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ここだけ別視点です。
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豪商の家に末子として生まれたナギアは小さい頃から雰囲気や感情に流されず冷静に物事を見極める能力に長けていた。
それゆえにしばしば大人たちから可愛げのない子供だと思われることもあったが、彼自身はその生き方に満足していた。
厳しい社会を渡り歩くために必要なのは勢いや運ではなく、論理的な根拠に基いた行動だということを商人である父親の姿から学び取っていたのだ。
だから自分に魔術の才能があると分かった時、ナギアは迷うことなく魔術に人生を捧げることを決断した。
父の仕事を継ぐことにまったく未練がないわけではなかったが、実家には商才に優れた兄たちがいたし、兄弟で同じ道を進んで限られた市場を食い合うよりも、魔術という特殊な技能を習得して別方面から家を支えた方が効率がいいと思ったのだ。
白魔術を選択したのも、魔物による被害が頻発するクリシュカでは治療や解毒といった癒しの力が求められる機会が多いだろうし、診療所でも開けば危険なダンジョンに行かずとも生計を立てることができるからという理由だった。
星魔術に関してだけは受講者不足に嘆くリラ先生に押し負ける形で渋々受けたのだが、これはこれで測量などに役立つかもしれないと考えていた。
ナギアはいつ何時でも己の知恵と理性で正しい道を選び取ってきた。それが彼の信念であり矜持でもあった。
……だからこそ、あの男を認めたくなかった。
アキュートという人間は無駄と不合理の塊だった。授業は寝てばかりで性格も粗暴、軽率な言動で自分からトラブルを呼び込むことだってしょっちゅうだ。
それだけならまだいい。馬鹿1人が馬鹿をやって破滅しようがそれは個人の自由だ。
ナギアが許せないのは、アキュートの行動が結果的にとはいえナギアの導き出した理論を上回ってしまったからなのだ。
はじめてダンジョン実習が行われた際、ナギアはアキュートとタッグを組んで魔物を討伐することになった。
ナギアが魔物を追い込むための作戦を立案し、アキュートが実行する。
最初はアキュートも大人しくナギアの話を聞いていたのだが、いざ魔物と戦う段階になった途端、彼は打ち合わせにない行動を取り始めたのだ。
本人曰く「その方が上手くいきそうだった」とのことだが、ナギアにしてみればせっかく立てた作戦を勝手な行動で台無しにされたようなものである。
それで討伐が失敗したのなら腹の虫も収まったが、こともあろうにアキュートは魔物を倒してしまった。しかも、ナギアが当初想定していたよりも短い時間で。
衝撃的だった。その場のノリと勘だけを頼りに生きるアキュートに負けることは、ナギアの価値観を根底から揺るがしかねない事態だった。
(絶対まぐれに決まってるさ。次こそは勝ってみせる。あんな適当でいい加減な奴に、負けてたまるか──!)
実力でアキュートに打ち勝って自らの正しさを証明するために。ナギアがアキュートを不倶戴天の敵に定めたのはその日からだった。
「おいおい、まだ終わらねえのかよ?時間ねーんだから早くしてくれよ」
「今集中してる最中だから静かにしててくれないか!?」
小刻みに体を揺らしながらこちらに野次を飛ばしてくるアキュートを怒鳴りつけると、ナギアは洞窟の壁に手を押し当て、探知魔術の詠唱をするため精神を研ぎ澄ませていった。
ソウタとプリムラが穴の奥に消えた後、ほとんどのスライムは彼らを追って穴に入っていったのだが、それでも一部はターゲットをナギアたちに変更して襲い掛かってきた。
これまでに通過してきた道にも相当数が隠れていたらしく、ナギアたちも入り口方面から大挙して現れたスライムに追いやられて別ルートでダンジョンの奥に逃げ延びていた。
「プリムラ、大丈夫かしら……。杖なしでも魔術は使えるはずだけど、さすがにあの数はちょっとね」
「ソウタもいるんだし逃げるだけなら余裕だろ。他の魔物はあのスライムどもが完食しちまったみたいだしな」
既に大剣を背中の鞘に収めているアキュートが投げやりにぼやく。溶解液で体を覆っているスライム相手に戦士であるアキュートの出番はない。彼は両手を頭の後ろで組みながら靴のかかとで地面を蹴っていた。
「ちょっと、変な音立てないで。あいつらに聞こえたらどうするの?」
「耳がないんだからどうせ聞こえねーよ」
アキュートの発言は根拠のないものではない。現にスライムたちは壁際にいる3人のある程度近くまでは来たものの、その具体的な位置を知ることができずに辺りをあてどもなくうろついた挙句、揃ってどこかに行ってしまった。
連中はどうやら視覚や聴覚以外の感覚に頼っているらしい。あからさまにソウタたちを優先していたのもその辺に理由があるとナギアは推理していた。
(クソッ、僕がもっと早くに気付いていれば……)
現状ではナギアたちにスライムを倒す手段は存在しない。頼みの綱はプリムラだが、彼女の魔力量ではすべてのスライムを倒す前に魔力が尽きるだろうし、第一彼女がどこにいるのかも分からないのだ。
逃げ出す前にスライムの習性を把握できていたなら無駄な体力を使わずに済んだというのに……。ナギアは歯噛みしながら自身の失敗を悔やんでいた。
そもそも、魔力をケチらずに最初から探知魔術を使用していればスライムの奇襲を受けることはなかったのだ。今回の事態はプリムラの勇み足も原因の1つだが、初級者用のダンジョンごときと甘く見ていたナギアのミスでもあった。
よりにもよってアキュートが同行するクエストで失敗を犯してしまったという事実もまたナギアを動揺させていた。
仮にこの窮地を脱したとしても、その後にパーティの面々から、特に自分を嫌っているアキュートから己の怠慢を糾弾されるであろうことが彼にとっては何よりも恥ずかしく、悔しかった。
それでも、まだ挽回は可能だ。ナギアには星魔術がある。洞窟の構造と敵の位置が分かればこの鬱陶しい煙もスライムも問題ではない。はぐれたソウタたちもすぐに見つかるはずだ。彼はそう考えていた。
「『星よ。我らが母よ。愛し子に鷹の目を授けたまえ』……よし、これで──っ!?」
しかし、無事に星魔術を発現させたナギアは完成した魔法の地図を見て愕然とした。
地図上には生命体を示す光点が数え切れないほどに、それこそダンジョンじゅうに散らばっていたのだ。
その密度もてんでバラバラで、光点が密集しているところもあればまばらになっているところもあり、一目見た限りではどれがソウタたちを示す反応なのか判別するのは不可能に近かった。
「この辺りの構造は分かったけど……これじゃあどこから探せばいいのかサッパリね」
リンもまたこれからの行動を決めかねていた。
彼女は単独での潜入工作を得意とする隠密学科に所属している。自分ならスライムたちに見つかることなくソウタたちを捜索することができるかもしれないが、付近を虱潰しに探すのはあまりにも非効率だ。ミイラ取りがミイラになる可能性すらある。
だからといってこのまま手をこまねいていれば間に合わなくなってしまう。あの愛すべき友人たちを失うなど、絶対にあってはならないことだった。
「ど、どうしよう?こういう時はどうするんだっけ?確か、授業では……」
ナギアは混乱していた。この状況は既に自分のキャパシティを越えている。ここからどう動くのが最善なのか経験の浅い彼には皆目見当がつかなかった。
このような場合の対処法も星魔術学科の授業では教えていたような記憶があったが、探索に興味がなかったナギアは適当に聞き流していた。
冒険者になるつもりのない自分には不必要な情報だと高をくくっていたのだ。これでは居眠りするアキュートを笑えない。
「どうしよう……あの2人にもしものことがあったら、僕のせいだ……!」
「まだ何かあったと決まったわけじゃないでしょう。1人で抱え込むことなんてないわよ。ほら、顔を上げて」
どうしよう、と繰り返しながら目に涙を滲ませるナギアの頭をリンがあやすように撫でる。ナギアはここに至ってはじめて自身の未熟さを認識した。
魔術が使えて、少々他人より知恵が回るのかもしれないが、それでもナギアはまだ子供なのだ。自分の手に負えない困難を前にして泣くことしかできない。
情けなさで心がいっぱいになり、ダンジョンの真っただ中でべそをかいている自分を馬鹿にしているであろうアキュートの顔をまともに見ることができなかった。
そんな彼らの横で、先ほどからずっと神妙な顔で魔法の地図を見つめていたアキュートがようやく口を開いた。
「──うっし。大体覚えた。んじゃ行こうぜ」
ナギアとリンはポカンとした表情でアキュートを見つめていた。この男は2人の会話などまったく聞いていなかった。地図だけを見ていたのだ。
「行くって……どこに行くのよ?この中のどれがソウタやプリムラの反応なのか私たちには分からないのよ?」
「じゃあ全部確認すりゃいいじゃん。どれかがアタリなんだから総当たりすりゃ確実だろ」
「君は馬鹿か!そんな無謀なことをしてたら逆にこっちがスライムに囲まれておしまいだ!」
「ここでウダウダやってるより有意義だと思うがな。まあいい。じゃあ俺1人で行くからお前らはここで待ってな」
「ま、待てよ!」
慌てたナギアは踵を返して奥に向かおうとするアキュートを、コートの裾を引っ掴むことで強引に止めた。面倒くさそうな顔でアキュートが振り返る。
「勝手な行動はするなよ!1人で行って2次遭難が起きたらどうするんだ!?」
「別にいいだろ。俺の命なんだから自由に使わせろよ」
「いいわけあるか!僕のせいでこれ以上犠牲者を出すなんて嫌なんだよ!」
それがナギアの本音だった。アキュートのことは嫌いだが、自分の実力不足のせいで人が死ぬことだけは耐えられなかった。
アキュートは汗と涙と鼻水でグシャグシャになった顔で怒号を上げるナギアの剣幕に一瞬たじろいだが、彼の言わんとしていることを理解するとため息をつきながら肩をすくめた。
「あのさぁ……誰のせいとかどうでもよくね?」
「え?」
呆れ顔のアキュートが発した言葉にナギアはしばし状況を忘れて思考停止してしまった。
「スライムどもが出てきて、ソウタたちがはぐれて、お前が地図を作って、それを見た俺が動く。今日のことはそれだけだろ。
誰のおかげとか責任がどうとか言うようなことか?強いて言うなら自己責任だろ」
「だ、だって僕のせいで2人が……」
「お互い冒険者なんだから自分のケツは自分で拭くのは当たり前だろ。誰に責任を擦り付けようが運の悪さを嘆こうが結局自分に降りかかってくるトラブルは自分で払いのけるしかないんだからよ。
あいつらだって別にお前のせいだとは思ってねえだろうし、少なくとも俺は俺自身が決めたことの結果を他人のせいにする気はねえよ。
探索1つでいちいちパーティ内MVPやブービー賞を決める趣味もないしな」
「……アキュート」
ナギアは雷に打たれたような気分だった。
てっきりミスをしたナギアを責めるものとばかり思っていたアキュートが、責任など二の次だと、そんなことより動けと言っているのだ。
彼が実行しようとしている打開案は案とも言えないような稚拙なものではあったが、そのリスクを承知の上でやるのならば、それは無謀ではなく勇敢だ。
アキュートは馬鹿で、単細胞で、協調性が皆無な乱暴者だったが、いい加減な男ではなかった。
彼は行動の責任をすべて自分自身で請け負う覚悟を持っていた。それが身勝手なスタンドプレーによるものであろうと他人からの指示であろうと関係なく、目的を達成するために"理に適っていると思ったから"自分の意思でそれを選び取ったに過ぎない。
アキュートは良くも悪くも空気が読めない男で、彼なりの価値観で最善と判断したことを迷いなく実行していたのだ。
ある意味では、アキュートとナギアは似た者同士だった。
そして、アキュートはほんの少しだけナギアより大人だった。
「アキュートがまともなことを言うなんて驚きね。煙から毒が回ってきたのかしら……」
「うるせぇよ」
「ふふ、冗談よ。でも感謝するわ。おかげであの子も吹っ切れたみたい」
腕を組んで2人のやりとりを傍観していたリンが微笑する。その視線の先には、宙空に浮かぶ地図を食い入るように見つめているナギアの姿があった。
(まったく……この程度の障害にぶつかって考えることを止めるなんて、僕らしくなかったな)
とんだ笑い話だ。アキュートを意識して自分の正しさだ責任だと小さなことにこだわっていた自分より、ただ"どうすればいいのか"だけを考えて行動していたアキュートの方が現実的だったのだから。
荒っぽい手つきで眼鏡を外して目を擦った彼は、持てる情報を総動員して無数の光点からソウタたちの居場所を割り出そうと奮闘していた。
(見かけの無秩序さに惑わされるな。人間とスライムなんだ。同じ動きのはずがない)
ナギアが最後に見たプリムラは穴から滑落していた。怪我をしているのかもしれないが、ソウタが彼女を置いていくことは有り得ない。だから2つ並んでいる光以外は除外する。候補は半分以下になった。
スライムは2人を追っているので他の光に近付こうとするものは除外、また近付かれても距離を取ろうとしないものもスライムだと見なして除外、除外、除外……。
候補は一気に減り、5つになった。それでも互いの距離は離れており、すべてを回っている暇はない。
ナギアはそのまま残り5つの候補を観察し続ける。単独で先行しようとしていたアキュートも足を止め、ナギアを見守っていた。
それから1分ほど経過しただろうか、候補のうち1つが不意にその速度を上げて動き始めた。のろまなスライムでは出せない速度だった。
「見つけた……!」
そうして、ナギアが指差した地図上の地点に向かって3人は速やかに移動を開始した。
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