2027年2月末日。仕事を、小さく切ればええんちゃうか。博之がうっすら考えている構想を酒飲みながら話す
二〇二七年二月最後の土曜日。
夜の営業が少し落ち着いた頃、博之はカウンターの中で、店の女の子二人と、
すっかり常連になった男たちと酒を飲みながら話していた。
「でも、おじさん、結構順調っすよね」
常連の一人が言った。
「去年の九月に始めて、もう平日も開けてるし。女の子も二人おるし」
「まあ、順調っちゃ順調やな」
博之はグラスを洗いながら答えた。
「でもな、俺がずっとここ立ってるだけやったら、先々しんどいやろなと思ってんねん」
「え? 小じんまりやるんじゃなかったん?」
「それでもええねんで」
博之は笑った。
「別に十店舗、百店舗作らなあかんとか思ってへん。この一軒で俺が飯食えて、
みんなで楽しくやれたら、それでもええ」
ただ、と続けた。
「ここで相談聞いてたら、仕事の話めっちゃ多いやん」
「ああ」
「週五日、八時間は無理です。でも全く働けへんわけでもないです、みたいな人、結構おるやろ」
「多いっすね」
「俺もそうやったから分かるねん。ゼロか百かみたいな働き方しかないと、
しんどい人は全部脱落するやん」
博之は、自分の店を見回した。
六席程度の小さな店。
大した設備もない。
それでも、ここでは二人の女性がアルバイトとして働き、月に何度か別の女性が一日店長をしている。
「例えばやで。開店前の二時間だけ来て、掃除して、酒補充して、カレーの下準備するとか。
それだけでも仕事やん」
「黒服みたいな?」
「そうそう。別に接客せんでもええ。二時間働いてもろて、二時間分ちゃんと時給払う」
常連の一人が頷いた。
「それぐらいやったらできる人、多そうっすね」
「そうやろ?」
博之が最近考えていたのは、そういうことだった。
店に来る人間の中には、何もできない人ばかりがいるわけではない。
営業をやっていた人。
販売職だった人。
調理経験がある人。
事務員だった人。
ただ、会社の人間関係や長時間勤務に疲れ、今はまともに働けていない。
「女の子らもそうやん」
博之は二人を見る。
「今ここで働いてるけど、元々別の仕事してた人って結構おるやろ」
「まあ、私はありますね」
「俺がよく行くコンカフェでも聞くで。元美容師です、元保育士です、看護系やってました、
みたいなん」
常連が笑った。
「おじさん、そんなコンカフェ行ってるんすか」
「めっちゃ行ってるよ」
「何の情報収集やねん」
「いや、それが意外と情報になるんやって」
店に笑いが起こった。
だが、博之は半分本気だった。
「だから、その人が持ってるもんを、ちょっとずつ借りたらええんちゃうかと思ってんねん」
「持ってるもん?」
「経験とか資格とか、人脈とか」
例えば、美容師だった女性が何人か集まったとする。
毎日朝から晩まで美容室で働くのは嫌でも、週二日、予約が入った時間だけなら働けるかもしれない。
「空いた美容室の居抜きがあったら借りてさ。完全予約制でええやん」
「客来るんですか?」
「そこやねん。ゼロから集めるんやったら難しい。でも、この店の客とか、女の子の知り合いとか、
SNSとか、最初の客をこっち側である程度集められたら、いきなり駅前で客待ちせんでもええやろ」
一人で全部やらせる必要もない。
二人、三人で営業時間を分ければいい。
ネイルができる女性が増えれば、小さなネイルサロンでもいい。
営業経験者が集まれば、その営業力を別の仕事に使ってもいい。
「俺、FPとか持ってるから、もし将来的に保険代理店経験者とかが何人か集まったら、
そういう仕事も考えられるかもしれん」
「だんだん会社みたいになってきましたね」
「まあ、そこまでいくか知らんけどな」
博之は笑った。
「もっと単純でもええんよ。営業してたけど、もう営業は嫌ですって人がおったら、
ほか弁みたいなんでもええ。簡単なオペレーションの店を、何人かで仕事シェアして回す」
週五日働ける人を一人探すのではない。
週二日働ける人を三人集める。
朝が苦手なら夜にする。
接客が苦手なら仕込みを任せる。
体力がないなら二時間だけにする。
「一人に全部背負わせへんかったら、意外とできるんちゃうかなと思って」
「なるほどなあ」
女の子の一人が言った。
「でも、わざわざ美容師に戻らんでも、ここの方が稼げるんやったら、
この店みたいなん増やす方が早くないですか?」
「それも思ってんねん」
博之は笑った。
「まずそっちの方が簡単や」
この店のオペレーションは、かなり単純だった。
昼は五食程度のカレー。
夜はスナック。
料金体系もほぼ決まっている。
酒の作り方と会計、延長の確認、簡単な接客ができれば営業できる。
「君らも、ここで何か月かやって、一日店長も何回かやるやろ?」
「うん」
「それで自分で客呼んで、一日五万とか六万売れるようになったら、近所に
もう一軒借りてみてもええやん」
「私が店長?」
「そう。いきなり全部任せへんよ。近所やったらトラブルあったら俺も走っていけるし」
一号店で修業する。
一日店長として、自分で客を呼ぶ。
売上を作れるようになったら、小さな二号店を任せる。
そこでも人を育てる。
それを何回か繰り返して、足場を固める。
その先で、美容室やネイルサロン、弁当屋、あるいは別の小さな商売に進めばいい。
「要するに、おじさんの店のコミュニティで客も人も集めるんですね」
「そうそう」
博之は頷いた。
「ゼロから全部やるんがしんどいんよ。物件も、客も、人も、全部ゼロからやったら難しい。
でも、ここで知り合った人をちょっとずつ繋いでいったら、できること増えるやろ」
誰かを救うなどと、大げさなことを言うつもりはなかった。
博之自身、自分のことで精いっぱいである。
ただ、仕事を少し小さく切って、できる人に渡す。
働いたら、ちゃんと金を払う。
できるようになったら、少し大きな仕事を任せる。
それだけなら、自分にもできるかもしれない。
「なんか、それ面白そうっすね」
常連の一人が言った。
「やろ?」
博之はグラスを置いた。
「まあ、失敗したら、この店一軒で終わりや。それでも別にええねん」
そして、少し笑った。
「でも、もしうまくいくんやったら、茨木の路地裏に、週二、三日だけ働ける店が
何軒かあっても面白いやろ」
その夜は、それ以上具体的な話にはならなかった。
いつものように酒を飲み、会社の愚痴を言い、くだらない話をして終わった。
けれど博之の頭の中には、一つの形ができ始めていた。
一人の優秀な人間を探すのではない。
それぞれが持っている少しずつの能力を集めて、小さな仕事を回していく。
六席の古いスナックから始まった店は、いつの間にか、そんな働き方を試すための
最初の実験場になろうとしていた。




