2027年3月。売上より、分けられる仕事が増えた。売上微増、払う給与が多くなり収益減だが意味のある再分配
二〇二七年三月。
会社を辞めてから三か月。
博之の生活は、相変わらずだった。
昼まで寝て、起きたら動画を撮ったり、小説を書いたり、店の数字を眺めたりする。
夕方になれば店へ行き、必要ならカウンターに立つ。
ただし、二月までと比べると、博之が最初から最後まで店にいる日は少しずつ減っていた。
平日の夜営業は、育ててきた女性スタッフ二人に任せられる日が増えていた。
「今日、俺おらんでもいける?」
「たぶん大丈夫です」
「なんかあったら電話してな」
「はいはい」
最初の頃は酒を作るだけでも確認してきた女の子たちも、今では料金説明、
延長確認、会計まで一通りできるようになった。
何より変わったのは、客だった。
以前は、
「博之さんいますか?」
と聞いてくる人が多かった。
それが最近では、
「今日、あの子います?」
「○○ちゃん何曜日に入ってます?」
という問い合わせが増えていた。
「俺の店やのに、俺おらんでもええようになってきたな」
博之は笑った。
それでいいと思っていた。
女の子たちにも、少しずつファンがついてきた。
常連がドリンクを追加してくれたり、延長してくれたりする。
そして何より、チップが入るようになった。
博之は、女の子に対して渡されたチップには基本的に手をつけなかった。
「それ、君にもらった金やから、そのまま持って帰ってええで」
「ほんまに?」
「店の売上ちゃうしな。ちゃんと記録だけしといて」
最初は数百円、千円程度だった。
それが徐々に増えていった。
女の子たちも、自分自身に金を払ってくれる客がいることに、少しずつ自信を持ち始めていた。
「私目当てで来てくれる人おるん、なんか変な感じです」
「ええやん。それだけちゃんと接客できてるってことやろ」
博之自身が人気を独占する必要はなかった。
むしろスタッフそれぞれに客がつけば、店は強くなる。
三月の売上は、およそ八十万円。
二月から四万円ほど増えた。
ただし、大きく営業時間を増やしたわけではない。
一日店長もこれまでと同じく、博之の知り合いの女性二人が、それぞれ月に一度ずつ担当している。
平日の客数も急増したわけではなかった。
変わったのは、客が少し長く滞在するようになったことと、スタッフへのチップが増えたことである。
そして、もう一つ。
博之は常連客にも、少しずつ仕事を渡し始めていた。
女性スタッフだけで夜遅くまで営業させることには、少し不安があった。
酔った客もいる。
金銭も扱う。
閉店後にはゴミをまとめ、店内を確認し、施錠しなければならない。
そこで、常連客の中から、時間や約束を守れそうな人に声をかけた。
「ちょっとお願いあるんやけど」
「なんすか?」
「たまに最後の一時間だけ、店入ってくれへん?」
「俺が?」
「そう。別に接客せんでええねん。女の子が閉めるとき一緒におって、
ゴミまとめたり、椅子戻したり、ちゃんと鍵閉めたか確認してくれたらええ」
いわば黒服兼、締め作業の補助だった。
用心棒と言うほど頼りになるわけでもない。
ただ、女性一人で閉店作業をするより、誰かもう一人いる方が安全だった。
「手伝いやったら別にタダでええですよ」
「いや、タダはあかん」
博之は首を振った。
「仕事として頼むんやから、金払う」
短時間ではあるが、最低限の時給を支払う。
月に何度か、最後の一時間だけ。
それを何人かの常連に交代で頼んだ。
三月だけで、お手伝い代として合計三万円ほどを支払った。
大した金額ではない。
それでも、博之にとっては意味があった。
これまで客として金を払っていた人が、今度は店から金を受け取る側になった。
「なんか変な感じっすね」
初めて給料を渡したとき、常連が笑った。
「先月まで俺、ここで金払って飲んでたのに」
「ええやん。働いた分はちゃんともらって帰り」
「一時間だけですけどね」
「一時間でも仕事は仕事や」
博之はそう答えた。
三月末。
いつものように帳簿をまとめた。
売上、八十万円。
原価や家賃、雑費、一日店長への報酬、スタッフの給料。
そこに新しく、常連客への手伝い代三万円が加わった。
さらに女の子への還元も増えている。
結果として、博之自身の給与はこれまで通り十万円。
店に残る利益は、前月の二十万円から四万円減って、十六万円ほどになった。
「売上増えたのに、利益減っとるやん」
博之は帳簿を見ながら笑った。
普通の経営者なら、人件費を抑えて利益を増やす方法を考えるのかもしれない。
だが、博之は少し違う感覚を持っていた。
先月は二十万円残った。
今月は十六万円。
その代わり、女の子たちの収入が増えた。
常連客にも三万円分の仕事を渡せた。
博之がいなくても営業できる時間も増えた。
「まあ、四万減った代わりに、仕事増えたと思ったらええか」
店の利益だけを見れば、先月より悪い。
しかし、店全体として見れば、少し違う形ができ始めていた。
女の子が客を持つ。
常連が閉店作業を手伝う。
博之は必要なときだけ顔を出す。
少しずつ、仕事が分かれていく。
誰か一人が八時間働くのではなく、一時間、二時間、三時間の仕事を何人かで分ける。
大きく儲ける形ではない。
効率がいいとも言えない。
それでも、自分が以前から考えていた、
「働ける分だけ働く場所」
に少し近づいている気がした。
二〇二七年三月末。
月商八十万円、博之の給与十万円、店の利益十六万円。
数字だけなら、わずかな前進だった。
けれど、六席の小さなスナックから生まれる給料を受け取る人間は、少しずつ増えていた。
博之は帳簿を閉じながら思った。
「次は、この仕事をもうちょい増やせるかな」
店を始めて半年。
博之一人が生きていくために作った場所は、いつの間にか、何人かが少しずつ働く
場所へ変わり始めていた。




