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"子鬼の巣穴"は文字通りゴブリンたちが根城にしている地下洞窟である。
元々大陸で最もポピュラーな魔物だった彼らだが、100年前のダンジョン発見以後はより一層その数を増やし、瞬く間にクリシュカじゅうに分布していった。
頭の回転が遅く魔物の中では脆弱な部類に属するゴブリンは少数ならばさしたる脅威にはならないが、数を頼みにした彼らの無謀ともいえる突貫によってかつてクリシュカの騎士団は大打撃を受けたという。
その忌まわしい記憶を今もなお持ち続けているクリシュカの人々はゴブリンの増加を食い止めるため、定期的にゴブリンの大討伐を各騎士団や冒険者に依頼している。
ヴィエッタ学園もまた独自にゴブリンの間引きを行っており、それは多くの場合新入生の技能向上を兼ねて、ダンジョン実習というかたちで行われる。
"子鬼の巣穴"に蔓延るゴブリンたちを掃討し、周辺地域の安全を確保する──それが今回の実習の目的だった。
森の入り口付近にぽっかりと開いた洞窟の前で1-1の生徒たちはそれぞれ探索の準備を整えていた。
「はい、それでは皆さんにはこれから2人1組になってダンジョンの中にいるゴブリンを倒してもらいます。
あくまで入り口付近にいるゴブリンだけですから、先生がたの指示に従って、勝手に奥に進んだり強い魔物に手を出したりしないように!」
「へーい」
他の教師たちがダンジョンの下見に向かっている間にリラ先生が音頭をとって生徒たちをタッグ分けしていた。アキュートは絶対に理解していなかった。
俺は長剣を鞘から抜くと何度か振ってその感触を確認する。
意外と重かったが、この程度なら振り抜いた瞬間によろめいたりすっぽ抜けたりするような無様を晒すことにはならないだろう。
土臭い洞窟は入り口から扇状にその幅を広げており、それが奥に行くにつれ分岐路や合流点によってその形を細く長くあみだくじのように複雑化させていた。
昨日のダンジョンが地下トンネルなら"子鬼の巣穴"は迷路そのものだった。
「迷わないように気を付けないとな……」
緩やかすぎる勾配はともすれば水平と区別がつかない。互いに絡み合うように交差する通路と土気色の変わり映えしない景色は方向感覚を狂わせるのに十分だった。
「大丈夫よ。先生が言ってたでしょ、今回は入り口近くだけだって。外の光が見えていれば迷うことなんてないわよ」
いつの間にか青い髪の女性が隣で俺の顔を覗き込んでいた。
抜き身の剣を持っているので周囲の確認は怠っていなかったつもりだが、俺はここに至るまで彼女の接近を察知することができなかった。
「こっそり近付くのは感心しないな。いきなり素振りの練習でも始めたらどうするつもりだったんだ?」
「そうね……昨日今日剣を握ったばかりの素人さんに偶然斬られる程度の実力なら、冒険者なんてすっぱり諦めて酒場で踊り子にでもなるわ」
「傷ものになったら肌を見せる踊り子は難しいんじゃないか?」
「そういうのがそそるって男もいるのよ」
ヒヤリとさせられたお返しにやり込めてやろうとしたが異世界に来たばかりの語学力では彼女を言い負かすことはできなかった。
自動翻訳ができてもウィットに富んだ会話をするにはまだまだ勉強が必要そうだ。
黒革のジャケットにショートパンツ、膝上まで覆うロングブーツという活動的な身なりの女性は、意味ありげな笑みを浮かべると1歩下がった。
年の頃は俺より少し上くらいだろうか、大人びた雰囲気のある女性だった。
首のあたりで切り揃えられた青い髪は木漏れ日を受けて艶やかな光を放ち、しっとりとした唇は強く"女"を感じさせていた。
「私はリンよ。今日のあなたのパートナー。よろしくね、色男さん」
「まだ誰も口説いた覚えはないんだが……」
「入学早々プリムラとあんなに仲良くしてるのに?あの子流されやすそうに見えてガードが堅いって評判よ」
「プリムラとは偶然仲良くなったんだよ。下心あっての話じゃない」
「へえ、偶然ね。随分運命的な出会いだったのね。お昼も2人っきりで食べたんでしょう?」
勝てる気がしない。俺はタッグ成立から早々にしてこのリンという女性に主導権を握られてしまった。
「それでは実習を開始します。皆さん、くれぐれも気を付けて探索してくださいね」
「始まったな。ほら、駄弁ってないで早く行こう」
「ええ。これから先も2人の時間はたくさんあるものね。今後も仲良くしていきましょう、良きクラスメートとしてね」
リラ先生の号令に窮地を救われ、俺は逃げるようにダンジョンの内部へと身を躍らせた。




