2-6
「どおりゃああああああっ!」
「ギュグエエッ!」
「よっしゃ10匹目!見たかよナギア!これが本物の冒険者だ!」
アキュートの一撃によってゴブリンの胴体が両断され、その血がダンジョンの壁を濡らす。
アキュートは先ほどから手当たり次第に目についたゴブリンをなぎ倒している。
計算ずくなのか知らないが、彼がこれ見よがしに大剣を振り回してゴブリンの群れに突撃するので、ゴブリンたちは散り散りになってダンジョン内を逃げ回り、その残党を他の生徒たちが各個撃破するという作戦らしきものが成り立っていた。
そして俺たちの方にも、角の向こうから飛び出してきた2匹のゴブリンがアキュートという災害から逃れようと半狂乱になって突っ込んできた。
「ギギ、退ケッ!」
「退いたら実習の意味がないんだよ──!」
俺はポケットに仕舞っておいた石を左手で取り出すとゴブリンの顔に投げつけた。ダメージなんてあってないようなものだが平静を失っているゴブリンの動きを止めるには十分だった。
「また石に頼らなきゃならないなんて……!」
仕方ないのだ。中学高校と剣道の授業を受けてきたが動きが身についたかというと微妙だし、自分の半分ぐらいの背丈しかない相手と戦うための構えなんて俺は知らなかった。
額を押さえているゴブリンに走り寄って長剣を振り下ろす。アキュートのように真っ二つとはいかなかったものの、頭から大量の血を流したゴブリンは絶命して地面に倒れ伏した。
「やるじゃない。どうやらカッコ悪いところは見せずに済みそうね?」
俺の後ろにいたはずのリンは既にもう1体のゴブリンを亡き者にしていた。
その手には小ぶりの短刀が握られているのでおそらくそれを使ったのだろうが、俺はさっきから1度もリンがゴブリンと戦うところを見ていない。いつも気が付くとリンの前にゴブリンの死体が転がっているのだ。
「一応確認しておくけど、リンも魔術師ってことはないよな?」
「うふふ、どうかしら」
「勿体ぶらないで教えてくれ。俺にもできる戦法なら参考にしたいし、いい加減投石から卒業したいんだ」
他の生徒たちが剣やら弓やら魔法やらを使って派手な戦いを繰り広げている傍でこういうみみっちいことをするのは恥ずかしい。
それに、この手段が通用するのはあくまで雑魚だけだ。リンは笑っているが俺にとっては死活問題だった。
俺とリンは長剣と短剣という違いはあれど、剣による接近戦を主体とすることには変わりないのだから、何かしら共通するコツというか戦いにおけるセオリーみたいなものがあるのではないかと俺は期待していた。
「あなたと同じよ。隙をついて攻撃する、それだけ。試してみる?」
そう言うとリンは出し抜けにジャケットを脱ぎ始めた。
なりゆきが理解できず頭の上に疑問符が出ている俺の目の前でコルセットのようなインナー1枚となった彼女は、綺麗に折り畳んだジャケットをこちらに投げて寄越した。
リンの体温をほのかに残しているそれは、特に何の変哲もないただの上着にしか見えなかった。
「このジャケットに秘密があるのか?パッと見だと別に──」
「──はい、おしまい」
耳元にリンの吐息が吹きかけられた。
見事に出し抜かれた俺を後ろから羽交い絞めにしているリンが声を押し殺して笑っている。
事前にネタばらしをされていながらハメられるなんてゴブリンより酷いのではないだろうかと我ながら心配になった。やっぱり学部長は俺を高く買いすぎてるんじゃないか……?
「こんなにあっさり引っかかる人なんてはじめてよ。ソウタって素直なのね」
「気を遣わなくてもいい。どうせ俺は単純な奴だよ」
「拗ねないの。隙のある男の子って意外とモテるのよ?」
「隙だらけの冒険者ってそれはそれで問題なんじゃ……」
学ラン越しに温かな膨らみを感じる。学生の俺には刺激が強すぎるので早く解放してほしいのだがそれを知ってか知らずかリンはなかなか離れてくれなかった。
別に意識しているわけではない。だが俺とて多感な年頃なのでどうかご配慮いただきたかった。
「リン、そういう冗談は勘弁してくれ。分かっててやってるだろ?」
「プリムラみたいな子の方が好み?」
「まだそのネタを引っ張るのか……本当にそういうのは苦手なんだよ」
「リンさん、今は実習中なんですから遊んでいては駄目ですよ」
「親交を深めているだけですよ、リラ先生。……まあ、今日はこの位にしておきましょうか」
戦線は既に俺たちのいる場所を追い越して奥の複雑な小道へと移っていた。
安全地帯で気を抜いてじゃれあっている(ように見えたのだろう)俺たちを注意するため、ダンジョンの入り口で待機していたリラ先生が他の教師と入れ替わりでこちらにやってきた。おかげでようやく俺は解放されることになった。
「リラ先生、助かりました。もう少しで色々と大変な事態になるところでした」
「??……よく分かりませんが、何よりです」
異邦人の俺はこういう西洋的なスキンシップに慣れていないのだ。
……もしかすると俺が知らないだけで、日本でもこの程度の身体的接触は普通の範疇に入るのだろうか?
「災難だったねソウタ。リンはいつもああいう感じだから気を付けた方がいいよ。すぐに年上ぶってからかってくるんだ」
リラ先生と並ぶようにナギアが入り口の方から歩いてきた。まさか今までずっとサボっていたのかと一瞬思ったがどうやら違うようだ。
ナギアは道中で負傷している生徒を見つけると、その傍らに腰を下ろす。
「集中できないからあんまり動かないでよ。『癒しの力よ。魂の灯よ。汝の炉に薪を』」
ナギアが口にするそれはプリムラの詠唱と似た韻律だがそれは似て非なるものだと直感的に理解できた。ナギアの手から白い光の粒が次々と現れては傷口に吸い込まれていく。
そして光が収まった後、生徒の傷は完全に塞がっていた。
「これでよし。しばらくは傷跡が痛むけど我慢して」
「回復魔法か」
「白魔術、ね。あの馬鹿は力だけが探索に必要だと思ってるようだけど、永遠に戦い続けられる人間なんて存在しない。
ダンジョンの中で常に万全のコンディションを保つことだって同じぐらい大事なんだ」
回復担当であるナギアはゴブリンがあらかた討伐されるのを待っていたのだろう。戦闘の片付いた場所から順に回って負傷者の手当てをしている。
直感的なアキュートとは真逆の堅実なスタンス。冒険者のイメージ的にはアキュートの方が"らしい"のだが、彼のような存在もまた危険なダンジョンから生きて帰るには必要だ。
「戦うだけが冒険者じゃないんだな。厄介なことにまた選択肢が増えた」
武器と魔法の2択ですら迷っているのに、魔法の中にも細分化された分野があるとなれば考慮すべきことはさらに増える。贅沢な悩みだった。
「あら、ソウタは今の戦い方が不満なの?」
「今の戦闘スタイル……ってほどのものでもないけど、これはその場しのぎのやり方だよ。こんなんじゃ早晩行き詰まることは目に見えてる。
……そうだ、リラ先生はどう思います?」
こういう時は年長者に意見を求めるのが1番だ。俺は石の上に座って一息ついているリラ先生に声をかけた。
先生は俺の声に気付くと腰を上げてヨタヨタと歩いてきた。
パンプスにタイトスカートでは洞窟なんてさぞ歩き辛いだろうに、この人はなぜ着替えてこなかったのだろうか?
……教えを乞う人選を間違えたかもしれない。
「ソウタ君、他人に迎合することなく独自のスタイルを探すのも冒険者に必要なことですよ。
……なんて、そう言ってられるほど時間に余裕がないんでしょうね。もう他の子たちは学科を決めてしまっていますから」
学科というのは全員が揃って学ぶ必修科目とは別に、各々が冒険に必要だと考える様々な技術──近接技能とか、弓の扱い方とか、あるいは魔術とか、そういったものを個別に学ぶことができる選択科目である。
学園からもらった資料はまだすべてに目を通せていないが、この学科の選択こそが生徒の冒険者としての方向性を決める分岐点となるのは明白だった。
戦士学科に入った者は戦士になるだろうし、魔術系の学科なら魔術師になるだろう。
「うーん……先生としてはどうしても生徒たちのバランスを考えてしまいますから、皆さんがあまり選択していない学科を受けて欲しいですね」
「それって、マイナーな学科ってことですか?」
役に立たない学科という可能性もあるが、いくら先生でもそんなものを薦めたりしないだろう。
習得する者が少なく、他で代替できない技術というのは学部長の掲げる独創性という理念とも合致する。
「毎年ほとんどの生徒は戦士学科か黒魔術学科に集中するんです。やっぱり戦場の花形ですからね。
逆に補助系の魔術を専門にする学科はあまり人気がありません。格闘学科も受講者は少ないんですがあそこはやめた方が……
ああっ、今のは他の先生方には内緒ですよ!?」
「は、はあ……。それじゃあ、とりあえず先生がオススメする魔術系学科を教えてもらえますか?」
やはり魔術というものには他の分野より興味があった。
俺の暮らしていた地球には存在しなかった不可思議な力。それはきっと火を起こしたり傷を癒す以外にも様々な種類があるのだろう。
新入生特有の好奇心に満ちた目に気を良くしたリラ先生は得意げに人差し指を立ててとっておきのオススメ学科を紹介してくれた。
「それはもちろん、私の教える星魔術学科です!」
「……それ、手前味噌じゃありませんか?」
「ち、違いますよ!星魔術は探索にとっても役立つ魔術が揃ってるんです!まあ、地味ですけど……」
やはりタルカス先生に相談した方がよかった。
星魔術なるものがどういう魔術なのか知らないが、明らかにダンジョン慣れしてないインドア派のリラ先生がダンジョン探索に有用な魔術を習得しているなんて信じろという方が無理な話だ。
当のタルカス先生は、孤立した生徒に襲いかかろうとしていたゴブリンたちを斧の一振りで一掃していた。
見た目通りのパワフルな戦い方だ。これだけ離れているのに風圧で俺の髪が揺れているのだから、直撃を受けた者が無事でいるはずもなかった。
一瞬にして壁のシミになったゴブリンたちの末路が"誰も死なない"という彼の言葉に説得力を与えていた。
俺の視線に気付いたタルカス先生は、襲われていた生徒を軽々と背中に担いでからその足でこちらにやってきた。
「首尾はどうだ」
「今のところは問題ありません。ですが、やはり剣はしっくりこないですね」
「それが分かっただけでもここに来た意味はある。次回はまた別の武器を持たせよう」
実戦で試して自分に合った武器を見つけ出すのがタルカス先生の方針のようだ。
どこまでも現場主義というか、ぶっつけ本番というか……。生徒を確実に守りきれる彼にしかできない教え方だろう。
ダンジョンの入り口から見える範囲にはもう生きたゴブリンは残っていなかった。これなら今相談してもタルカス先生の迷惑にはならないかな……と、俺が気を緩め始めたその時だった。




