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プリムラは校舎と学生寮の間に立ち並んでいるカエデの木の下で黒猫と戯れていた。
位置的には食堂の裏手だったので、もう少し注意深く食堂を見渡していればもっと早く見つけられたのにな……と思いながら俺は彼女に声をかけた。
「プリムラ、今ちょっといいかな?」
現在春真っ盛りのクリシュカではカエデの葉もまだまだ生命力に溢れた緑色を保っており、その穏やかな木漏れ日の下で無邪気に猫を撫でているプリムラは何というか、とても絵になっていた。
つばの大きなウィッチハットの少女と黒猫のツーショットはまさに魔女という感じだったが、そういうとまた彼女が怒るので俺は何も言わないでおいた。
最近知ったのだが、この世界における魔女は魔術師とは使用する魔法の体系からして別物であり、魔物に次いで邪悪な存在だと考えられているようだ。
「ソウタも来たんだ。もうちょっとで他のみんなも来ると思うよ」
「も?ってどういうことだ?」
「あれ?リンから誘われてここに来たんじゃないの?」
「いや、違うけど」
「おかしいなぁ……どこかで行き違っちゃったのかな。リンは後でソウタにも声をかけておくって言ってたんだけど。っていうか私毎回勘違いしてばっかりだね」
プリムラは俺が来た時点で猫弄りに満足していたようで、腰を上げて大きく伸びをすると、足元の黒猫に「ばいばい」と手を振った。
しかし黒猫はその場から立ち去ることはなく、なぜか俺の顔をまじまじと見つめてきた。神秘的な深緑の瞳に凝視された俺は何となく気まずい思いに駆られてしまう。
「わ、凄い。ソウタもうこの子に気に入られちゃったんだ。私でも結構時間かかったんだけどなぁ」
「きっとこの猫が人馴れしてるんだよ。餌付けされてるとか?」
「たまにご飯もらってるのは見たことあるかな?本当にたまにだけどね」
日本では野良猫に餌付けなんて褒められた行為ではなかったが、クリシュカの法律がどうなっているのか知らないので、たぶん大丈夫なんだろうと思うことにした。
そんなことよりプリムラだ。俺は本来の目的を思い出した。
「プリムラ、実はちょっと付き合ってほしいところがあるんだが……」
話の流れからしてプリムラは既にリンと先約がありそうだが、俺は駄目元で彼女を誘ってみた。こういう時に同行を頼めるほど仲のいい友人は今のところ彼女しかいない。
「もしかしてクエストのお誘い?ごめんね、ついさっきリンと約束しちゃったの」
やっぱり駄目でした。まあ仕方ない。
日を改めてもいいが、正直今のモチベーションがいつまで続くのか分からないので、ここは腹を決めて1人であの場所に行こうかと考えていたところ、今度は逆にプリムラの方から俺を誘ってきた。
「そのクエストさ、まだ受領してないなら私たちのクエストを一緒にやってみない?」
「プリムラたちの?それはありがたいんだが……うーん」
悩ましい選択だ。例の件さえなければ一も二もなく飛びつくのだが。
プリムラやリンとはこの2週間でかなり打ち解けたし、気の合うクラスメートたちと共にはじめてのクエストに向かう……それは冒険者の卵にとって非常に甘美な誘惑だった。
「ほら、先生たちのいないダンジョン探索ってソウタとはじめて会った時以来でしょ?だから緊張しちゃって。あの時みたいにまたソウタがいてくれたら心強いかなぁ……なんて」
不安そうな表情で上目遣いに俺の顔色をうかがうプリムラ。こういう態度を無意識でやっているのだとすれば女の子というのはとても恐ろしい生き物だ。
グラついた俺の決意にトドメをさしたのは校舎の方からやってきたリンだった。
「か弱い女の子2人で魔物の巣窟に行かせるつもりなの?プリムラはね、あなたとクエストに行くのを楽しみにしてたのよ」
「俺だって行きたいさ。でも大事な用事があるんだ」
「それは今日でないと駄目なこと?プリムラを悲しませることになっても?」
「絶対に今日中ってわけじゃないけど、できるだけ早い方が……」
「……私も、ね、本当は楽しみにしてたの。あなたが自分を頼ってもいいって言ってくれた時からずっと。
あなたの優しさに甘えすぎちゃ駄目だって、分かってるのに。……弱い女で、ごめんなさい」
「いや、あの……別に、嫌とは」
急にしおらしくなったリンに俺は二の句が継げなくなる。
分かっているのだ、十中八九演技だと。それでもリンの潤んだ瞳は男に罪悪感を芽生えさせるには十分すぎる効果を発揮していた。
結局、俺はプリムラに明日の予定を開けておいてもらうことを条件に、クエストに同行することになった。明日は必ずあの場所に行くことになるのだから、逃げたことにはならないはずだ、と思う。たぶん。
俺の承諾を取り付けたリンは先ほどの態度はどこ吹く風とニコニコしていた。
がっくりとうなだれる俺の傍らで、黒猫が呆れたような顔で俺を見ていた。「君は実に意志の弱い男だな」と言われたような気がした。
「何がか弱い女の子2人だよ……騙された」
「まあなんつーか?そんなことだろーと俺は思ってたよ?全部織り込み済みだっつーの」
「僕としたことが……あんな見え見えの挑発に乗るんじゃなかった」
10分後、並木道には女子2人と馬鹿な男子3人が集合していた。
「リンって凄いね!さっきまで2人だったのにあっという間に5人集まっちゃった」
「みんな友達想いだから喜んで協力してくれるって。良かったわねプリムラ」
したたかな女によって無様にも手玉に取られた俺たちは大人しく彼女たちの後をついていく。
プリムラとリンに俺、アキュート、ナギアを加えたパーティの目的地は"悪魔の胃袋"と呼ばれる、猛毒に満ちたダンジョンである。




