2-8
負傷した冒険者たちを外に退避させた後、ダンジョンの入り口に残された俺たちはナギアの作戦に従って通路の各所に配置されていく。
ナギアの作戦はこうだ。俺たちは実習開始時に決められた2人組を最低単位として一定間隔ごとに分散し、隣接するペアがケルベロスと交戦状態に入った場合援護に向かい、それ以外の場合は移動せず持ち場を維持することに努める。
「1か所に集まらなくて大丈夫なのか?話を聞く限りケルベロスってゴブリンよりもずっと強いんだろ?」
「3つ首の奴は知らないけど、普通のケルベロスならある程度パーティを分散させても十分対処できるはずだよ。むしろ固まった方が戦いにくい。
大丈夫さ。僕たちは自分で思っているほど弱くない」
たった3匹とはいえ機動力に優れた獣に陣形を乱されれば数的有利はあっという間にフレンドリーファイアの危機に変わる。
あえて戦列を広げてダンジョン内を走り回るケルベロスが担当区域に入った時に限って攻撃することで乱戦を防ごうというのだろう。
ケルベロスが1か所に留まって戦うのなら付近の生徒たちによる挟み撃ちができるし、ヒットアンドアウェイを繰り返そうとしても常に誰かしらの射程内に身を置くことになりスタミナ切れを狙うことができる。
タルカス先生がナギアをリーダーに指名したのは、彼ならば的確な対応ができるだろうという確信があってのことだ。今のところ、彼は見事にその信頼に応えていた。
ただ、この作戦には1つだけ大きな穴があった。
「まずは3匹を分断しないと、逆にこっちが各個撃破されるってことか」
こちらに流れてくる予定のケルベロスは3匹。そいつらにまとまって行動されるとさすがに経験の浅い俺たちでは太刀打ちできない。
よって、なんとかしてケルベロスたちを混乱させ、連携を崩す方法を考えなければならなかった。
「僕はやっぱり、出合頭に水系の魔術を畳みかけて驚かせるのがいいと思う。
ケルベロスは水が苦手らしいし、体の炎が全部消えると死ぬって噂もある。最悪でも出鼻を挫くことはできるよ」
「最前列に魔術師を並べるっていうの?もし失敗したら3匹全員が一斉に突っ込んでくるのよ?
私は反対。後ろから回り込んでみんなのいる方に追い立てるのが最善策よ」
ここにきてリンが作戦に異を唱え始めた。ナギアの策は効果的だが、身体能力に劣る魔術師を一番槍にする危険な賭けでもある。
一方リンの提案した作戦はこの複雑に入り組んだ地形を利用して少人数でケルベロスの後方に回り込み、奇襲をかけることで3匹を驚かせ分断を誘うというものだった。
作戦に参加するのは当然前衛なので不慮の事態にも対応しやすいものの、ケルベロスが逃げずに反転してきた場合、味方から孤立した状態で3匹全員を相手にすることになる。
双方ともに一長一短のある作戦だが、どちらを選ぶかと聞かれれば俺の答えは決まっていた。
「俺はリンの案に賛成だ。俺たちはまだヒヨっこなんだからミスすることを前提に動いた方がいい。
そして失敗した時に生き残る可能性が高いのは俺やリンのような前衛に決まってる」
方便だ。俺がリンに賛同したのはごく個人的な理由だった。
だが不謹慎だとは思わなかった。なぜならリンがこの作戦を提案した理由もまた個人的なものだと分かっていたからである。
「2対1ね。そろそろ観念しなさい、ナギア」
「はあ……君たちは本当に命知らずだね。しくじったら本陣から引き離されてケルベロスに八つ裂きにされるんだよ?」
「そうなったらナギアが治療してくれ」
あっけらかんと言う俺にナギアはもう降参と両手を上げて「まあ、勝手に動かないだけ誰かさんよりマシか」と呟いた。どうやら腹は決まったようだ。
「分かったよ。でもケルベロスが現れてからだと後手後手になるから。あらかじめ先行して隠れておいて」
「先行してって……それこそ賭けになるんじゃないか?」
細い通路が蜘蛛の巣のように絡み合う"子鬼の巣穴"内部は、当然ながら下層に通じる道も1つではない。
どの通路を通ってケルベロスが上がってくるのか分からない以上、ピンポイントで後背を突くためにはどうしても敵が目視できる位置に来るまで待つ必要があるのだ。
ヤマをはって1か所だけを警戒しようものなら、外れた際にこちらが奇襲を受ける危険性がある。
だが、俺たちの心配をよそにナギアは自信たっぷりだった。
「ソウタの言う通り、普通なら運頼みになるだろうね。でもそれを100%にする方法があるとしたら?」
「まだ策があるのか?」
「策なんて言うほどのものじゃないよ。もっとずっとシンプル。……リラ先生の面子も保たなきゃならないしね」
なぜそこでリラ先生の名前が出てくるのか。やけに勿体ぶったナギアは俺たちが頭を捻って考えている姿を楽しんだ後、ダンジョンの壁に手のひらを添えると種明かしを始めた。
「見せてあげるよ。これが星魔術ってやつさ。──『星よ。我らが母よ。愛し子に鷹の目を授けたまえ』」
その瞬間、ナギアの触れていた壁が放電するような音を立てて発光した。
同時に指先の部分を始点に緑色の走査線が何本も広がって、幾何学的な軌道を描きながら壁面を這っていく。
数秒の後に走査線は再びナギアの手に収束していった。そして彼は壁から手を放して、未だ緑色に輝くその手のひらを恭しく宙空にかざす。
すると、緑色の光の束がナギアの手から照射されて、まるで空中で編み物でもするかのように集散を繰り返し何かを形作っていく。
それがこのダンジョンの構造を模した立体地図だと気付いたのは、すべての工程が完了した後だった。
「空の星々や大地に語りかけてその力や知識を借りる……それが星魔術なのさ」
「"探索に役立つ"ってこういうことだったのか。リラ先生、疑ってごめんなさい……」
そこには周辺一帯に存在する数えきれないほどの交差点や通路、そして袋小路が余さず網羅されていた。
しかもナギアが使用した星魔術の効果は地図の作成だけに留まらなかった。
「ねえ、もしかしてこの地図上で光ってる点って……」
ダンジョンの入り口あたり、ちょうど俺たちが陣を展開している位置にいくつもの光点が散らばっていた。
一方下の方では大きな1つの光をいくつかの光が包囲していた。
そして、そこから少し離れて3つの光が俺たちのいる上層に向かって進んでいる。……ケルベロスだ。
「さて、これで辺りの地形は分かった。敵の位置も把握できた。後は君たちに任せて僕は後ろの方で休んでるよ。攻撃系の魔術なんて覚えてないからね」
「ナギア、ありがとう」
「ありがたいと思ってるなら後でリラ先生に『星魔術って凄いですね』って言ってあげなよ。あの人定期的に褒めないとすぐ凹むんだ。大人なのにカッコ悪いよね」
ナギアはぶっきらぼうに言い放つとダンジョンの入り口に向かって歩いて行った。
「相変わらずね、あの子。素直にどういたしましてって言えれば友達も増えるでしょうに」
リンが口を尖らせる。残された地図はまだ当分効果時間を残していそうだった。
言い出しっぺということで、ケルベロスを奇襲する役目は俺とリンのタッグが引き受けることになった。それは俺にとってもリンにとっても望むべく展開だった。
ケルベロスが通過する予定の通路から少し横に逸れた位置にある曲がり角で息を潜めながら、敵の到着を待つ。
「こういうのって、なんか心臓に悪いな。肝試しでもしてるような気分だ」
「そのハラハラドキドキがいいんじゃない。楽しみましょうよ」
緊張で冷や汗を流している俺と違ってリンは自然体だった。明らかにこの手の待ち伏せに慣れている。
少し安心した。もしかするとリンは意気込みすぎになっているのではないかと危惧していたのだが、私情で冷静さを失うほど素人ではなかったようだ。
「みんなのお姉さんぶるのは別に構わないけどさ、自己犠牲はこれっきりにしてほしいな」
「……バレてたのね」
ペアを組んでからの短い付き合いだが、どうにもリンは俺含め他のクラスメートを子ども扱いしすぎているというか、過保護になっているきらいがあることに俺は気付いていた。
リンは最初からナギアの作戦が間違っているとは思っていない。彼女は自分以外の人間が危険なリスクを負うことを嫌ったのだ。
「このクラスで1番強力な攻撃系魔術が使える生徒っていったら、たぶんプリムラだからな」
「ええ。まず確実にあの子が先頭に立つことになるでしょうね。責任感の強い子だから」
クラスメートを救出するために単身で未知のダンジョンに飛び込むような少女だ。だがその勇敢さは裏を返せば自身の危機を呼び込みやすいということでもある。
リンはダンジョン向かう道中でもプリムラと話していたし、俺に対しても頻繁に彼女の話題を出す。きっと特別仲のいい友人なのだろう。
「俺にちょっかいを出してたのも、可愛い妹分が悪い男に引っかかったんじゃないかって心配だったから試してたんだろ?」
「半分だけ正解ね。もう半分はソウタが可愛かったから」
「聞くんじゃなかった」
2人並んでダンジョンの壁に背中を預ける。常に年長者面を崩さないリンだが、背丈は俺より少しだけ低かった。
「故郷の町にね、弟や妹がたくさんいるの。血は繋がっていないけど、みんな純粋でいい子たち。
親はいなかったし私が1番年上だったから、私が家族を守らなきゃって、そんなことばかり考えてた。
だからなのかしらね、学園に入ってからも他の子たちをそういう目で見ちゃって。……迷惑だったかしら」
リンはプリムラを責任感が強いと評したが、彼女だって相当なものだ。
今までもこうやってクラスメートたちを危険から遠ざけるために矢面に立ってきたのだろう。そしてこれからも。
だから俺はこう答えた。
「ああ、迷惑だ」
確かに、誰かを守るために自分の身を危険に晒すのは尊いことだと思う。だが、それはあくまで一般論だ。
「俺たちは冒険者で、クラスメートで、仲間なんだ。危険なことを特定の誰かに押し付けてのほほんとしてろだなんて、そんなのは侮辱に等しい」
「意外とキツいこと言うのね」
「強い言葉を使わないと伝わらないことだってある。
……だからさ、たまには他人に頼ってみるのもいいんじゃないかな。
何より今は俺のパートナーなんだから、お互い持ちつ持たれつってことで」
アキュートの言う通り、誰かに守られ続けるだけの人生なんて俺は嫌だった。
俺は今度こそ、自分の手で、自分の意志で、道を切り拓いていきたかったのだ。
彼女の奇襲作戦に賛同したのも、その意思表示のようなものだった。
「もう、入学初日の素人さんが何カッコつけてるのよ。しくじったらおしまいなのよ」
「そのハラハラドキドキがいいんじゃないか。楽しもうぜ」
ようやっとリンを言い負かすことができた。俺は心の中でガッツポーズを決めながら彼女の返答を待っていた。
……と、そうこうしているうちに遠くの方から軽快に地面を蹴るいくつもの足音が聞こえてきた。ついに獣が網に飛び込んでくるのだ。
ゆっくりと壁から体を離した俺の耳にリンが唇を寄せた。ケルベロスたちに聞こえないように、小さな声で、そしてほとんど密着するような体勢で。
「──なら、うんと頼りにさせてもらわね。私の騎士様」
俺は先ほどの脳内勝利宣言をすぐに撤回せざるを得なくなった。駆け引きにおいて彼女を負かすのは不可能だ。




