↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/69

2027年4月。利益より、仕事を増やせる店にしたい。氷河期世代がトレンドになっていた。氷河期世代に仕事シェアしたい。

 二〇二七年四月。

 二号店をやると決めた博之は、手元資金から三十五万円を別に分けた。

「ここは店の金。生活費と混ぜたらあかん」

 一号店の時に必要だったのは、およそ二十五万円。

 今回は十席ほどあり、少し広い。

 清掃、冷蔵庫、電子レンジ、調理器具、食器、棚、防犯関係。

 多少余裕を見て三十五万円。

 これ以上は、なるべく使わない。

「半年かけて考えるより、とっとと開けた方がええな」

 一号店で、ある程度のやり方は分かった。

 豪華な内装はいらない。

 古くてもいい。

 ただし、清掃だけはしっかりする。

 必要な設備だけ入れて、まず営業してみる。

 客が来ることを確認してから、必要なものを足せばいい。

 四月いっぱいを準備期間にして、博之は少しずつ二号店を整えていった。

 昼のメニューも考えた。

 十席あるので、一号店より少しだけ食数を増やせる。

「カレー五食、肉じゃが五食でええか」

 それぞれご飯付きで八百円。

 コーヒーかお茶を付ければ千円。

 一日十食。

 全部売れても一万円程度だが、それで十分だった。

「昼飯で一発当てようとか思ってへんからな」

 売れ残りを大量に出す方が嫌だった。

 カレーは一号店ですでに作り慣れている。

 肉じゃがも、特別な技術はいらない。

 将来的に誰かへ任せることを考えるなら、複雑な料理よりも簡単な方がいい。

 夜は一号店と同じスナック形式。

 一時間いくらという分かりやすい料金にして、酒を飲みながら、だらだら話す。

 一号店は、育ててきた女性二人を中心に回してもらう。

 何かあれば博之へ電話。

 同じ建物なので、最悪、一階分上がればすぐに行ける。

 博之自身は、しばらく二号店に立つつもりだった。

「こっち、ソファーベッド置こうかな」

「何するんですか」

「暇な時寝る」

 女性スタッフに笑われた。

「店主が寝る店って何ですか」

「ええやん。客おらん時まで立って待ってる必要ないやろ」

 後ろの空いているスペースに、小さなソファーベッドを置く。

 動画を編集したり、小説を書いたり、昼寝したりする。

 予約が入れば起きて接客する。

 無理に働かないことそのものを、店の運営に組み込むつもりだった。

 さらに、新しく二人ほど女性スタッフを募集し、一号店と二号店で交代しながら仕事を覚えてもらう。

 そして、これまで締め作業を手伝っていた常連にも、もう少し仕事を頼めそうだった。

「二号店増えたら、月三万ぐらいはまた仕事渡せるな」

 掃除。

 荷物運び。

 酒の補充。

 閉店確認。

 ほんの数時間の仕事だ。

 それでも、仕事は仕事だった。

 そんな準備をしながら、ある日の昼下がり。

 博之はソファーに転がりながらスマートフォンを見ていた。

 Xには、氷河期世代についての投稿が大量に流れていた。

 若い世代は初任給が上がっている。

 一方で、四十代、五十代には賃金が伸びず、非正規のまま年齢を重ねた人も多い。

 さらに上の世代には年金がある。

 その間に挟まれた世代が厳しい。

 そんな内容だった。

「そういや俺も、氷河期の端っこやな」

 博之はぼんやり思った。

 就職そのものはできた。

 大企業にも入った。

 だから、自分を典型的な就職氷河期世代だとは思っていない。

 それでも、若い頃にはアルバイトの求人ですら、今ほど簡単ではなかった記憶がある。

 社会人になってからはリーマンショックがあり、コロナもあった。

 景気が悪くなるたびに、弱い立場から削られていく人間を何度も見てきた。

「三十、四十、五十のおっさん、いっぱいおるんやろな」

 問題は、その人たちを自分の店で雇えるかだった。

 スナックのカウンターに立ち、客と楽しく話せる中年男性。

 そんな人間なら、すでに自分で何かやっている可能性が高い。

「おっさんを女の子みたいに表に立たせても、売上立つとは限らんしな」

 それは現実だった。

 だからといって、仕事がないわけではない。

 仕込み。

 清掃。

 買い出し。

 閉店作業。

 配達。

 在庫管理。

 客と話さなくてもできる仕事はいくらでもある。

 あるいは、おじさんだけが集まる昼飯屋ならどうか。

 カレー。

 肉じゃが。

 唐揚げ。

 決まったものを決まった数だけ作る。

 オペレーションを簡単にしておけば、接客が得意でない人でも回せるかもしれない。

「飯出すだけの狭い店やったら、おっさんでもできるよな」

 博之の頭の中で、また一つ構想が膨らんだ。

 スナックだけを増やす必要はない。

 路地裏の小さな空き店舗を借りて、昼飯だけ出す。

 そこで一人、二人を短時間で雇う。

 今は専門業者へ頼んでいる清掃も、店舗が増えれば仕事量そのものが増える。

「五軒、十軒になったら、清掃だけでも仕事になるんちゃうか」

 それなら、自分たちで清掃部門を作ってもいい。

 週五日働くのは難しいけれど、午前中に三時間だけなら働ける人。

 人間関係は苦手だけれど、黙々と掃除するのは苦にならない人。

 そういう氷河期世代を何人か雇い、自分たちの店を回ってもらう。

 外部の仕事まで取れるようになれば、一つの会社になるかもしれない。

 店が増えれば、仕入れも仕事になる。

 配送も仕事になる。

 帳簿も必要になる。

 修理も必要になる。

 一つ一つは小さい。

 けれど、小さい仕事を集めれば、何人かが食える場所になる。


「利益だけ取りにいくんやったら、人減らした方がええんやろな」

 博之は思った。

 だが、自分がやりたいのは少し違う。

 もちろん利益は必要だ。

 赤字では続かない。

 しかし、利益を最大にするために、一人へ全部の仕事を背負わせたいわけでもない。

 十万円多く利益を残すより、その十万円を何人かへ仕事として渡せるなら、それも悪くない。

 女性には接客。

 常連には締め作業。

 中年男性には清掃や仕込み。

 資格や技術を持っている人間が見つかれば、その先に別の店を作る。

「まあ、妄想ばっかしててもしゃあないけどな」

 博之はスマートフォンを伏せた。

 まだ二号店すら開いていない。

 清掃も終わっていない。

 新しい女性スタッフも育っていない。

 氷河期世代を雇う会社を作るなど、ずっと先の話である。

「まず、この十席を埋めるところからやな」

 カレー五食。

 肉じゃが五食。

 夜は小さなスナック。

 そこから始めればいい。

 二〇二七年四月。

 博之は、三十五万円を握って二号店の準備を進めながら、茨木の路地裏から、

 小さな仕事をいくつも生み出す未来を、ぼんやりと思い描き始めていた。

 大きなことを考えるのは自由だ。

 けれど、やることは一つずつ。

 それが、半年店を続けてきた博之が身につけた、唯一の経営哲学だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。