな表現でコスプレと言ったのだがプリムラはもっと高尚なイメージを思い描いているようだった。
無事セクハラ疑惑も消えた(むしろ勘違いは深まったのかもしれないが)ことだし、俺は気を取り直して調査に戻った。
とはいえ、ここまでの道中には何もなかった。魔物も、黒い穴も、それ以外の人目を引くような何かも一切存在しなかった。
「うーん、結局それっぽいものは見つからなかったね。この先は埋まっちゃってて進めないし」
「俺の見込みが甘かったな。無駄足を踏ませてすまない」
「気にしないの。何もないってことが分かったから1歩前進だよ」
「なるほど、そういう考え方もあるのか。
……それとは関係ないんだが、ダンジョンの入り口全部をこんな風に埋めれば魔物問題は解決するんじゃないかってことを今思い付いたんだが、どう思う?」
「ダンジョンが見つかってすぐの頃に試してみたらしいよ。そうしたら別の場所にどんどん新しい穴を掘られて逆に入り口の把握が難しくなったんだって」
ままならないものである。魔物たちも狭くて薄暗い地下に籠っているより太陽の光溢れる地上に出たいのだろうか。
この100年間、クリシュカの人々はあの手この手でダンジョンの魔物を封じ込めようとしたが、どの試みも大した成果を上げることはなかった。
魔物たちは日を追うごとに数を増やし、クリシュカ全土を覆いつつある。
(……なら、ダンジョン発見以前は?)
100年前に魔物が大量発生し、調査の結果ダンジョンの存在が明るみになったと俺たちは教わっていた。つまりそれ以前にダンジョンから魔物が出てくることはなかったということだ。
そればかりか、クリシュカの地下にあのような地下洞窟が広がっていること自体、誰一人として知らなかったのだ。
ダンジョンの入り口がどれだけ人里離れた場所にあったとしても、あんなに大きな穴があちこちで口を開けていたのに誰も興味を示さなかったというのは極めて不自然だ。
ダンジョンには何か大きな秘密が隠されている。そして、その秘密は俺がこの世界に喚ばれた理由と無関係ではないはずだ。
「それなら、やっぱりダンジョンを巡るしかないか」
「ダンジョンを?」
隠し扉でも探していたのだろうか、神妙な顔で近くの土壁を叩いていたプリムラが俺の独り言に反応して顔を上げた。
「魔物っていうのは元々は魔界……つまり異世界の生物なんだろ?
ダンジョンが魔界に繋がってるって仮説が本当なら、俺も魔物も、他の世界からダンジョンを経由してこの世界にやってきた点は共通してる。
魔物がダンジョンから出てきたこと、そして俺がこの世界に来たことは、たぶん1つの線で繋がってると思うんだ」
「それじゃあ、ダンジョンの謎を解き明かせばソウタが帰れる方法も分かるってこと?」
「可能性は高いと思う」
我ながら大きく出たものだ。ダンジョンと魔物発生の真相は、この100年クリシュカじゅうの賢者が頭を捻っても答えを導き出せなかった難問だ。新人冒険者には荷が重すぎる。
だが、立ち止まっているよりはずっといい。眼前に聳え立つ壁は山のように高いが、少なくとも俺はそこから目を背けていなかった。
「各地のダンジョンに入って、とにかく何でもいいから手がかりを探す。どこが怪しいのか見当もつかないから、手当たり次第に行くしかないのが困りものだけど」
「焦らない焦らない。いろんなクエストを受けてればそのうちアタリを引くよ。地道に行こう?」
調査に進展はなかったが、今後の方針は明確になった。
要は冒険学部の生徒としてこれまで通りにやっていればいいのだ。ただ、心構えは真逆だった。逃げるためではなく、立ち向かうために。
俺たちは来た道をそのまま引き返し、洞窟の外へと──
あなた──穏や─────────界に────なら、私─それで──。
「……何だって?」
今、確かに女性の声が聞こえた。
振り向いて周囲を見渡してみるが、声の主は見当たらない。
そういえば、この世界に通じる黒い穴に落ちた時も、女性と思しき誰かの声が聞こえていた。俺は、それこそが俺を召喚した張本人だと考えていた。
「誰か、いるのか?」
返事はない。
この洞窟に身を隠す場所などないのだから、誰かが潜んでいるとは考えにくい。だが、断じて空耳ではなかった。
「ソウタ、早くしないと置いてっちゃうよー!」
洞窟の入り口で俺の到着を待っていたプリムラが大声を上げる。俺は腑に落ちないものを感じながらこの洞窟を後にした。
……実は、探していない場所がもう1つだけあった。
プリムラが言うには、俺は落盤跡にある岩と岩の隙間に挟まっていたらしい。だからあの時の彼女は俺が落盤に巻き込まれたのだと早合点してしまった。
しかし、先ほど道すがらに確認したところ、崩れた箇所に積み上がっていた土砂の上にはびっしりと苔が生えており、実際に落盤が起きたのはかなり前だということが判明した。
土砂の下に何が埋まっていたのか、今となっては誰にも分からない。
「……まさか、な」
やはり、この場所には何かがある。
俺はいずれまたここに来ることになるのだろう。そんな予感がした。
幕間ここまで。




