2030年10月。焼け野原になったら拾いに行く。茨木周辺のお客さんが溢れて断っているから3軒目出しませんか?に慎重姿勢の博之
二〇三〇年十月。
会社が大きくなっても、博之が全部の店舗を見ることはもうなかった。
茨木の既存店。
高槻の既存店。
ネイル、美容院、スナック。
ある程度客数が安定し、店長と統括だけで回せるようになった店は、博之の中ではすでに
「完成した店」だった。
「大きい問題ないんやったら、俺に毎日報告せんでもええからな」
「ほんまに見なくなりましたね」
「見たら口出したくなるやろ」
「自覚あるんですね」
「あるある」
その代わり、定期的に人を集める機会だけは残していた。
今月も、交流会と金一封に百万円ほど使う。
「またやるんです?」
「やる」
「この前もやったじゃないですか」
「人増えてんねんもん」
スナック。
ネイル。
美容院。
老人ホームへの訪問営業。
清掃。
店舗の裏方。
直接顔を合わせたことがない人間同士も増えている。
「別に全員仲良くせえとは言わんよ」
博之は統括たちに言った。
「でも、顔と名前ぐらい一致させといて」
「何かあった時に?」
「そう。困った時に知らん人に電話するより、『あ、この前お茶飲んだ人や』って方が楽やろ」
強制参加にはしない。
昼のお茶会でもいい。
飯だけ食べて帰ってもいい。
途中参加、途中退出でもいい。
人付き合いが苦手なら来なくてもいい。
「来ん人にも金一封は渡すからな」
「そこは変えないんですね」
「会社行事参加せんかったら損、みたいなん嫌いやから」
「社長が一番会社行事嫌いそうですもんね」
「だから分かんねん」
博之が胸を張ると、周囲から笑いが起きた。
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そんな中。
久しぶりに茨木から、少し妙な報告が上がってきた。
「茨木、問い合わせ断ってます」
「何を?」
「ネイルと美容院です」
「まだ来るん?」
「むしろ増えてます」
博之は少し驚いた。
茨木は最も古い拠点である。
Googleレビューも十分に溜まり、紹介客もいる。
博之自身、最近はほとんど触っていなかった。
「何人ぐらい断ってんの?」
「曜日によりますけど、結構」
「うーん」
「三店舗目、作ります?」
ところが博之は、すぐには首を縦に振らなかった。
「それがなあ。本意ちゃうねん」
「何がです?」
「一つの町で増やしすぎること」
博之の中には、最近一つの目安ができていた。
ネイルなら二店舗。
美容院も二店舗。
地域によって多少違うが、それぐらいで一度止める。
「うちが全部取る必要ないやろ」
「でもお客さん来てますよ」
「来てるからって三軒、四軒、五軒って出したら、周りから見たら嫌やろ」
特に茨木は、博之の会社が根を張っている場所だ。
スナックもある。
美容もある。
ネイルもある。
「地元で全部うちの看板になったら、俺でも気持ち悪いもん」
「そこまでですか?」
「商売って、勝ったら全部取ってええわけちゃうやろ」
では、断っている客をどうするか。
「空き店舗情報だけは拾っといて」
「やっぱり作るんですか?」
「新しく殴り込みに行くんは嫌や」
「じゃあ?」
「閉めそうなところ」
オーナーが高齢。
後継者がいない。
客はいるが経営がしんどい。
スタッフは続けたい。
そんなネイルサロンや美容院があれば、話を聞く。
「消える店を拾うんやったら、話違うやろ」
「三店舗目でも?」
「それは例外」
「都合よすぎません?」
「例外規定は大事や」
「急に役所みたいなこと言い出した」
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もう一つの案が、JR吹田だった。
「茨木で受け切れんのやったら、横に逃がせばええ」
「千里山ありますよ?」
「千里山は阪急千里線やろ」
JR吹田なら、茨木から同じJR京都線でつながる。
千里山とは商圏も違う。
「JR吹田にネイル一個、美容院一個。これは普通にありやと思う」
「新規も取れますしね」
「茨木で予約取れん人に、『吹田なら空いてますよ』って案内もできる」
無理やり客を移す必要はない。
行きやすい人だけ行ってもらえばいい。
「千里丘は?」
「情報だけ」
「出さない?」
「全部の駅に店置いてたらキリないねん」
博之は笑った。
「線路沿い全部うちになるぞ」
「社長ならやりそうですけど」
「やらへん……たぶん」
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結局、茨木については、まず断っている問い合わせを記録することになった。
ネイルか。
美容院か。
曜日。
時間帯。
何人ぐらい断っているか。
「それで一店舗分あるなら?」
「その時また考える」
「承継案件あれば?」
「優先して見る」
「なければ?」
博之は少し黙った。
「……一回店が閉まって、焼け野原になった後に建てた方が楽かもしれんな」
一瞬、全員が止まった。
「言い方ひどいっすね」
「ちゃうちゃう!」
「焼け野原って」
「商売上の話や! ほんまに燃やすんちゃうぞ!」
「分かってますよ」
「閉店した跡地とか、空いた箱って意味!」
「普通にそう言ってください」
部屋に笑いが広がった。
博之も笑いながら、少しだけ真面目な顔になった。
「まあ、無理に取らんでええねん」
昔は空いている場所があれば、店を置くことばかり考えていた。
今は違う。
どこに出すかだけではなく、どこには出さないか。
自分で新しく作るのか、誰かの店を引き継ぐのか。
溢れた客を、隣の地域へ逃がすのか。
そんなことまで考えるようになった。
「茨木は大事やからこそ、やりすぎん方がええ」
「じゃあ基本二店舗?」
「基本な」
「潰れそうな店があったら?」
「拾う」
「結局増えるじゃないですか」
「それは俺のせいちゃうやろ!」
また笑いが起きた。
二〇三〇年十月。
博之の会社は、店を増やすことだけを考える段階から、少しずつ変わり始めていた。
広げるために広げない。
取れる客を全部取らない。
ただし、誰も拾わないものが目の前に落ちてきたら、その時は拾う。
「まあ、空いたところをじわじわ埋めていこ」
それぐらいが、博之にはちょうどよかった。




