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食堂の北側にある冒険者ギルド支部の辺りは案の定1期生で溢れかえっていた。
数多のクエスト依頼書がピン留めされた掲示板の前で生徒たちがああでもないこうでもないと頭を悩ませながらたむろしており、カウンターの親父はいつも以上にムスッとした顔をしながら肩肘をついて生徒たちの喧騒に耐えていた。
調理場のご婦人はもう慣れているのか普段通りに忙しなく動き回り、上級生はテーブル席で優雅にくつろぎながら「俺たちにもあんな頃があったな」という温かい目を初々しい後輩たちに向けていた。
俺はといえば、クエストを受けるでも昼食を食べるでもなく、遠巻きにギルドの方を眺めながらプリムラを探していた。
「いないな……。もしかして、もうクエストを受けて出て行った後とか?」
彼女の性格的に誰にも声をかけずに1人でダンジョンに向かうような真似はしないと思うが、良く考えたらはじめて会った時は1人でダンジョンに突撃していたので油断はできない。
可能なら、プリムラがクエストを受ける前に話をしておきたかったのだが。
「あら、ソウタ様ではありませんか。あなた様もクエストを受けにいらしたのですか?」
恭しい言葉遣いに振り返ってみると、例のメイドさん──ミスティア先輩がユニと同じテーブルを囲んでお昼のティータイムを楽しんでいた。
紆余曲折を経て格闘学科に入ることになった俺だが、メイド学科との繋がりは切れていなかった。
ユニは気が合う友人だったし、メイド学科は万年人手不足なので他学科から依頼された家事が一向に消化できないとミスティア先輩から涙ながらに(嘘泣きだったが)語られた俺はたまにメイド学科の仕事を手伝うようになったのだ。
相変わらず押しに弱い俺だったがまったくメリットがないわけではない。
寮暮らしとはいっても1人暮らしであることには変わりないので、この世界における家事のやり方を学ぶのは俺にとっても有益なことだった。
「ソウタさんも今日から探索解禁ですか。やっぱり初日ってワクワクしますよね」
2人のテーブルに置いてあるのはメイド学科棟でも目にしたティーセットだけで、料理は乗っていない。既に済ませてきたのだろう。
メイド学科は料理も授業の一環なので基本的に買い食いする機会は少ないのだという。繁忙期は食堂の調理を手伝うこともあるらしく、今はちょうどそれの休憩時間なのだろう。
ミスティア先輩は口元にカップを寄せてその香りを愉しみながら、ギラギラした目つきでクエストを品定めする1期生たちを観覧していた。
外見こそクラシカルなメイド服だが、余裕のある微笑を浮かべる先輩から醸し出される雰囲気はまるで貴族のお嬢様のようだった。
「入学から1か月もお預けを受けて相当溜まっていらしたのですね。皆様あのようにがっついて……ふふ、うふふふ」
「怖い笑い方をしないでください。あと、俺はクエストを受けに来たんじゃありませんよ」
「え?ソウタさんはクエスト受けないんですか?もしかしてまだあの時の傷が治ってないとか」
「怪我の方は問題ないよ。今日は別件というか、クエストより優先したいことがあるんだ」
ガルムとの戦いから既に10日以上経過していた。俺は最初の数日こそシスターに安静を言い渡されていたが、その後は問題なくダンジョン実習に参加し、ダンジョン探索の経験を積んでいった。
気功術に関してはまだまだ駆け出しなので慢心はできないが、探索に同行したとしてもクラスメートの足手まといにならない程度には力を付けていると俺は確信していた。
ただ、今の俺にはクエスト以上に大切な目的というか、儀式というか……とにかく、手始めに行かなければならない場所があった。そしてそれにはプリムラの協力が必要だ。
情けない話になるが、俺には1人であそこに行く勇気がないのだ。とはいえこのままだとずるずると先延ばしにしてしまう危険があるので、できれば探索解禁初日に向かいたかった。
「紫色の服を着た髪の長い女の子を探してるんだけど、ギルドの辺りでそういう子を見なかったか?」
「うーん、授業が終わってからずっと食堂にいましたけど、そんな子は見かけませんでしたよ。ミスティア先輩はどうでしたか?」
「わたくしは調理場の奥の方で作業をしておりましたので……。お役に立てず、申し訳ございません」
「いえ、気にしないでください。それじゃ俺はこれで」
しっかり者のプリムラのことだ。もしかすると寮の自室に戻って先に探索の準備をしているのかもしれない。
そう考えて踵を返そうとした俺の二の腕がミスティア先輩に捕らえられた。この人はどうしてこう……色々といきなりなんだろうか。
「ソウタ様、もしや恋の悩みですか?」
「違います。もっと真面目な話です」
「なるほど。真剣に想っていらっしゃるのですね」
「話聞いてます?」
リンであればその態度から冗談半分にからかっているかどうかをある程度判別できるのだが、ミスティア先輩の場合は非常に難しい。
この人は常に微笑を湛えたすまし顔を崩さない。外見からまったく感情を推し量れないのだ。
職務に私情を挟まないプロフェッショナルなメイドといえば聞こえはいいが、こんな底知れない雰囲気のメイドさんに仕えられては未来の主人も気が気ではないだろう。
「ご安心くださいませ。詮索などいたしません。ただ主のお望みのために適切なサポートをするのがメイドなのですから」
「詮索するなって言ってるんじゃなくて勘違いしないでくれって言ってるんですが……」
「では、そんなソウタ様にわたくしからささやかな餞別を差し上げましょう」
会話のキャッチボールを華麗に回避したミスティア先輩がテーブルの下から薄紅色の風呂敷袋を取り出した。
先輩がお手本のように綺麗な結び目をその細い指でするりと解いて風呂敷の中身を広げると、そこには俺の黒い学ランが新品同様の状態で折り畳まれていた。
「あれ?これって俺の……どうして先輩が?」
あの時ガルムによって俺の学ランは修復不可能なまでにボロボロにされていたはずだ。医務室から出る時に返却してもらえなかったので、てっきり処分されたと思っていたのだが。
「ユニに頼まれていましたので、勝手ながら修復させていただきました。損傷が酷かったのでほとんど1から作ることになりましたが」
「結構しっかりした作りの服でしたから、もしかしたら大事な服なのかなって思って。余計なお世話でなければいいんですけど」
「素材の討伐に少々手を焼きましたが、手間をかけた分耐久性は以前より高くなっていると自負しております。いわゆる"オーガが踏んでも大丈夫"というものでございます」
「踏まれた中身は大丈夫じゃないですよね、それ」
一部物騒な単語は気にせず俺は学ランを手に取った。懐かしい手触りに不思議と安心感を覚えている自分がいた。
正直、助かった。ズボンやカッターシャツは似たようなものが売っているので代用できたが、詰襟だけはこちらの世界でも高級品らしく、難儀していたのだ。
いっそこの世界に合った新しい服装に変えてみようかとも考えたが、それにはまだ早い。けじめをつけるまでは、決意の意味も込めてこの学ランを着ていたかった。
「2人ともありがとう。それじゃあ、今度こそ行ってくる」
「頑張ってください!」
「陰ながらご武運をお祈りしております」
そうして俺は2人に見送られながら食堂を後にした。最後まで誤解は解けなかったが、まあいいだろう。ある意味では愛の告白より勇気がいるのだから。
……しかし、これだけのお膳立てをしてもらったにも関わらず、俺の覚悟は早々にして先送りされる羽目になるのだった。




