↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/69

2027年4月。契約更新と、管理人から下の階、空いたけどやってみるかとの提案。2号店。

二〇二七年四月。

博之の店は、開店から半年を越えた。

 九月に土日だけで始めた小さなカレー屋兼スナックも、今では平日の夜まで営業し、

 女性スタッフ二人と、時々締め作業を手伝ってくれる常連客までいる。

 売上は三月で八十万円。

 大もうけというほどではないが、博之自身の給料を十万円取り、スタッフにも給料を払い、

 それでも店に十六万円ほど残った。

「まあ、半年は続いたな」

 四月に入り、ちょうど物件の契約更新について話をする時期になった。

 博之は管理人と会い、必要な書類を確認しながら答えた。

「更新します。このまま続けさせてください」

「そうか。まあ、そらそうやろな」

 管理人は笑った。

「最初、土日だけとか言うてたのに、今もう普通に店になっとるもんな」

「なんとかですけどね」

 博之は更新書類を受け取り、一通り確認した。

 これで、しばらくは今の店を続けられる。

 そう思って帰ろうとしたところで、管理人が言った。

「そういや博之さん、もう一個ぐらい何かやってみる気ない?」

「何ですか、急に」

「いやな。この一階下、空いたんよ」

「下?」

 同じ建物の一階下に入っていた店が、少し前に撤退したらしい。

 営業が思うようにいかず、契約更新をせずに出ていったという。

「今のところより、ちょい広い」

「どれぐらいです?」

「席だけなら十席ぐらいかな。前が六席やろ? それに後ろにちょっとスペースがあるような感じや」

「へえ」

 博之は少し興味を持った。

「家賃は?」

「ほんまは十万ぐらい欲しいんやけどな」

「高いやん」

「最後まで聞けや」

 管理人が笑った。

「空けとくよりええし、博之さんとこ今ちゃんと回ってるやろ。月八万ぐらいでええかなと思ってる」

「八万」

「仲介手数料とか、こっちで余計なん取らん。ただし現状渡しや」

「ということは?」

「掃除も自分。調理器具も足らんかったら自分で用意。壊れてるもんがあったら、そこも相談。まあ、一号店の時と似たような感じやな」

 博之は腕を組んだ。

 もし二号店を別の場所で探すなら、また不動産屋を回り、保証金や仲介手数料を払い、

 一から人の流れを確認しなければならない。

 しかし、同じ建物なら事情が違う。

 階段を一つ下りるだけだ。

 一号店で何かあれば、すぐに駆けつけられる。

 二号店のスタッフが足りなければ、一号店から一時的に応援も出せる。

 酒や食材の在庫も、ある程度共通化できる。

「動線だけ考えたら、めちゃくちゃ楽ですね」

「そうやろ」

「俺、いずれいろんなところに小さい店作ってみたいとは思ってますけど、

 最初の二軒目やったら、同じ建物の方が安全か」

「失敗しても管理しやすいしな」

 博之は、その場で完全に決めることはしなかった。

 だが、頭の中ではもう計算が始まっていた。

 一号店の初期費用は、だいたい二十五万円だった。

 二号店は少し広い。

 清掃をきっちり入れ、冷蔵庫や必要な備品を足すとしても、三十万円から三十五万円ほど

 見ておけば何とかなるかもしれない。

 現在の手元資金は九十五万五千円。

 退職金三百万円には、相変わらず手をつけていない。

「今ある金だけでやれますね」

「ほう」

「三十五万使っても、六十万ぐらい残るし」

 博之は数字を頭の中で転がした。

 大きな借金をして勝負するわけではない。

 一号店の利益から積み上がった金を使い、もう一つ小さな箱を作るだけだ。

「女の子らどうする?」

 管理人が聞いた。

「そこですね」

 一号店の女性スタッフは、ようやく店を一人で回せるようになってきた。

 そのうち一人を二号店側へ少しずつ移す。

 あるいは、一号店を女性二人に任せ、博之が最初だけ二号店に立つ。

 締めを手伝ってくれている常連にも、簡単な裏方を頼めるかもしれない。

「今、一号店でも女の子二人おるし、常連さんで最後だけ手伝ってもらってる人もいるんですよ」

「ほんなら人はゼロから探さんでもええんやな」

「そうですね。そこは前より楽です」

 そして、博之にはもう一つ確認したいことがあった。

「ちなみに、ここって喫煙できます?」

「できるよ。条件は確認してもらわなあかんけど、前も喫煙できる店やった」

「あ、それはおもろいな」

 博之の表情が変わった。

「今、タバコ吸える店って減ってるじゃないですか」

「まあな」

「それだけでも客来るかもしれんな」

 一号店は、相談やカレーを中心にしている。

 二号店は、少し性格を変えてもいい。

 喫煙できる小さな昼スナック。

 昼間からコーヒーや軽食を出し、タバコを吸いながらだらだら話せる場所。

 夜は、一号店と同じようなスナック営業にする。

「昼間、こっそり開けても面白いかもしれんですね」

「こっそりって何や」

「いや、別に大々的に宣伝せんと、SNS見てる人と常連だけ来るみたいな」

 管理人は笑った。

「まあ、客見えてるんやったらやってみたらええやん」

「そうですね」

 博之は、空いた店舗を一度見せてもらうことにした。

 扉を開けると、一号店より少し広い。

 カウンターがあり、その後ろには数人が座れるスペースもある。

 壁や床はくたびれていたが、博之にはもう、それほど気にならなかった。

 一号店も最初は似たようなものだった。

 清掃を入れ、虫対策をし、必要な設備だけ足す。

 無理にきれいな店にする必要はない。

「三十五万ぐらいでいけるかな」

 博之は独り言のようにつぶやいた。

「またそれぐらいから始めるん?」

「最初から豪華にする意味ないですからね。客来んかったら終わりやし」

「でも前は来たやろ」

「前が来たから、今回も来るとは限らんですよ」

 そう言いながらも、博之は少し笑っていた。

 半年かけて、一号店のやり方は分かった。

 人も少し育った。

 客もいる。

 そして今度は、空いた店の方から話が来た。

「まあ、ちょうどええ機会か」

 博之は店内を見回した。

「もう一軒、やってみますわ」

 一号店を始めた時とは違う。

 今回は、ゼロからではない。

 客も、人も、少しだけいる。

 失敗しても、一階上には戻れる場所がある。

 二〇二七年四月。

 六席の小さなスナックから始まった博之の商売は、同じ雑居ビルの一階下へ、

 二つ目の根を伸ばそうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。