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結局俺は魔術を学ぶことにした。学部長の助言も1つの要因だが、何よりプリムラがはじめて出会った時に見せた炎の魔術が俺の中で決め手になった。
彼女が恐ろしいゴブリンを一撃で消し炭に変えたあの時に感じた衝撃は鮮烈な記憶となって俺の脳裏に焼き付いていたのだ。
俺は学部長の言っていた魔法入門学科を探して丸太小屋が立ち並ぶ区域に入っていた。この辺りは比較的小規模な学科が密集しているようだ。
そして、今現在俺はとある学科の扉の前で立ち尽くしている。
ここは目的の魔法入門学科ではない。それでも俺は、扉のプレートに刻まれている文字から目を離すことができなかった。
「メイド学科……だと……?」
一瞬異世界語翻訳機能が不具合でも起こしたのかと思った。
こいつはいつの間にどのような経緯で身についたのか俺自身にも分からない代物なのだから、過信してはいけない。
学ランのポケットから携帯用の文字一覧表を取り出して一字一句確認していく。もしかすると誤字脱字や部品欠けがあるせいで正確な翻訳ができなかったのかもしれない。
しかし何度確かめてもプレートの作成者に手落ちはなかった。間違いなくここはメイド学科だった。
「……覗いてる暇なんてないからな」
正直なところ俺は興味津々だった。メイドといえば家政婦のことだ。間違っても戦闘職ではない。人間と魔物が命懸けの戦いを繰り広げるダンジョンにメイドさんの出る幕などあるのだろうか?
気にはなる。なるのだが、今の俺には時間がない。明後日の実習までに学科を決めてその訓練を開始しておかないとまずいのだ。
メイド学科の見学はいつでもできる。とにかく今は魔法入門学科を目指さなければ。
後ろ髪を引かれる思いで俺はメイド学科から放たれる魔性のオーラを振り切った。
「──あら、我らがメイド学科に何か御用でしょうか?」
そうして扉に背を向けた俺の前にメイドさんが立っていた。
ロングスカートにフリルの付いたエプロンドレス、そして彼女の桃色の髪を白く彩るヘッドドレス。それはどこからどう見てもメイドそのものだった。
メイド服の女性は呆気に取られている俺を見ると何やら得心したように頷いた。
「見ない顔だとは思いましたが、新入生の方でしたか。学科見学にいらしたのですね。さあどうぞ中に」
「いえ、せっかくなんですが今日は他に用事が……」
「ご安心くださいませ。メイド学科は門戸を叩く者を拒みはいたしません。さあどうぞ中に」
「あの、ですからまたの機会に……」
「最初は皆様そうおっしゃるのです。ですがあなた様もすぐに奉仕することの素晴らしさにお気付きになることでしょう。さあどうぞ中に」
「………………」
「さあどうぞ中に」
「どうぞお召し上がりくださいませ。ミルクがご入用でしたら遠慮なくお声がけを」
「俺は……駄目な奴だ……」
メイド学科に連行された俺は白い陶器製のカップに注がれた紅茶を前に肩を落としていた。こんな時自分がノーと言えない日本人であることを思い知らされる。
メイド学科棟の内部は外から見たイメージ通り素朴な雰囲気の漂う丸太小屋で、部屋の手前には洗濯カゴや掃除用具が混在する雑多な空間が、そして暖炉のある奥には木製の棚に高そうな銀食器が収められていた。
洗濯カゴの脇には、灰色の地味な服を着た背の低い少年がカゴから取り出したズボンを縫い合わせながらこちらを見て苦笑していた。
その少年はメイド服ではなかった。男がメイド服を着ていてもそれはそれで困るが。彼はどちらかというと小姓といった感じだった。
「それで、メイド学科っていったい何を学ぶ学科なんですか?家事スキルが魔物退治やダンジョン探索に必要だとはどうしても思えないんですが」
中に入ってしまったのだからもうクヨクヨするのはやめにした。ここは存分に知的好奇心を満たしてスッキリしてから改めて魔法入門学科を探せばいい。そう考えた俺は直球で本質を突く質問を投げた。
その手の質問に慣れているのだろう、メイドさんは恭しく目を閉じると詩でもそらんじるように演説を始めた。
「人はパンのみにて生きるに非ず。冒険者もまた然りでございます。
メイド学科で教えるのは料理に洗濯、お裁縫……。確かに魔物との戦いに直接寄与するものではございません。
ですが、よく考えてみてください。冒険者の皆様が何日もダンジョンに潜っている間、お食事はどうなさるのですか?汚れた服は?毛布は?
着の身着のまま魔物の血肉を喰らいつつ、その骸を枕に寒い夜をしのぐおつもりなのでしょうか?
暗くて不衛生で気の休まる暇もないダンジョンをさ迷う冒険者が、そのような劣悪な状況で十全に力を発揮できると思いますか?
『ああ、もしも昨日の晩飯が乾いたパン1欠けらじゃなく、豪華なアップルパイだったのなら、こんな魔物に殺されることはなかったというのに』
……ダンジョンにはそういった悔恨の念が満ち満ちているのですよ。
メイド学科で教えるのはただの家事ではございません。"探索に役立つ"料理に洗濯、お裁縫なのです」
「うん……?なるほ、ど……?」
とんでもない魔球が返ってきた。
彼女が言いたいことは理解できる。探索中に体調管理や衛生管理を一手に引き受けてくれる誰かがいれば確かに冒険者のモチベーションは安定するだろう。
だが、彼女のぶち上げる理論は決定的に何かのボタンを掛け違えている気がしてならない。
(わざわざ学科1つ作ってメイド服着てやることか……?いやでも、学科になってるってことは学園側の承認を受けているってことで……)
謎理論に流されそうになっている俺を見て「これはいける」と思ったのか、メイドさんは物凄い勢いで詰め寄ってガッと俺の手を握ると満面の笑みを見せた。
「ご理解していただけたのですね!善は急げ、据え膳食わぬは何とやらと申します。早速あなた様にも奉仕の喜びを体験していただきましょう。ユニ、お連れして」
「は、はい先輩。すみませんお兄さん、ちょっとだけ失礼します」
拒否権はなかった。俺という据え膳はメイドさんと少年に引きずられていった。




