2027年4月。利益より、仕事を増やせる店にしたい。氷河期世代がトレンドになっていた。氷河期世代に仕事シェアしたい。
二〇二七年四月。
二号店をやると決めた博之は、手元資金から三十五万円を別に分けた。
「ここは店の金。生活費と混ぜたらあかん」
一号店の時に必要だったのは、およそ二十五万円。
今回は十席ほどあり、少し広い。
清掃、冷蔵庫、電子レンジ、調理器具、食器、棚、防犯関係。
多少余裕を見て三十五万円。
これ以上は、なるべく使わない。
「半年かけて考えるより、とっとと開けた方がええな」
一号店で、ある程度のやり方は分かった。
豪華な内装はいらない。
古くてもいい。
ただし、清掃だけはしっかりする。
必要な設備だけ入れて、まず営業してみる。
客が来ることを確認してから、必要なものを足せばいい。
四月いっぱいを準備期間にして、博之は少しずつ二号店を整えていった。
昼のメニューも考えた。
十席あるので、一号店より少しだけ食数を増やせる。
「カレー五食、肉じゃが五食でええか」
それぞれご飯付きで八百円。
コーヒーかお茶を付ければ千円。
一日十食。
全部売れても一万円程度だが、それで十分だった。
「昼飯で一発当てようとか思ってへんからな」
売れ残りを大量に出す方が嫌だった。
カレーは一号店ですでに作り慣れている。
肉じゃがも、特別な技術はいらない。
将来的に誰かへ任せることを考えるなら、複雑な料理よりも簡単な方がいい。
夜は一号店と同じスナック形式。
一時間いくらという分かりやすい料金にして、酒を飲みながら、だらだら話す。
一号店は、育ててきた女性二人を中心に回してもらう。
何かあれば博之へ電話。
同じ建物なので、最悪、一階分上がればすぐに行ける。
博之自身は、しばらく二号店に立つつもりだった。
「こっち、ソファーベッド置こうかな」
「何するんですか」
「暇な時寝る」
女性スタッフに笑われた。
「店主が寝る店って何ですか」
「ええやん。客おらん時まで立って待ってる必要ないやろ」
後ろの空いているスペースに、小さなソファーベッドを置く。
動画を編集したり、小説を書いたり、昼寝したりする。
予約が入れば起きて接客する。
無理に働かないことそのものを、店の運営に組み込むつもりだった。
さらに、新しく二人ほど女性スタッフを募集し、一号店と二号店で交代しながら仕事を覚えてもらう。
そして、これまで締め作業を手伝っていた常連にも、もう少し仕事を頼めそうだった。
「二号店増えたら、月三万ぐらいはまた仕事渡せるな」
掃除。
荷物運び。
酒の補充。
閉店確認。
ほんの数時間の仕事だ。
それでも、仕事は仕事だった。
そんな準備をしながら、ある日の昼下がり。
博之はソファーに転がりながらスマートフォンを見ていた。
Xには、氷河期世代についての投稿が大量に流れていた。
若い世代は初任給が上がっている。
一方で、四十代、五十代には賃金が伸びず、非正規のまま年齢を重ねた人も多い。
さらに上の世代には年金がある。
その間に挟まれた世代が厳しい。
そんな内容だった。
「そういや俺も、氷河期の端っこやな」
博之はぼんやり思った。
就職そのものはできた。
大企業にも入った。
だから、自分を典型的な就職氷河期世代だとは思っていない。
それでも、若い頃にはアルバイトの求人ですら、今ほど簡単ではなかった記憶がある。
社会人になってからはリーマンショックがあり、コロナもあった。
景気が悪くなるたびに、弱い立場から削られていく人間を何度も見てきた。
「三十、四十、五十のおっさん、いっぱいおるんやろな」
問題は、その人たちを自分の店で雇えるかだった。
スナックのカウンターに立ち、客と楽しく話せる中年男性。
そんな人間なら、すでに自分で何かやっている可能性が高い。
「おっさんを女の子みたいに表に立たせても、売上立つとは限らんしな」
それは現実だった。
だからといって、仕事がないわけではない。
仕込み。
清掃。
買い出し。
閉店作業。
配達。
在庫管理。
客と話さなくてもできる仕事はいくらでもある。
あるいは、おじさんだけが集まる昼飯屋ならどうか。
カレー。
肉じゃが。
唐揚げ。
決まったものを決まった数だけ作る。
オペレーションを簡単にしておけば、接客が得意でない人でも回せるかもしれない。
「飯出すだけの狭い店やったら、おっさんでもできるよな」
博之の頭の中で、また一つ構想が膨らんだ。
スナックだけを増やす必要はない。
路地裏の小さな空き店舗を借りて、昼飯だけ出す。
そこで一人、二人を短時間で雇う。
今は専門業者へ頼んでいる清掃も、店舗が増えれば仕事量そのものが増える。
「五軒、十軒になったら、清掃だけでも仕事になるんちゃうか」
それなら、自分たちで清掃部門を作ってもいい。
週五日働くのは難しいけれど、午前中に三時間だけなら働ける人。
人間関係は苦手だけれど、黙々と掃除するのは苦にならない人。
そういう氷河期世代を何人か雇い、自分たちの店を回ってもらう。
外部の仕事まで取れるようになれば、一つの会社になるかもしれない。
店が増えれば、仕入れも仕事になる。
配送も仕事になる。
帳簿も必要になる。
修理も必要になる。
一つ一つは小さい。
けれど、小さい仕事を集めれば、何人かが食える場所になる。
「利益だけ取りにいくんやったら、人減らした方がええんやろな」
博之は思った。
だが、自分がやりたいのは少し違う。
もちろん利益は必要だ。
赤字では続かない。
しかし、利益を最大にするために、一人へ全部の仕事を背負わせたいわけでもない。
十万円多く利益を残すより、その十万円を何人かへ仕事として渡せるなら、それも悪くない。
女性には接客。
常連には締め作業。
中年男性には清掃や仕込み。
資格や技術を持っている人間が見つかれば、その先に別の店を作る。
「まあ、妄想ばっかしててもしゃあないけどな」
博之はスマートフォンを伏せた。
まだ二号店すら開いていない。
清掃も終わっていない。
新しい女性スタッフも育っていない。
氷河期世代を雇う会社を作るなど、ずっと先の話である。
「まず、この十席を埋めるところからやな」
カレー五食。
肉じゃが五食。
夜は小さなスナック。
そこから始めればいい。
二〇二七年四月。
博之は、三十五万円を握って二号店の準備を進めながら、茨木の路地裏から、
小さな仕事をいくつも生み出す未来を、ぼんやりと思い描き始めていた。
大きなことを考えるのは自由だ。
けれど、やることは一つずつ。
それが、半年店を続けてきた博之が身につけた、唯一の経営哲学だった。




