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洞窟の下層に飛び降りた後、それを追うようにして穴から落ちてきたスライムたちの追跡を逃れるべく俺たちはひたすら逃げ続けた。
そして今、俺はプリムラを背負いながら10メートル先すら見えない黄煙の中をさ迷っていた。
「プリムラ、大丈夫か?ここら辺は煙が濃いから、気分が悪くなったりしてないよな?」
「ん、大丈夫だよ。ごめんね、心配ばっかりかけて」
下に落ちたプリムラは骨折こそなかったが、足首を捻挫してしまっていた。
本人は自分の足で歩けると言い張ったのだが、痛々しく腫れた足で無理をして容態が悪化したり毒溜まりに落ちてしまうと大変なので、俺は半ば強引に彼女を背負うことにした。
気功術を覚えたばかりの俺ではまだ長時間魔力を高め続けることができないので、セイレンのように人1人担ぎながら全力疾走などという芸当はできない。
とはいえ、これでも一応格闘学科の訓練を受けている身なのだ。女の子1人背負えなくて何が前衛か。
あの後もスライムは執拗に俺たちを追い続けた。1匹1匹は大したことのない速さでも、あれだけの数にまとまって追跡されると迂闊に横を抜けることすらできない。
しかも連中はこの煙の中でも正確に俺たちの位置を把握し、壁の窪みに身を潜めようが地面に伏せようがあっという間に見つけ出してしまうのだ。
逃げ回っている間にも毒溜まりや天井からますます多くのスライムが出現し、今やスライムの数は数十匹にのぼっていた。
俺たちはとにかくスライムから逃げ切ろうと前に進み続けた。どこをどう歩いているのかすら分からないが、どうかこの先が出口に続いていますようにと祈るしかなかった。
「ほんとにごめんね。私のせいで」
「だから、気にするなって言ってるだろ」
先ほどからプリムラは謝ってばかりだ。相当気が滅入っているのだろう。
無理もない。ただでさえ吐き気がするような臭いに辟易しているというのに、そのうえパーティとはぐれて薄気味悪いスライムに追い回されているとあっては気分が後ろ向きになるのも仕方のないことだろう。
「誰の責任って話なら全員が悪いに決まってるだろ。俺も他のみんなも油断してた。それでいいじゃないか」
それは決して慰めの言葉ではなく俺の本音だった。
俺たちは自分の力を過信していた。大人たちに守られた実習の中で築き上げた仮初の実績に気を良くして、学園長の言葉を真の意味で理解していなかったのだ。
ダンジョンを舐めていた俺たちが手痛いしっぺ返しを食らったのは誰のせいでもない自業自得というやつだった。
「そんなことないよ。元々ソウタたちを誘ったのは私とリンなんだし、私が気を抜いて走っていったりしなかったらソウタがはぐれることになんてならなかったよ」
だが、それでもなおプリムラは自分1人を悪者にしたがっていた。
リンにも責任感が強いと評される彼女だが、ここまで自罰的になるのは少し妙だった。
「……なあ、どうしてあんなに焦ってたんだ?」
思えばダンジョンに入ってからのプリムラは様子がおかしかった。
作戦会議でも進軍を強く主張したり、自分が後衛だということも忘れてスタンドプレーに走ったり。まだ2週間の付き合いとはいえ俺がイメージしていた彼女らしくない言動が多かった。
プリムラは俺の質問に一瞬言いよどんだ後、ばつが悪そうに呟いた。
「私ね、今回のクエストだけは絶対に成功させたかったの。だって、はじめてのクエストだから」
「意外だな。そういうことを気にしてるなんて」
「気にするよ。だって、これがみんなと一緒に行く1番最初のクエストなんだよ?どうしても、結果を残したいって思っちゃうよ」
どうやら節目のイベントで意気込んだというよりは"みんなと一緒に"というところがプリムラにとって重要だったようだ。なるほど、それなら彼女らしい。
「この学園に入学して、同じ教室で勉強して、ダンジョン実習にも行って……ずっと一緒だったんだもん。
そんな私たちがはじめて一人前って認められて、自分たちだけで探索できるようになったんだよ?
だから凄く嬉しくて、きちんと成功させていい思い出にしたいなって、欲張っちゃって、それで」
まるで悪戯を親に見咎められた子供がお仕置きに怯えながら言い訳をしているような口振りだった。
プリムラはしっかり者だがあくまで齢の割にはという注釈付きだ。この子は、まだ子供なのだ。俺と同じく。
「馬鹿だな、プリムラは」
「……ごめんなさい」
俺は腰を揺らしてプリムラを抱え直すと、努めて優しい声で、言い聞かせるように、そして脳をフル稼働させて彼女を慰める言葉を絞り出した。
「いい思い出なんてこれからの探索でいくらでも作っていけるじゃないか。俺たちは冒険者なんだから、この先クエストなんて飽きるほど受けることになるんだぞ?」
実のところ俺は嬉しかった。中途入学とはいえ、俺はプリムラの言う"みんな"の一員に入れてもらえているのだ。
結果的にはトラブルの引き金を引いてしまったことになるが、彼女がこのクエストに懸ける想いは、それだけ仲間への親愛の強さを表している。本当に友達想いの優しい少女なのだ、彼女は。
「そんなに生き急がなくてもまだまだ卒業まで時間はあるんだし、プリムラが誘ってくれるなら俺もアキュートたちもいつだって喜んでついていくからさ」
とにかくプリムラみたいないい子を曇らせたままにしておけない。俺は謎の義務感に駆られて口を動かし続けた。
「まだ一緒に行ってないダンジョンは山ほどあるし、学園でも案内してもらってない場所とか、ああそういえば休みの日に町へ行こうって言ってたのもまだやってなかったな。
後は……ええっと……とにかく、こんなもので俺を満足させられると思うな!」
いい言葉が思いつかず最後の方は支離滅裂になっていたが、それでも伝えたいことは伝わったはずだ。
責任を感じる必要などないと、君の想いは間違ってなどいないのだと、そう言いたかった。
俺は、恐らくこの人生ではじめての友人に早く元気を取り戻して欲しかったのだ。
一息にまくしたてて荒く息をする俺の背中でプリムラは沈黙していた。驚いているのか、それとも呆れているのか。
「……ぷっ、あははははははっ!」
この際どちらでもよかった。彼女が笑ってくれたのだから。
やはりプリムラは笑っている方がいい。背負っている間は笑顔を見られないのが残念だった。
「ソウタって、凄いね。何だかいっぺんに心が軽くなった気がする」
肩に顎を乗せてきたプリムラの吐息が首筋にかかる。心地良い熱を感じた。
「俺は凄くなんかないよ。だから今ここにいる」
あの時のシスターと同じ言葉を今度は俺が口にする番だった。
俺は逃げてきたのだ。行き詰った自分の在り様から。そして家族から。
たとえこの世界に飛ばされてこなかったとしても、遅かれ早かれ俺はあの場所から逃げ出していただろう。
だが、そんな俺をこの世界の人々は暖かく迎え入れてくれた。プリムラはその代表だった。
「そっか。ならソウタが凄くなくて良かったかも」
プリムラはあっさりと俺の言葉を肯定すると、俺の首に手を回してぎゅっとしがみついてきた。ちょうど毒溜まりの密集地帯を抜けている最中だったので、しっかり掴まっていてくれるのはありがたい。
それから俺たちはお互いに無言のまま歩き続けた。
煙のせいで距離感は掴めないが、なんとなく傾斜を登っているような感覚がしてきたので、上層に通じる道を進んでいる可能性は高い。
運が良ければ俺たちが落ちてきた穴のある区域に戻ることができる……そう思っていると、前方に何やらうっすらとした輪郭が見え始めた。それはゆっくりと俺たちの方に近寄ってきているようだった。
「もしかしてリンたちかな?」
「だったらよかったんだけどな……」
おおよその想像はついていた。最終確認のために足元の石ころを煙の向こうに投げ込んでみる。
石が地面に落ちる音はしなかった。その代わり気泡が弾けるような音が聞こえてきた。
俺たちの背後には依然スライムの大群が影のように付き纏っている。
挟み撃ちだった。




