2-7
「タルカスのオッサン!マズいことになったぞ」
ダンジョンの奥からアキュートがやってきた。言いつけを破って1人で下層まで行っていたのだろう。
自分のペアを放置して独断専行なんて褒められた行為ではなかったが、俺も先生たちもそれを怒る気にはなれなかった。
アキュートは彼より一回り大きな男性に肩を貸していた。
男は上半身にいくつもの傷を負っており、その後ろでは仲間らしき2人の男女が心配そうに男を見つめていた。
彼ほどではないが、その2人も全身に浅い傷と火傷のような腫れがあった。おそらく皆冒険者だろう。
新入生の実習に使用されるほど危険度の低いダンジョンで、しかも入り口付近で、冒険者のパーティが半壊している。素人の俺でも下で何かよからぬ事態が発生していることが理解できた。
タルカス先生はすぐに白魔術を使える教師とナギアを呼び、冒険者たちに対して状況の説明を促した。
「私たち、下の方にミスリル銀の鉱床があるって噂を聞いて探しに行ったの。そうしたら途中でケルベロスの群れとかち合って……」
ナギアによる治療を受けながら女冒険者が語り始めた。
その顔には疲労の色がありありと浮かんでいるが、焦りや恐怖に支配されてはいなかった。それなりに修羅場慣れしているのだろう。
「炎の毛皮を持つ野犬だよ。数年前に見つかった新種らしいから詳しい生態はよく分からないけど」
魔物に関して疎い俺に配慮してくれたのだろうナギアが補足を入れる。その名前を知っている生徒たちの間に動揺が走った。
プロの冒険者をここまで追い詰めるのだから、ゴブリンに四苦八苦するような新人には荷が重い。しかも群れときた。かくいう俺もさっきから挙動不審だった。
もしケルベロスが彼らを追ってここまで上がってきた場合、俺たちはどう行動するべきなのだろうか。
みすみすダンジョンの外に出してしまえば連中は当然人を襲う。だが迎え撃つにしても俺たちでどうにかできる相手なのか?
判断に窮した俺は無力な一生徒としてただ成り行きを見守っていた。
「群れの大半は倒したんだが、リーダー格のやつがどうにもならなくてな。
そのうちに薬も魔力も切れて、前衛のコイツが戦えなくなって、それで逃げてきた」
「1番大きいやつ……奴に、気を付けろ。頭が3つあって、火を吹いてた……」
重症だった冒険者が口を開く。男の顔面は火傷で痛々しいほどに腫れていたが、それでも震える声で情報の共有を優先するその姿に冒険者かくあるべしという彼の信念を垣間見た気がした。
それはタルカス先生にも伝わったのか、先生は男に一礼を返すと「後は任せておけ」と言った。
俺は安堵した。この男が任せろと言ったのならそれはもう解決したも同然だ。
……だが、それをよしとしない男が1人だけ存在した。
「オッサン、群れの残りは親玉を含めて5匹だ。そんで1匹はさっき俺がぶった斬ってやったから、たぶんあと4匹だ。早く行こうぜ」
アキュートは「どうする?」とは聞かなかった。教師たちがどのような判断を下そうとも彼の進む道は決まっているのだろう。
「ちょ、ちょっとアキュート君、まさか戦うなんて言いだすつもりじゃありませんよね?あなたたちはまだ学生なんですから、ここは私たち教師に任せて──」
「そりゃ聞けねえよリラ先生。誰かが魔物に襲われてくたばりそうになってんのに自分だけ尻尾巻いて逃げるようじゃ何のために学園に入ったのか分からねえ。
それに遅かれ早かれ俺たちも冒険者になるんだ。冒険者ってのは、ダンジョンに潜って、魔物を倒すもんだろ」
そう言った彼の顔は静かな怒りに満ちていた。
正直に白状すると、俺はアキュートという人間を少し誤解していた。
思春期の若者特有の蛮勇さが彼を駆り立てていると思っていたのだ。
だが、少なくとも今の彼は幼稚な功名心に駆られて戦おうとしているのではない。同じ冒険者を、同胞を傷つけられたことに対する義憤が彼を突き動かしていた。
アキュートは、他者のために命を張れる男だったのだ。
授業態度や協調性においてはかなり問題のある奴だが、彼なりに冒険者というものに真摯に向き合った結果が先日の校則違反なのだとしたら、俺は彼を責めることができなかった。
「お前らもそう思うだろ?何のために冒険者になろうと思った?城壁の中で誰かに守られるだけの人生にウンザリしたからじゃないのか?
……少なくとも、俺はそうだ」
アキュートの熱が少しずつ生徒たちに伝播していく。
アキュートほど無謀な考えを抱かないにしても、ケルベロスの名を聞いて怯えていた彼らに初心を思い起こさせるには十分だった。
「あの馬鹿、何煽ってるんだよ……。みんなも簡単に乗せられすぎだよ」
「いいんじゃない?そろそろ私たちもゴブリンだけじゃ満足できなくなってきた頃でしょう。
……ソウタはどう?まだいける?」
「ケルベロスってのに特攻するなんて馬鹿な考えはともかく、少なくとも"全部先生に任せて逃げる"って選択肢は今消えた」
正直なところ、俺たちが手を出すより教師だけで対処した方がスマートに事が運ぶだろうということは分かっていた。
だが、それではわざわざ実習と銘打ってダンジョンまで来た意味がない。
学園を卒業した後にいずれ直面するような事態を予習しておくためにもここは1つ無茶をさせてほしかった。
"戦うか、逃げるか"ではなく"どう戦うか"に俺も含めた生徒全員の思考が切り替わりつつあった。
血気盛んな生徒たちの様子にまごつくリラ先生とは対照的に、タルカス先生は満足そうに頷くと、俺たち若者の無軌道な情熱を効率的に発散させるため指示を飛ばした。
「俺たち教師が下層に降りて3つ首のリーダーに対処する。残りは後ろに流すからナギアの指示に従って対処しろ。
……アキュートは俺と一緒に来い。勉強をさせてやる」
「こういう勉強ならいくらでも大歓迎だぜ」
「アキュート、くれぐれも先生たちの足を引っ張らないようにね」
「お前もつまんねえヘマすんなよ」
去り際にナギアと1発交わしながらアキュートはダンジョンの奥に進んでいく。
タルカス先生は他にも何人かの生徒を呼びつけると、教師たちと共にアキュートの後を追った。
方針は決まった。後は、全力で戦うのみ。
「それにしても、アキュートがあそこまで正義感あふれる奴だったなんてな」
「そっか、やっぱり他の人には意外に見えるんだね」
瘴気に照らされた下り坂の向こうにアキュートたちの姿が消えていく。プリムラは俺と並んでそれを見送っていた。いつも天真爛漫な彼女にしては珍しく物憂げな表情だった。
「アキュートのお父さんってね、騎士団の人だったの」
「……ああ、それでか」
言われてみれば、あのコートはアキュートが着るには少し大きかった。




