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2027年2月。俺がおらんでも回る店を作り始める。平日の夜、雇った女性店員に少しずつ役割を委譲していく

 二〇二七年二月。

 会社を辞めて一か月。

 博之の生活は、ようやく少しずつ形になり始めていた。

 土曜日と日曜日の営業方法は、基本的に変えなかった。

 昼は五食限定のカレー。

 夜は、小さなスナック。

 二週間に一度ほど、知り合いの女性に一日店長を任せる。

 大きく売上を伸ばそうとはしない。

 土日の客はすでにある程度定着しており、カレーを食べに来る人、博之と話しに来る人、

 女性の一日店長を目当てに来る人が、それぞれ少しずつ混ざるようになっていた。

 一方で、二月に力を入れたのは平日の夜だった。

 一月までは、基本的に博之が店に出ていた。

 看板やSNSを見て連絡してきた客が二人ほど来て、仕事の愚痴や人生相談をする。

 酒を飲みながら一時間、二時間と話してもらい、一日一万五千円ぐらい売れれば十分。

 そんな営業だった。

 しかし、それでは会社を辞めた意味が薄い。

 毎晩、自分が店に立たなければ売上が立たないのであれば、会社員が自営業者に変わっただけである。

「俺がおらんでも店が回るようにせなあかんな」

 そこで博之は、これまで育てていた女性に加えて、もう一人、店を手伝ってくれる女性を増やした。

 最初から接客をすべて任せるわけではない。

 グラスの場所。

 酒の作り方。

 料金体系。

 延長の確認。

 レジの扱い。

 客が酔いすぎたときの対応。

 閉店後の清掃。

 一つずつ覚えてもらった。

「分からんかったら、その場で勝手に判断せんでええからな」

「電話したらええ?」

「そう。トラブルあったら電話して。俺、近くにはおるから」

 博之自身も、完全に店を離れるわけではなかった。

 相談の予約が入れば店に出る。

 常連客が来ると分かっていれば顔を出す。

 だが、最初から最後までカウンターに立つ日を、少しずつ減らしていった。

 すると、意外な変化が起きた。

 女性スタッフ自身にも、少しずつ客がつき始めたのである。

「今日、あの子います?」

「○○ちゃんおる日やったら行こうかな」

 最初は博之目当てで店に来ていた客が、女性スタッフとも話すようになる。

 女性の知り合いが、新しい客を連れてくることもあった。

 店そのものに複数の入口ができ始めていた。

「これ、俺だけが商品じゃなくなってきたな」

 博之は売上表を見ながら思った。

 一月には、平日の夜は一日一万五千円程度だった。

 それが二月には、一日一万八千円前後まで上がった。

 平日は週五日を基本に回す。

 もちろん客が少ない日もある。

 だが、土日の営業と合わせると、二月の売上はおよそ七十六万円になった。

 月末、博之はいつものように数字を書き出した。

 売上、七十六万円。

 カレーや酒などの原価、十三万円。

 家賃、六万円。

 光熱費、清掃、消耗品などの雑費、十二万円。

 一日店長を頼んだ女性への報酬、六万円。

 アルバイトとして働いている女性スタッフへの給与、九万円。

 そして博之自身の給与、十万円。

 差し引き、店に残った利益は二十万円。

「二十万残ったか」

 一月よりも数字は良くなった。

 しかも重要なのは、博之自身が働く時間を増やしたから売上が伸びたわけではない。

 女性スタッフが店を覚え、博之がいない時間にも売上が立ち始めている。

 そこが一番大きかった。

「これやったら、もう一人ぐらい育てられるかもしれんな」

 もちろん、まだ安心はできない。

 店を始めて半年にも満たない。

 女性が辞めれば、一気にシフトが崩れる。

 常連客が飽きれば、売上も落ちる。

 設備が壊れれば、二十万円程度の利益など簡単に消えてしまう。

 それでも、九月に五食のカレーから始めた店は、明らかに次の段階へ進み始めていた。

 そして三月。

 店を始めて、ちょうど半年になる。

「そろそろ次の手を考えてもええ頃かな」

 博之はそう思い始めた。

 いきなり二店舗目を出す必要はない。

 まずは、この店をもう少し固める。

 女性スタッフに、通常営業だけでなく、一日店長のような形で自分の客を呼んでもらう。

 売上を作れた分は、通常の時給とは別に少し還元する。

 自分で集客し、自分で客を楽しませ、売上を作る経験をしてもらう。

 もう一つ、博之が考えていたのが、客に仕事を渡すことだった。

 店には、相変わらず仕事の悩みを抱えた人が多く来ていた。

「会社辞めたいんですよ」

「週五日はしんどいです」

「働けるんですけど、人間関係がどうしても無理で」

 そんな話を聞くたび、博之は思う。

「この店でできること、何かないんかな」

 例えば、開店前の掃除だけ。

 酒や食材の買い出しだけ。

 閉店後の片付けだけ。

 女性スタッフが一人になる日の裏方だけ。

 毎日働く必要はない。

 月に二回でも、三回でもいい。

「手伝ってくれるんやったら、タダでやってもらうんやなくて、ちゃんと金払ったらええねんな」

 客だから無償で手伝わせるのではない。

 仕事をしたら、その分だけ報酬を払う。

 小さな額でも、自分の店から仕事を生み出す。

 それを少しずつ増やしていく。

 博之の頭の中では、店というものの意味が変わり始めていた。

 最初は、自分が会社以外で生きるための場所だった。

 次に、女性スタッフが働く場所になった。

 そして今度は、客として来ている人にも、小さな仕事を渡せるかもしれない。

「店を増やす前に、人を増やしてみるか」

 急ぐ必要はない。

 三月で半年。

 まずは今の店を安定させる。

 博之がいない日を増やす。

 女性スタッフに売上を作る経験をさせる。

 そして、客の中から、少しだけ仕事を任せられる人を探してみる。

 二〇二七年二月。

 月商七十六万円、利益二十万円。

 数字以上に博之が喜んだのは、自分がカウンターに立っていない時間にも、

 店が少しずつ動き始めたことだった。

 六席の小さなスナックは、博之一人の仕事場から、何人かが仕事を分け合う場所へ変わり始めていた。

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